伏線相違の連鎖
「揉み消したというよりもですね、吐血の痕を足で踏みつけて、均すと言えばいいのかな? 少し幅を広がるけど、厚みは減るという感じですね」
と鑑識がいうと、
「どうしてそんなことを?」
と柏木刑事が訊くと、
「どうしてなのか、ハッキリと理由は分かりませんが、後から見た時に、均してあるようが、実際に出た吐血の量よりも少ないように錯覚してしまうということはいえると思います」
と鑑識官が言った、
「でも、何でそんなことをしたんだろうか?」
と、しつこく聞いてみたが、
「ひょっとすると、そこには吐血以外の血も混じっているのではないかと思ったのは、私の考えすぎだろうか?」
と、今度は横から桜井刑事がそういった。
「いえ、可能性としてはないとは言えないと思います。その証拠に、まるで証拠隠滅のように、その場の血を偽装工作しようとしているわけですからね。でも、たまたまかも知れないですよね、目の前で苦しんでいる人がいて、まわりの人は気も動転しているだろうし、何をどうしていいのか分からなくなって、足元を気にすることなく、踏み荒らしたのかも知れない」
と鑑識官が言った。
「とにかく、鑑識の事実としての結果は、AB型の吐血だということしか分からないということですね?」
と聞かれた監察官は、
「ええ、そうです。先ほどの気になるというのは、私の鑑識としての勘でしかないですので、あまり気にしないでください」
と言った。
「他に鑑識としては、何か気になることはなかったですか?」
と、桜井刑事に聞かれて、
「今のところ、私の中で引っかかっているところがありません。後は報告書を読んで気になるところがあれば、随時質問してください」
ということであった。
鑑識からの報告が終わったところで、いよいよ捜査会議に入っていくことになった。
「とりあえず、一番ハッキリさせなければいけないことは、これが事件なのか、それとも事故なのか、それとも自殺という形なのかということですよね。それぞれのパターンによって、捜査も変わってくるはずです。事故であれば、事故や自殺であれば、犯人捜しという必要はなくなるわけで、事実が何なのかということだけを確認すれば、済むことですよね。でも、これが事件であれば、殺人未遂ということで犯人がいることになるので、事実を解明することと同時に犯人を明らかにし、犯人からの供述を取って、基礎にまで持ち込まなければならない。そのためには、被害者の意識が戻るのを待つしかないのだろうが、同時に関係者からなるべく事情聴取を行って、事実に少しでも地下空ける努力をしないといけないな」
と、桜井刑事は言った。
「ええ、その通りです、今回は幸い被害者はまだ病院で意識不明ではありますが、医者は命に別状はないと言っています」
と、隅田刑事が報告した。
「もし、犯人がいて、犯人がどうしても被害者を殺したいのだと考えたとすれば、病院にいるのを幸いに、とどめを刺しにくるのではないかという懸念もあったので、今は警官を交替で病室の前で見張りをさせています」
と、桜井刑事は報告した。
それは、昨夜帰宅する前に病室の前に立っていたあの警官だったのだ。
隅田刑事はそう思うと、ホッと胸を撫でおろした気がしたが。ここにいる皆の共通の思いとして、
「早く被害者の意識が戻ることが大切だというものだ」
と思っていることであろう。
「ところで、これを事件ということにして、とりあえず、犯行現場にいたのは、男性三人だったということだな?」
と、桜井刑事が訊くと、
「ええ、そうです。三人は大学のことからの十年来の知り合いだということでした。昏睡状態の被害者はもちろんのこと、昨日は時間が時間だったので、名前と、昨日の行動くらいしか確認できませんでした。私が小山田という男の話を訊いて、病院に一緒に付き添って言った梅崎という男の話を、隅田刑事が訊いています。そして、昨日の情報は、別に矛盾しているところもなく一致していたので、二人してウソでもついていない限りは、信憑性があると思います」
と、柏木刑事はそういった。
そして、柏木刑事は、昨日聞きこんだ話を、メモを見ながら、捜査本部で披露したのである。
「なるほど、ということは、被害者の松本君というのは、玉ねぎが嫌いだったというのだな? だけど、毒はその玉ねぎに入っていた。それなのに、彼はその玉ねぎを食べて、青酸中毒にかかってしまったということだね?」
と、桜井刑事がそういうと、
「ええ、事実を見る限りではそういうことです」
と、柏木刑事がそういった。
「ということであれば、実に都合がいいのかそれとも悪いのか。犯人にとってどっちらったんだろう? 殺そうと思っているのであれば、もっとたくさんの青酸を混ぜるはずだろうし、しかも、普通なら嫌いなはずの玉ねぎなので、もし、被害者を殺そうとしていたのであるなら、話が矛盾していることになるよね。最初から殺すつもりがなかったとすれば、彼が死なずに、昏睡状態になったのは、計画通りだったということになる。だけど玉ねぎは嫌いだったんだよな? 犯人の計画通りだとすれば、犯人は彼が玉ねぎが嫌いだったと知らなかったということなのか?」
と、桜井刑事が話すと、
「それはないと思われます。あの場面にいたのは、例の大学時代からの知り合いという、あの三人だけだったんです。梅崎君も小山田君も、松本君が玉ねぎが嫌いだったということはなかったと思われます」
と、柏木刑事が言った。
それについては、隅田刑事も同じで、しきりに、
「うんうん」
と頷いていた。
「じゃあ、どう解釈すればいいのかな?」
と、桜井刑事が訊くと、
「じゃあ、犯人が別の人を殺そうとしていたということはないですか? 作ったのは梅崎君だということなので、残る一人の小山田君を殺害するつもりだったと?」
と、柏木刑事がいうと、
「そうとは限らない。毒を盛ったのが、調理の時だとは限らないだろう? 調理をし終わってから、取り分けた時に、毒を入れたのかも知れない」
と桜井刑事がいうので、それを聞いた鑑識官は、
「いえ、それはないと思います。小山田さんに取り分けられた皿の玉ねぎからも微量な青酸化合物が検出されました。ただし、食べた形跡はないのが気になっていたんですよね」
と言った。
「じゃあ、小山田さんが、調理の隙を見て、鍋に毒を混入したのかな?」
という話も出たが、
「いや、それも考えにくい気がするんだ。小山田君は昨日後から松本君の部屋に来ていたということで、すでに、チャーハンは調理中だったということなんだ。調理が終わって取り分けるまで、梅崎氏が一人でやっていたので、取り分けられる前に小山田君が毒を仕込むということは不可能なんだ」
と、柏木刑事が言ったが、
「それは本人がそう言っているだけではないのか?」
と念のために、桜井刑事は聞いてみたが、
「いえ、同じ証言を梅崎君からも得られているので、毒を小山田君が入れるのは不可能だと思われます」
と、隅田刑事が柏木刑事の話を補足するように言った。