正悪の生殺与奪
何かに従属していると捉えればいいのか、寄生しているように見ればいいのか、そのあたりは感じる人の自由であろうが、ハッキリとしない部分でもある。
月というものは、暦とも関係がある。特に一か月周期のものとして、女性の身体と密接に結びつき、
「月経」
と呼ばれているではない、あ
また物理学的には、
「潮の満ち引きは、月の引力が関係している」
とも言われているではないか。
あるいは、都市伝説的なオカルト系の話として、
「月というのは、精神異常者の意味である」
というものであったり、
「満月の時には異常な事象、自殺、殺人、交通事故などが多い」
とも言われている。考えてみれば満月を見て変身するオオカミ男の話なども、ここからの都市伝説が発展したものではないだろうか。
そもそも、これらの都市伝説は、証明されたという説と、まったく関連性がないという説の両方が存在し、あくまでも都市伝説として考える方がいいだろう。
日本にも竹取物語などの月をテーマにした話も少なくない。そうやって考えると、太陽よりもたくさんの謂れを持っているのではないだろうか。
そんな月を路傍の石のように、目の前にあっても、その存在を意識しないという考え方は、少し危険ではないかと思われる。
しかし、満月の時に何かが起こるという話は都市伝説と言われながら、中学時代にはクラスメイトが証明しようとしていて、実際に交通事故に遭ったという事件が発生した。
その日が本当に満月だったので、交通事故に遭ったクラスメイトはすっかり覚えてしまい、今では月を見るのも怖いそうである。
夜出かけることはほどんどなく、引きこもっているようだが、高校生の時に見てもらった霊媒師から、
「あと、十年経てば、その意識が抜けるであろう」
と言われていたが、その十年まで後一年か二年というところであろうか。留美子が知らないところで治っているのかも知れないし、ひょっとすると、じっとあと一年か二年をひたすら待ちわびているのかも知れない。
彼の家庭は、本当に満月の日に何かが起こる家族であった。
彼のお兄さんが奥さんから離婚を切り打差Sれ多日も満月だったというし、さらに、そのきっかけになった日、満員電車で冤罪の濡れ衣をきせられたのも、暗月の朝だった。
すぐに誤解は解けたようだが、奥さんがなぜか離婚にこだわったという。ひょっとして、冤罪はただのいいわけで、実際には離婚を以前から考えていたのかも知れない。
「俺たちは、月に呪われた家族なんだ」
と、そう言っていたが、その顔色は真っ青で、げっそりと痩せたその顔は、普段から眠れていないことを証明しているかのようだった。
「そういえば、一か月単位で、ろくなことが起こらなかったな」
と言って、話をしてくれたが、確かに彼がけがをしたり、人から疑われたりと、普通なら一年に一度あるかないかという災難を、毎月一つは味わっていたのだ。
そんな彼なのに、誰からも心配されることもなければ、意識されることもない。本当に月のような存在で、気にされないことが彼の特徴であり、しかも、ちょうど一月に一度、自分が精神異常ではないかと思うことがあるようだ。
それも無意識のことなのであるが、その時の自分を、
「何かの動物が乗り移っているかのような気がしていた」
と感じていた。
留美子が自分を月としてイメージして小説を書いていると、三角も自分で小説を書いてみたいと思うようになった。
子供の頃から文章を書くのは苦手で、論文などが一番嫌いだった。実際に本を読むのも嫌いだし、カウンセリングをするのだから、理路整然とした理屈を頭に思い描くことはできるはずだ。
しかも、思いついたことはいつもメモにとって控えておく。後から見た時に分からなくなるのであれば、それも仕方がないのだろうが、覚えていないということもない。何のつもりで書いたのかということも自覚している。それなどに、その内容を文章にするのが苦手なのだ。
「私は、箇条書きをしていたりしても、何を書いたのか、後になって思い返したら、すぐには思い出せないのに、どうして、三角君は文章にできないのかしらね?」
と、留美子は言った。
さすがに、自分でも困ってしまい、元小説家だった鎌倉氏に、小説を書く極意を教えてもらおうと感じていた。
「理路整然とした頭を持っているにも関わらず、文章にすると、先に進まないというわけだね?」
と、鎌倉氏にそう言われて、
「ええ、そうなんですよ。纏めるということにはそれなりに自信はあるんだけど、それを論文にしてみたり、まとまった文章にしようと思うと、どうしても途中からわからなるんですよ」
それを聞いて、鎌倉氏は、
「途中で分からなくなるということは、途中までは分かっていたということだよね。そのことについて、君が深く考えようとしないところが、問題なんじゃないかな?」
というのだった。
「それはどういう意味ですか?」
「いわゆる思い込みなんだろうけど、君は一種の減算法なのかも知れないね」
「減算法というと?」
「君は資料を集めてくるのもうまければ、纏めることにもたけている。だからこそ、たくさんある材料をどんどん狭めていこうとするんだよ。しかも、君は頭がいいから、前もって、どれくらいの大きさまで狭まればうまく書けるかというところまで分かっているんだ。でも分かっているだけに、まわりから責めてくる自分と、途中に結界を儲けた自分とが、結界付近で試行錯誤を繰り返すんじゃないかな? だから見えているはずのゴールを見逃してしまったり、結界があると分からずに入り込んでしまって、その結界の存在が見えているわけではないので、見えないものに対しての対応をしようとしてしまう。だから近くにゴールがあるのに、それを見逃して、生部行くほど深みに嵌るコースを自分から進んでいるんじゃないかな?」
かなり難しい話をしているように思うが、
「どうにかならないんですかね?」
と、自分でもお手上げ状態なので、きっと鎌倉氏が助けてくれると思ったが、意外なことに、
「君は僕に助けを求めても、それはお門違いだよ。君にはもっと理解しあえる人がいるじゃないか。その人も君が来るのを待っていると思うんだ。ゆっくり話してみるといい」
と、鎌倉氏は敢えて、その名前を言わなかったが、言わなかったということで、それが誰なのか、確定していたのだ。
「留美子さんは、やはり僕の意識の中にいる存在なんでしょうか?」
と鎌倉氏に聞いてみると、
「それは君が感じたそのままを自覚すればいい。君は感じることはできるのに、いわゆる自覚ができないんだ。そんなに自分に自信のないという気持ちにある必要なんかないんだよ」
と鎌倉氏は言った。
「僕も、門倉君とはいつも一緒にいていつも話をしているんだけど、飽きることはないのさ。お互いに求めているものが同じであったり、違ったとしても、相手が求めているものを自分が与えられたりという考えが頭をもたげるんだよね」
と、鎌倉氏は、話を続けた。
「この間、門倉君と話をした時、出題者と回答者の話になったことがあったんだよね」
「というと?」