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正悪の生殺与奪

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「それはね。まず一つには、今までにたくさんの探偵小説やミステリーが発表されてきて、トリックというものが出尽くしているというところにあるんじゃないかって思うんだ。ちょうどさっき話に出た大正末期から戦後すぐくらいまで活躍していたある小説家の先生のお話なんだけど、もうすでにその時点で、ほとんどのトリックは出尽くしていて、あとはバリエーションの問題だっていうことを言っているんだ。だから、却って難しいんじゃないかな? トリックを前面に出すんじゃなくって、いかにトリックで引き付けておいて、人間関係であったり、動機などを主題にして、いかに意外性を発揮できるかというところが当時の探偵小説の考え方だったんじゃないかな? それに時代的な発想として、当時は動乱の時代だったということもあって、猟奇的であったり怪奇的な小説が結構あったりしたでしょう? 例えば精神異常に見せかけたような話だったり、登場人物が異常ね性癖を持っていたりしてね。それも特徴だったと思うよ」
「それはあるかも知れないわね」
「それともう一つは、これは今の最初の話に続くんだけど、今は科学や医学が発展しているということがいえるんじゃないかな? トリックの種類の中でも、今では実現不可能だと思えるようなものも結構あるだろう? 例えば、『死体損壊トリック』というのがあって、故意に被害者の顔や身体の特徴のある部分を切り取るなどして、被害者が誰か判別できないようにする犯罪なんだけど、今だったら、指紋がなかったとしても、DNA鑑定なんかがあるから、意外と被害者が特定できたりするよね。それにアリバイトリックの中でも、昔だったら、証人だったり、信頼できる人の証言だったりが必要だったけど、今では防犯カメラが至るところに設置されているので、アリバイなどをトリックに使うのも難しいでしょう?」
 というと、
「最後のトリックなんだけど、防犯カメラというのは微妙なもので、それを逆手に取って、例えば死角になる部分で欺瞞を要すれば、人を欺くこともできるんじゃないかな? 特に最近はパソコンを皆が扱えるから、立場によっては、防犯カメラの映像を操作することだってできる人もいる。だから一概には言えない気がするわ」
「そうなんだよね。それがバリエーションなんじゃないかな? 一つのことに捉われるわけではなく、いろいろ考えてみる。何もトリックは物理的である必要はない。心理的なトリックというのも立派なトリックだよね?」
 と、門倉刑事はいった。
「それに昔の小説が、本格的だったような気がして仕方がないのは、気のせいでしょうかね?」
 と留美子は言ったが、
「そうですね。留美子ちゃんは『本格探偵小説』という言葉を知っていますが?」
「ええ、よく本なんかに載っていますよね、作品紹介なんかでよく目にしたりしますけど」
「そうなんだけど、その意味は分かるかい?」
「さあ、漠然とした言葉なので、何と表現したらいいのか分かりませんが、トリックが大げさであったり、事件が大きかったりとか、そんな感じですかね?」
 というのを聞いて、門倉刑事はにんまりと笑って、
「そう思うでしょう? 実は違うんですよ」
「違うんですか?」
「まあ、この発想は、純文学と大衆文学という言葉の違いにも近いものがあるんですけどね。本格探偵小説というのは、いわゆる謎解きやトリックに重点を置いた形の作風を本格という表現をするんですね。それ以外の小説を変格という表現を使ったりします」
 それを聞いた留美子は少し怪訝な表情になり、
「それ以外というのはどういうお話なんですか?」
「いわゆる探偵小説からの派生していくジャンルへの橋渡しのような作品ですね。つまりは、猟奇的な殺人だったり、変質的な性癖を持ったりする犯人に焦点を当てた小説のことです」
「ああ、何となく分かります」
「そういう小説は、ホラーだったり、どこか幻想的な小説と見られがちで、ミステリの枠を超えている感があるでしょう? それを言うんですよ。純文学と大衆文学の分かれ目にしても、人によっては、純文学が道徳的な作品をいうような錯覚をしておられる人も多いと思いますが、実際には純文学というのは、『小説の中で文学的な表現で形づけられた作品を刺す』らしいんですよね。大衆小説の中には、道徳的な作品も多いですし、逆に、純文学の中にも変質的な作品もあります。それと同じ感覚ではないでしょうか?」
「難しいですね」
「しかも、本格探偵小説という表現は、最初からあったわけではなくて、ある探偵小説家が、猟奇殺人や変質的な性癖を持つような作品に、「ケチ」をつけて、論争が巻き起こったらしいんですが、その時にケチをつけた作家が、初めて本格探偵小説という言葉を提唱したということなんです。それを思うとなかなか面白いでしょう?」
「ええ、その通りですね」
 留美子はその話を聞いて、目からウロコが落ちたかのように嬉しそうだった。
 目が輝いていたのを覚えているくらいだ。
「本当に小説って面白いですよね。私もだから、自分でも書いてみようと思ったんですよ。実際に書けるようになるまでには苦労はしましたけどね」
「ほう、やはり難しいですか?」
「はい、難しいです。何と言っても、まず集中力が大切ですからね。それに小説を書く時って考えたらダメなんです」
「どういうことだい?」
「考えてしまうと気が散ってしまって、集中できていないことを自分でも自覚するんです。だからどんどん先を書けるように考えるのではなく、感じることが大切だと思うようになったんです」
「なるほど、それは大切なことだね。小説家は、そのアイデアを捻出するのも、感性だって言っているのを聞いたことがあるけど、きっとそういうことなんでしょうね」
「ええ、私もそう思います。感性という言葉がどこまで重要なのかは難しいところではあると思いますが、感じるという意味の言葉が使われているので、それだけでも私には共感できるものがあるんですよ」
 と、身を乗り出すように話す留美子だった。

                防犯教室

「そういえば、私、以前に生まれ変わりの話をしたでしょう?」
 と、急に話題を変えてきた。
「ああ、そういえばそんな話をしていたね」
 というと、
「ひどい、忘れちゃったの? まあいいわ、でも私、小説を書けるようになったのって、そう思うようになってからだったような気がするの」
「どういうことだい?」
「死んだつもりになれば、何だってできるってよく言われるじゃないですか。自殺しようとしている人に、よくそう言って声を掛けますよね。私は、ずっとそれが正論だと思っていたんだけど、途中で、そんなの茶番じゃないかって思うようになってきたんです。そのきっかけだったのが、門倉さんに助けていただいたあの時の事件だったんです」
「あの時は、本当に申し訳ないことをしたね。僕がもっと気を付けていれば君にこんな怖い思いをさせずにすんだのに」
 というと。
「そんなことはどうでもいいんです。いえ、どうでもいいなんていうと失礼ね。だって、あの事件があったから、門倉さんと仲良くなれたんですもの」
 と言って、少し顔が赤らいでいた。
作品名:正悪の生殺与奪 作家名:森本晃次