昭和から未来へ向けて
何度か使命をしていると、女の子も結構気さくに話をしてくれるようになった。
「最初の頃はね。どう話をしていいのか分からなかったのよ」
とその女の子は言っていたが、実際には、
――最初の頃は俺に言いたい放題だったくせに――
と思っていた。
風俗初心者ということもあって、かなり上から目線だったのだろう。ただ、本人とすれば姉貴のような気分だったという。
「だって、初めの頃は、慣れていないからか、会話もうまくできないし、だったら、こちらから話しかけるしかないじゃない?」
と言っていたが、それもその通りだった。
「でも、最初に来る人は先輩に連れてこられたという人が多かったのに、あなたは、自分から来たと言ったでしょう? だからかな? 余計にあなたにはしっかりしてほしいように思ったのは」
というので、
「おかげで、常連になっちゃったかな?」
「そうね。これだけのペースで来るんだから、他の子に浮気をすることなんてできないわよね。あなたが誠実な人なのかなって気はしているわ」
と言ってくれた。
「うん、そうだよ。お姉さんのような気がするんだ」
と言って身をゆだねていると、学生時代に言った「会場」での女の子を思い出していた。あの子はまるで妹のような感じで、あの頃は、自分が妹をほしがっていたのだと感じていたが、ここで、
「お姉さん」
と呼べる人ができると、本当は姉の方がほしかったのではないかと思うようになっていた。
――いや、姉でも妹でも、癒しになる人がいてくれればよかったんだ――
と思うと、風俗に掛けるお金を勿体ないとは思わなくなった。
「私は、あなたと一緒にいると、何でも話せちゃう気がするの」
とよく言ってくれるが、それは久則としても同じ気持ちだった。
「私は、女兄弟ばかりだったので、男兄弟がほしいと思っていたの。最初はお兄ちゃんがほしいと思っていたんだけど、今では、弟がほしいと思うようになったのよ。やっぱりこういうお店にいると、私を指名してくれる人は、年上の人が多いのよ。若い子はどうしても、若い娘に走りたがるのかも知れないって。私も諦めているんだけどね」
というではないか。
「そんなことはないですよ。僕はお姉さんがよくてお姉さんに通っているですからね」
というと、
「あら? 嬉しいことを言ってくれるわ。でもね、それはあなたが他の女の子を知らないからなのかも知れないわよ。だけど、最初の頃の雰囲気で、まさか、あなたが私の常連になってくれるとは正直思っていなかったのよ。何か感じるものがあったのかしらね?」
とお姉さんは言った。
「そうかも知れないです。でも、私は今から他の人なんて考えられないというのが一番ですね。実は今まで自分では、妹がほしいという感覚を持っていたので、あまり年上は見ていなかったんですけど、お姉さんに通うようになって、お姉さんもいいなって思うようになったんですよ。そのおかげで、甘えるというのがどういうことなのか、そしてそこで得られる癒しというものがどういうものかって感じるようになったんです」
と言いながら、久則は、会場の女の子を思い出していたのだ。
久則が、
「お姉さんがいい」
と思ったのは、プレイの時間、お姉さんに集中していられるからだった。
身体全体で癒しを感じる。そこには、何も余計な意識は働いておらず、キスをするだけで、魂を抜かれる気がするくらいだった。
魂を抜かれてしまうと、ただ委ねるだけの気持ちになり、委ねる気持ちが、甘えになる。相手が妹だとそんなことは感じられない。身体の一点に神経を集中させるなどということは、相手が妹であれば、こちらが協力しないとできないことだと思うのだ。
それに、自分よりも年上で、最初は上から目線で見ていたと思っているその人が、いくら仕事だとはいえ、プレイに入ると、必死で癒しを与えようとしてくれる。それが妹と思う相手と接している時とまったく違っているのだった。
身体が密着すれば、空気の入る隙間もなくなり、吸盤のように吸い付いてきそうに思うのだが、そんなことはなく。ローションがうまく潤滑油の役目を示し、身体がまるでのた打ち回っているかのような快感に襲われる。
この頃から、仕事以外では人と絡みたくないという思いが強くなった。あれだけ学生時代に、
「彼女がほしい」
という感情が強かったのに、今では、
「彼女なんていらない」
と思うようになった。
それは、社会人になってから数年目のことだっただろうか、一人の女性と付き合ったのだが、その女性が精神的な鬱病を抱えている人で、しょっちゅう薬を飲んだりしていた。
その女性の親とも親しかったのだが、母親もそんな娘のことを気にしていたようで、それまで、男性と付き合うことをしてこなかったその女性が、自分と付き合うようになったことが嬉しかったようで、それだけで、母親は久則のことを信用していた。
それまで彼女はまわりに対して、
「誰とも付き合っていない」
と思わせていた。
それは彼氏ということ以外でも、友達もいないという意味であった、したがって、彼女と知り合った時も、彼女のまわりには誰もいないと思っていたのだが、そのうちに彼女には別に男がいて、どうやらその男に騙されかけているようだった。
その男は、仕事もしておらず、チンピラのような男で、まわりの数人(これも怪しい連中だが)と連れ合って、どうも、夜の店の用心棒のようなことをしていたようだ。
彼女はそこまでは知っていたようだが、自分が騙されていることを分かっていなかった。相手の男は、彼女の鬱病なところを利用し、自分たちのいろいろな計画に利用していたようだ。
金銭的なことにまでは利用していたわけではなく、何かあっても、警察沙汰にはならない程度の利用の仕方であった。
母親に彼女との仲を公認されていることもあって、何とかしようとしたが、さすがに相手が悪かった。これ以上関わっていると、久則自身が危なくなる。
そう思うと、別れるしかないと思い、彼女の前から姿を消した。
さすがに自己嫌悪に陥った久則は、それから、人とのかかわりが嫌になってしまった。一歩間違えると、自分も危なかったのである。
しかも、そんな危ない相手を彼女にしようなどと思っていた自分が怖かった。
変に人とかかわったとしても、自分にどうすることもできないと感じた時、仕事上の利害関係はしょうがないとしてそれ以外の人とは一線を画し、彼女などというものほど、怪しいものはないと思うようになったのだ。
そんなことがあってから、久則が風俗通いをするようになったのだが、それをずっと正解だと思うようになった。
時代的には、まだ、結婚するのが普通だと思われている時代だったので、結婚に対しての未練のようなものはあった、
無性に寂しくなることが、ごくたまにではあったが、ないわけではなかった。
その思いをいかに発散させればいいか、ストレスや、ストレスだけに限らない、身体を中心とした欲求不満をどこで爆発させればいいかが問題だったが、
「風俗があるじゃないか」
と思ったのだ。
作品名:昭和から未来へ向けて 作家名:森本晃次