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昭和から未来へ向けて

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 ムズムズしてくる感覚を悟られるのは怖かったが、我慢している自分に、ゾクゾクしたものを感じる。
「我慢なんか、することはないんだ。それが当たり前なんだ。我慢せずに触ってみればいい。気持ちよさを通り越したら、そこに未知の世界が広がっているさ。これは子供の俺たちが超えなければならないものなのさ」
 と、久則の様子がおかしいことに気づいた友達がそういった。
 実際に友達の言う通りだった。これで久則も思春期の入学式を済ませたも同然だったのだ。
 そのことを後になって話すと、
「あんなのまわりが見れば一発さ、こっちも我慢せずに快感を貪ろうとするんだから、お前のように我慢しているやつがいると、俺たちが困るのさ」
 と言っていたが、自分も思春期を意識した時、同じことを感じたのだった。
「確かに、同じ世界に足を踏み込んだのであれば、何も我慢することなどないのだ。我慢することが、むしろ快感に感じられるのは、思春期に足を突っ込み、そのことを自分なりに納得できた状態でないと、許されることではなかった」
 と、感じたのだった。
 ただ、まだ、足を突っ込んだだけで、スタートラインに立ってだけだった。突っ込んだ足を抜こうという意識がまったくない瞬間。それは突っ込んだ瞬間だというのは、万人が認めることだろう。
「一瞬でも足を突っ込んだのだから、まだ海のものとも山の者とも分からない状態で、足を抜こうとするのはおろかなことである」
 と、単純に考えれば分かることだった。
 これは理屈ではない。算数の世界だった。本当は公式に当て嵌めて判断するという意味では数学なのだろうが、久則は数学が嫌いだった。小学生時代の算数が好きだっただけに、最初はおかしいと思ったが、数学というのは、算数の派生型であり、算数を理論で考えた結果が数学という学問になるのだ。
 本当であれば、数学の公式を覚えたあとに、その応用編として、算数の文章題をやれば、さぞや数学にも入ってきやすくなるというものだが、というものだが、それは、ありえなかった。
 もし、数学の中に算数が入ってくれば。最初から数学を好きにならない限り、小学生の頃に好きだった算数と出会うことはない。それだけ、過去の過程を少しでも変えようとするのは危険なのだということを誰が理解しようというのだろうか?
 だが、算数があって、数学があるというのは、それなりに理由があってのことだと思う。数学が先にあれば、その後での算数というまったく逆の発想はありえない。あくまでも、数学の中に算数が入り込んでいくというパターンだ。
 では、逆に算数の中に数学というのはありなのだろうか?
 考えてみると、
「それはそれで十分にありではないか」
 と思うのだった。
 それは、数学から算数を考えた時に、ありえないことで見つけた妥協策とはまったく意味合いが違っていた。どちらかというと、妥協策を考えた時に出てきた。
「逆さまの発想というもの」
 それが、ピタリと嵌っただけのことである。
 むしろ考えなくてもいいことではないかという思いの中で、
「数学と算数の優先順位であったり、上下関係を求めることが滑稽である」
 と気付かせてくれたのかも知れない。
 考えてみれば、算数から、数学というように、小学生の勉強から、中学、高校に至って、派生形ではあるが、どこか違った学問に感じさせるものはない。国語は現代国語と古典に別れたり、理科が化学、物理、生物に別れたり、社会が塵、歴史、倫理社会に別れたりはしたが、それは、派生形というよりも、単純に、大きくなってきたので、物理的に分裂したというだけのことではないのだろうか。
 だから、
「理科が好きだった。でも、化学は好きだが、物理と生物は嫌いだ」
 ということにもなるだろう。
 理科が好きだったと言っても、そのすべてが好きだったわけではない。理科の中でも嫌いなのも小学生の頃にあった気がした。
 確かに理科と社会は好きだったくせに、テストの点数は最悪だったような気がする。
「勉強はテストのためにするんじゃないんだよな」
 と自分に言い聞かせてきた。
 それを言い訳だと思っていたが、言い訳だと一言で片づけてしまうことが言い訳の言い訳たるゆえんではないだろうか。
 そう思っていると、学校の勉強というのは、思春期と違って、いくらでも修復ができる気がした。
 思春期に思い込んだことは、結構後々まで頭の中に残っている。自分の考えの原点になってしまったりもしているのだが、融通が利かないというべきなのか、それとも考えていることが真面目過ぎるのか。
 真面目過ぎるとすれば、それは思春期を大きなものとして捉えていて、自分が全体を見渡すことのできないという理由付けに、真面目という言葉を当て嵌めているような気がしてならないのだった。
 思春期に感じるエッチな発想も、あくまでも自分が真面目に思春期を考えているということでの矛盾を、
「我慢するほど、快感が増してくる」
 という感覚で受け止めるのだから、矛盾も我慢の一つとして受け入れようと考えているのではないかと思うのだった。
 思春期を暗黒の時代だと思っているのは、そんな言い訳に塗れた時代だったからだ。逆に言うと、もっとスリリングな時代にできたのではないかという後悔が、今も燻っているからではなかったか。
 スポーツが苦手なのも、芸術に造詣がないのも、小学生の頃、その中でも十歳の頃までに自分の中で見切ってしまっていた。
 学校の体育の時間が億劫で、特に跳び箱の時間は地獄だった。
「どうして、あんなものを飛ばなければいけないんだ?」
 と真剣に思っていた。
 ただ本当に苦手なのは鉄棒のはずだった。小学校二年生の時、逆上がりをしようとして鉄棒から落っこち、そのまま口から落ちてしまったようで、前歯を二本も折ってしまった。まだ乳歯の時だったからよかったのだが、その痛さは尋常ではなく、しばらくトラウマになっていた。
 だが、三年生になってその時のことを思い出すと、鉄棒から落ちるのが当然のように分かっていたかのように思えた。それは、その後鉄棒をすることにトラウマがあるくせに、その割に怖いとは思っていないことに由来していた。
 なぜ怖くないのかというと、二年生の時に落っこちた理由が分かったからだ。
「そうだ、あの時は、、落ちるべくして落ちたんだ」
 と思ったのだ。
 そもそも鉄棒競技をしようとするのに、順手だけで、親指を反対川に回して、ストッパーとして使わなければ落っこちるのは当たり前のことである。
 そのことを三年生になるまで理解できなかったことは問題だったが、三年生までに理解できなかったことを、三年生になって急に理解できるようになったというのもおかしなことであった。
「一体、自分の感覚はどうなっているんだ?」
 と感じた。
 だが、三年生になって、
「鉄棒ではケガするべくしてケガをしたんだ」
 と思うと、鉄棒を怖いと思わない自分のことを納得できる気がした。
 逆に、怖いと思っている跳び箱では、実際に失敗したり、ケガをしたりなどしたことはなかった。
「気を付けるのに、気を付けすぎることはない」
 と思っているから、ケガをしないのだろうか。
 そういう意味では逆に、
作品名:昭和から未来へ向けて 作家名:森本晃次