伏線相違の連鎖
「じゃあ、小山田君は、自分が仕込んだわけではないが、その皿の中のチャーハンが毒入りだったということは知っていたということになるのか? ひょっとすると、梅崎君が毒を鍋に入れるのを横から見えたとか?」
と桜井刑事が訊くと、
「それも残念ながら考えにくいです。あの部屋の調理場は、ダイニングやリビングから後ろ向きになっていて、梅崎君の身体が邪魔になって、見えないはずです、しかも、梅崎君が毒を仕込んだのだとすれば、後ろの視線を絶対に気にしているはずなので、そんな簡単に見つかるようなことはしないと思われます」
と、柏木刑事が答えた。
今のところ、分かっていることが少ないので、すべてが想像に過ぎない。分かり切っていることから、地道に消せるところを消していって、少しでも肥満解消をさせておく必要はあるだろう。これから新たな事実が判明していくうちに、情報が増えすぎて、収拾がつかなくなることは避けなければならないと考えられる。それを思うと、それでも減らせる部分は限られているところがもどかしいのであった。
今の状態を考えながら、捜査方針を変えることもできず、少しずつ今の状態から、情報を引き出す努力が必要であり、そのために、関係者三人のことを、少しでも理解するには、過去の調査と、聞き込みに終始することになるだろう、捜査会議は終了し、皆それぞれの持ち場に戻ったのだ。
行方不明事件
今回の毒物による、殺人未遂事件とは別に、K警察署内では、もう一つ事件が勃発していた。
一人の女性が行方不明になっていて、K警察署に殺人未遂の捜査本部が立ち上がった翌々日に捜索願が出されたのだった。
行方不明になったのは、看護婦をしている女性であり、看護婦寮に入っていたまだ新人と言っていいくらいの若い看護婦だった。
年齢は二十二歳。
「三日前から、看護婦寮に帰っていないんです。彼女がどこかに泊まるとすれば、それは実家に帰る時くらいで、その場合はちゃんと皆に話をしていくことが恒例だったのに、今回は誰も何も聞いていないんです」
というではないか。
警察というところは、基本的に捜索願が出されたというだけでは、捜査はしない。
「腰が重い」
というのもそうなのだが、もし下手に捜索をしても、結果的にそれが失踪でなかったということになれば、時間の無駄だったことになるし、ひょっとすると、何も言わないだけで、旅行に行っていたというだけのことだったりするかも知れないということで、行方不明になった時、明らかに事件性を帯びていることでなければ、捜索をすることはない。
ただ、今回は、明らかと言えるだけの理由があった、だから、刑事課に行方不明者の捜索依頼があったわけで、その理由として、
「これは、公言してもらっては困ることなので、警察もハッキリとするまでは、極秘にしてもらって、まわりに知られないようにお願いしたいのですが」
と言って、緘口令を敷いてほしいというほどのことのようだった。
「どういうことでしょう?」
と警察が聞くと、
「実は、今回の彼女が失踪してすぐくらいから、病院の薬品管理課の方で、少し騒いでいるのを聞いたんですが、実は、薬物棚の中から、青酸カリが持ちだされた可能性があるというんです。もちろん、病院は隠していますけどね。だからウワサでしかないんですが、私は最初、そんなウワサを気にしていなかったんですが、ちょうどそのウワサが出たのと同じタイミングで、彼女が失踪したじゃないですか。私はハットしたんですよ、青酸カリの持ち出し事件と、彼女の失踪に何か毛共通点があるとすれば、これは、犯罪の匂いがすると思ってですね。それで、警察に相談に来たというわけなんです」
と、捜索願を出しに来た人がいうのであった。
出しに来た人は複数人いた。同僚であり、同じ寮に住んでいる看護婦仲間だった。
「その人はどういう人なんですか?」
と、失踪届を受理した人が聴くと、
「名前はそこに書いてあるとおり、中島さくらこさんという人で、二年前に看護学校を卒業して入ってこられたんです。性格的にはそんなに目立つ方ではなく、地味だと言ってもいいかも知れません。勤務態度も真面目で、いつもメモを取っているような仕事熱心なところもあります。もっとも、それくらいでないと、看護婦は務まらないと言ってもいいんでしょうが、いきなり、何も言わずに失踪するタイプではないだけに、同時期に青酸カリがなくなっていたということと考えあわせると、何か裏に犯罪が蠢いているのではないかとも考えられたんです」
というのだ。
「分かりました。とりあえず受理いたしますので、こちらで吟味してみることにします」
と受理した人は言ったのを、申請にきた同僚たちは訝しそうに見たが、それ以上は言わなかった。
彼女たちにも分かっていたのだ、警察は捜索願いだけでは動いてくれない。事件性があるとか、明らかに自殺目的に失踪したということが分かっていない限り、自分から動くことをしないのは分かっていたので、申請者の方が変に警察を煽るようなマネをすれば、相手が却って面倒くさがることは分かっていた。そして結局動いてくれないということになれば、本末転倒である。
病院の恥になることであり、もしそれが病院側の勘違いだったとすれば、申請者はただではすまないだろう。それを思うと、彼女たちもおのずと慎重になると、かといって、このまま放っておくわけにもいかないのは分かっていた。
それでも、さすがに病院から青酸カリがなくなっていて。それを病院側が隠蔽しようとしているのだとすれば、これは裏に何か犯罪の匂いを感じないわけにはいかない。
「そんなことはないだろう。申請者が捜査をしてほしくて、そのような戯言を言ってきたのかも知れない」
という人もいたが、
「この密告が病院側の知るところとなれば、彼女たちの解雇は免れないだろう。そんな危険を犯してまで警察に来てくれたということは、相当の覚悟があったんだろうね、それを戯言として片づけるのは、あまりにもひどいというものではないだろうか?」
という意見でもあった。
しかし、自分たちとしても、もしこれが犯罪に絡んでいることであり、この後、重大な犯罪に発展してしまったとすれば、その原因としての失踪事件に絡む青酸カリ喪失事件をウワサではあるとしていたがそれを聞いていたにも関わらず勝手な判断で無視してしまったなどと分かってしまうと、クビにならないまでも、それ以降の自分の立場はないと言っても過言ではないだろう。
それを思うと、刑事課に話をするのが筋であると考えた届け出を受理した人が、密かに刑事課に相談に行ったのだった。
ちょうど、殺人未遂事件の捜査本部が立ち上がったばかりで、ほとんどの刑事は何らかの状態で関わっているので、その時残っていたのは、清水警部補だけであった。
清水刑事に、捜索願を出しに来た看護婦仲間の話をすると、