正悪の生殺与奪
それを聞いた門倉は、別に自分が悪いというわけではないのだが、彼女に対してどこか贔屓目で見てしまう自分がいるのに気が付いた。
――誰かに似ているんだよな――
という意識はあるが、それが誰なのか、ハッキリと分からなかった。
彼女の方も、門倉には助けてもらったという恩義があるようで、それからすぐに二人は気を通わせるようになり、メールなどで時々連絡を取り合い、たまに会ったりもしていた。
門倉とすれば、
「刑事として、気になっている元被害者」
という意識で見ていたのだが、相手の女の子の方がどう見ていたのか、分からなかったが、決してお互いに嫌な気がすることはなく、会話もそれなりに弾んでいた。
彼女が安斎留美子だったのだが、門倉がそれから少しして捜査で忙しくなり、なかなか彼女に連絡を取ることがなくなると、彼女の方も遠慮してか、連絡をしてくることもなくなってしまった。
お互いに少し距離を保ったということなのだろうが、距離を保つこと自体は、別に問題ではなかっただろう。いずれは彼女が落ち着いてくれば、次第に疎遠になってくるのは仕方のないことであるし、二人ともそのことは分かっているつもりでいた。
お互いい男女としての意識があるわけでもなく、留美子の方も、その頃は普通の女子高生と変わらぬ毎日を過ごしていた。
留美子は、数回病院に通ったようだったが、
「もう大丈夫かな?」
と先生がいうので、とりあえずそこで通院は終了ということになった。
「とりあえずは、定期的な通院はこれで終わるけど、もし自分でちょっとでも変だと思ったり、悩みを抱えるようなことがあったら、遠慮せずに私のところに来るんだよ」
と先生から言ってもらえたことは、留美子も素直に嬉しいと思えた。
普段から、
「病院というところは怖いものだ」
と思っていたが、実際に行ってみると、先生は優しかった。
それもそのはず、精神的な病を気にしての診察なので、それも当然のことである。ただ、それを留美子が理解していたかどうか、ハッキリと分からない。
留美子が病院通いしていることを、留美子自身の口から門倉には知らせていなかった。そのため門倉も、彼女が精神のどこかを病んでいるという意識はなかったのだ。
「心細くなっているだろうから、この僕でよかったら、心の支えになれればいい」
というくらいのもので、合っているうちに、次第に、
「これが僕の役目なんだろうな」
と思うようになっていた。
ただそこに義務感というものはなかった。義務感を持ってしまうと、きっと彼女に対して押し付けの気持ちを示すことになり、せっかく落ち着いている気持ちの中で、相手に追い詰められる精神状態に引き戻されてしまうのであれば、
「それはまったくの本末転倒というものだ」
と言えるのではないだろうか。
彼女はまだ高校一年生、家族や学校の先生は、あまり彼女を意識していないようだ。なぜなのか、門倉には分からなかったが、それが留美子という女の子の、
「相手によって、態度が一変する」
という性格というか、性質のせいだったのだ。
門倉は、その頃、つまり病院に定期的に通院しなくてもよくなってからのことになるのだが、それまで聞いたことがないような話を彼女の口から聞くことになった。
「私、生まれ変わるとしたら、何になりたいかあって、結構いろいろ考えたりするのよ」
ということを言った。
門倉は一瞬何のことを言っているのか分からなかった。
一つに生まれ変わるという発想が、
「今生まれ変わるとしたら」
ということなのか、それとも、死んでから生まれ変わるということなのかの判断がつかなかったからだ。
それともう一つが、彼女がそんなことを言い出すきっかけになったその発想をいつから抱くようになったかということである。前から思っていて、誰にも話せずに心の中に貯めておいたのか、それとも今思いついたことなのか、そこも疑問点の一つだった。
「生まれ変わるというのは、どういうことなんだい?」
と聞くと、
「その通りの言葉の意味よ。生まれ変わるというのと、生き返るというのとは違うの。あくまでも、自然の摂理の発想なのよ」
というではないか。
「自然の摂理ということは、将来自分が死んだ後、死後の世界に行ってから、生まれ変わるという発想なの?」
「ええ、そういうことになるわね。だから、何に生まれ変われるかって分からないでしょう? 人間ではないかも知れないし、ひょっとすると、また私が生まれてくるのかも知れない」
と彼女は言った。
「最初の、人間か人間でないかというのは、別にして、自分に生まれ変われるかどうかというのと、それ以外とでは、大きな差があるような気がするね」
と門倉がいうと、待ってましたとばかりに、
「そうなのよ。それを私も強調したいの。つまりね、もう一度生まれ変わってから、もう一度自分が生まれたとしても、それは時代が違うわけでしょう? 同じ人間であっても、きっと前世の記憶なんかあるはずないんだから、自分だという意識もあるはずないのよ。でもきっと思い出すきっかけさえあれば、前世を思い出すことのできる一番可能性があるはずなので、私なら、きっと思い出すんじゃないかって思うの。これって危険な発想なのかしら?」
というではないか、
「危険というのは、僕にはよく分からないんだけど、でも、思い出したとして、それをどうするかなんて、まったく考えられないはずなので、すぐに自分で忘れようとするんじゃないかって僕は思うんだ」
と、門倉は自分の意見を話した。
門倉は、自分では現実主義者だと思っている。警察内で事件についてのリアルな話をしたり、過去の事件を引っ張り出して、事件論議をしたりなどというのは結構あるが、架空な話や。夢の話などしたことがなかった。
まわりにそんな話をするだけの人がいなかったというのも事実だが、実際にそんな話が好きな人を前にして、考えたこともない話が続けられるという自信はまったくなかった。
自分に自信が持てない話を継続することは今までにはなかった。何とかして話の腰を折り、それでも相手に嫌な思いをさせないように、いかにして話を終わらせるかというのが、門倉の発想であった。
だが、その時の留美子との話には、いつになく自分から積極的に話の中に入っていったものだ。自分でもどうした心境の吹き回しなのか、解釈に困っていた。
「門倉さんとお話していると、私が言いたいことを見透かされているようで、怖いことがあるの。でも、嫌な顔一つせずに話に応じてくれているのを見ると、これほど安心できる気がしてこないものなの」
と、留美子は喜びを満面に表しているようで、そんな表情を見せられると、自分もまんざらでもない表情になっていると思っただけで、顔がほころんでくるというものだった。
「そう言ってくれると、本当に嬉しいよ」
と、自分の顔が紅潮してくるのを門倉刑事も分かっていた。
女の子に褒められるのが、これほど嬉しく、そして恥ずかしいものだということに初めて気づいたのだった。
「門倉さん、赤くなってるわよ」
と微笑みながら、茶化すようにいう、留美子の顔は幼さに満ちていた。