昭和から未来へ向けて
「遊園地にでも行こうか?」
ということで、その当時流行り始めていたテーマパークに行くことにした。
平日なので、さすがに人は少ないだろうという思惑の元、電車に乗って行ったのだ。
昼前くらいだったので、まだ朝のラッシュも過ぎていて、買い物に出かける客や、大学生がちらほらいたせいか、四人掛けの席にちょうど、窓際に、久則とその彼女、その横に別のカップルがいて、久則が、気付かずに彼女の帽子を尻に敷いてしまっていたようだ。
それに気づいた久則は、彼女に頭を下げて詫びたが、その時声には出していなかった。ただ、相手の彼女も分かってくれたのか、暗黙の了解でもあるかのように、無言で頭を下げてくれた。
その時はそれで収まったのだが、ちょうどテーマパークの駅に着いたことで、久則と彼女は軽く会釈をして、小声で、
「すみません」
と言って、降りようとしたその時だった。
「お前何様のつもりだ」
と、彼氏と思しきやつが、久則に文句を言ってきた。
久則には何のことだか分からずに、キョトンとしていたが、男は、
「何とぼけてんだよ。さっき、俺の彼女の帽子を尻に敷いただろう?」
と言ってきた。
「ああ、それはちゃんと詫びましたが?」
というと、
「誠意が足りねえじゃないか」
と言ってくるのだ。完全に因縁であった。
こちらも、相手にどいてもらえわないと降りることができない都合上、どうしようもなかった。
こちらが、しょうがないので、
「すみません」
と言って謝罪を入れたが、結局その駅で降りることができなかった。
それでも、相手の男はぶつぶつ言っていたが、こちらとしては、
「下手に逆らって、彼女に危害が加わってしまったらどうしようもない」
ということで、なるべく逆らわないようにこちらから文句を言わないようにしていた。
それこそ、
「大人の対応」
ということであろう。
だが、相手はそんなことで収まるわけはない。こちらや久則の彼女を睨みつけてくる。
とりあえず、隣の駅で降りることはできたが、さすがに久則の怒りが収まるわけはない。
本当であれば、大人の対応をしたことで、自分の彼女も見直してくれたのかと思ったが、何も言ってはくれなかった。たぶん、何を言っていいのか分からなかったのかも知れないが、せめて何か声をかけてほしかった。
相手の男もそうである。たぶん、あいつは、自分の彼女にいい恰好したかったというだけの理由で敵を作り、その敵から彼女を守ったというパフォーマンスを示したかっただけなのだろう。
それを思うと、怒りが収まるわけもなかった。
相手の彼女もそうである、彼女としても、相手を暗黙の了解で許したのであれば、自分の男が怒り出したのであれば、それを止めるのが当たり前ではないかと思えてきた。
そう思うと、あの時に一番の貧乏くじを引いたのは、自分ではないかと思った。自分の彼女のことを考えて、我慢したのに、何も言ってくれないというのは、あまりにもひどい気がした。置き去りにされて、さらに考えていると、
「裏切られた」
まで思うほどだったのだ。
「もし、俺があの時、あいつと喧嘩になっていれば、どうなったんだろうか?」
と思うと確かに大人の対応は間違っていなかったと思う。
それなのに、その後のこのモヤモヤは一体なんだというのか?
自分だけが我慢して、その場を収めたのに、一番苛立ちが残った中途半端な気分になるくらいだったら、喧嘩になった方が精神的には楽だっただろう。
お互いに痛み分けにはなったかも知れないが、後悔はしない。怒りが¥は時間がくれば収まるものだが、この思いは時間が経てば収まるどころか、ひどくなる一方だった。
「俺が一体何をしたというんだ」
と叫びたい気分になっていた。
憤慨の行方
考えれば考えるほど、自分が貧乏くじを引いて、一人悪者になってしまったかのような気がすることで、収まりはなかった。その日もずっと苛立っていて、彼女もきっと、
「どうして、この人はこんなに、感情を引っ張っているんだろう?」
と思ったことだろう。
「こんなになるくらいだったら、いいたいことを言えばいいのに」
と思っていたのだとすると、久則の怒りは収まるはずがない。
そこまで自分は聖人君子ではないと思っている。
久則は自分がここまで根に持つタイプだとはさすがに思っていなかった。根に持たないようにするには、
「大人の対応」
などをして、我慢なんかしてはいけないのだと思った。
それから久則はあまり我慢をしないようになった。苛立ちがあれば、思ったことを相手にぶつける。少しでも相手の方が悪いと思えば、恫喝して相手を従わせる。それくらいしなければ、怒りを覚えた自分の矛先を収めることはできなかった。
その時の彼女とは、すぐに別れた。
本当はこちらから引導を渡してやろうと思っていたのだが、別れを切り出したのは向こうの方からだった。
これほど先手必勝なのかと思ったこともなかった。自分が引導を叩きつけてやることで、あの時の怒りの留飲を少しでも冷ますことができると思うと、気が楽だったのに、まさかここでも先を越されるとは思っていなかった。
この時から、怒りを抑えたりしないという思いに、先手必勝という気持ちが入るようになった。
相手を恫喝するにしても、こちらが一気に攻めなければ、どうしても相手に合わせてしまう。だから、逆にいえば、先手さえ取ってしまえば、その時点で勝ちと言っても過言ではないだろう。
そういう意味では、その時の女だけが、自分から別れたいと思う女だった。他の女性からはいつも理由も分からずに別れを切り出されてきたが、逆にいうと、自分で気付かないだけで、付き合った女連中は皆同じ穴のムジナだったのではないかと思うのだった。
そう思ってから、しばらく、
「彼女はいらない」
と思う時期があった。
しょせん、彼女を作っても、いつも最後は同じ結末、自分が我慢しようがしあいが結果は一緒なのだ。
だったら、彼女をわざわざ作って、最後にいつものように屈辱を味合わされるのであれば、最初から作らない方がいい。
そう思うと、
「どうして、彼女がほしいなんて思うようになったんだろう」
いつも最後は同じ結末で、理不尽さに屈辱感が溢れ出て、男としてのプライドはガタガタ。
そもそも、男としてのプライドなどどこにあるという、それを下手に守ろうとして我慢した結果が、あの時の自分だけが貧乏くじを引いたあの時ではなかったか。
いつも彼女から理不尽な屈辱感を味合わされた時、あの貧乏くじを思い出す。
それなら、こっちからも、自分に屈辱感を味合わせた女たちに文句を言ってやれば少しは留飲が下がるというものだが、そうもいかない、
その理由が、別れを切り出した理由が分からないからだ、
「どうして別れようというの?」
というと、黙っているか、
「自分の胸に聞けばいい」
というだけだ、
何がそんなに怒らせたというのか。
そういえば、
「女というのは、ギリギリまで我慢できるんだけど、我慢できなくなると、一気に爆発してもう収拾がつかなくなるようだよ」
と友達から聞かされたことがあった、
作品名:昭和から未来へ向けて 作家名:森本晃次