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正悪の生殺与奪

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 逆に留美子の親の方が、
「あなたのことでしょう。ちゃんとハッキリ言いなさい」
 とせかしているくらいだった。
 留美子の母親は、どちらかというと、まわりに気を遣う方だった。どうしてなのかというと、留美子が考えるに、
「自分の思っていることをハッキリと言える立場になりたいがため」
 ということではないかと思っている。
――そんなことのために、まわりに気を遣わなければいけないのなら、余計なことを言わない方がマシだ――
 と考えている留美子だったので、高校時代は特に余計なことを言わないように学校内ではしていた。
 そのせいもあってか、門倉と一緒にいる時には、
――言わなくてもいいのではないか?
 と感じるほどのことでも、どんどん口からついて出る。
 相手に嫌われるかも知れないと、他の人になら感じることでも、門倉の前では何とも思わない。気心が知れているからなのだろうと思っていたがある日。
「留美子ちゃんとは、一緒にいるだけでいろいろ感じることができるんだ。余計なことを言わない留美子ちゃんは、その考えを貫いた方がいいかも知れないね」
 と言われた。
――あれ? 私は余計なこと以外も話しているつもりなのに――
 と思ったのだが、門倉にすれば、留美子は必要以上なことを話さないその雰囲気が、大人を感じさせたのだった。
「大人って、いったい何なんでしょうね?」
 と門倉に聞いてみたが、
「少々のわがままを言ったつもりでも、相手にはそれがわがままだとは思えない、そんな魅力を持った人という感じを僕は受けるかな?」
 と言っていた。
 それは、大人の門倉がまだ子供の留美子が質問したことに対して、考えて出した答えだったのかも知れない。
 しかし、留美子はその言葉を素直に受け取り、
「私も、門倉さんが今言ったような女性になれればいいな」
 というと、
「大丈夫さ。僕は今、留美子ちゃんがそういう大人の女性になった雰囲気を想像することができるんだ。だから、十分その素質があるということさ。あまり意識せずに心の片隅に置いておく程度で、大丈夫なんじゃないかって僕は思っているよ」
 と、門倉は言っていた。
 その時の笑顔が今でも思い出されるようで、今の自分が少しでも門倉の想像に近づいていれば嬉しいと感じたのだ。
 留美子は門倉という男性が、叙述的な話し方を時々するような気がしていた。曖昧な感じもするが、何よりも知的である。だから、相手によって同じような言葉を使っても、まったく印象が違うのが、叙述的な言葉ではないだろうか。
 理論的と言えばそれまでだが、普通の人がそんな言い方をすれば、堅苦しく聞こえる。やはり叙述的な言葉には、説得力が必要だ。叙述というものの意味としては、
「何かをするという物事について順を追って述べること」
 というのが、叙述と言う意味なのだそうだ。
 門倉刑事にしても、鎌倉探偵にしても、推理して事件を解決する立場の人には、叙述的なことがどれほど大切なことか分かるだろう。単に時系列というだけでなく、論理的に満たしていなければ、叙述とは言わなおのだろうから。
 そういう意味では、久保先生という人も、実に理路整然とした表現をする人だった。説得力の強さはまさに誰もが認めるところであり、三角が先生の意見を取り入れてカウンセリングの道を選んだというのも、分かる気がした。
「僕は、人から何かを言われると、すぐにそれを信じ込んでしまう性格だったんだ。だから言われたことを嫌とは言えない。相手にとって、実に都合のいい人間だったんだよ。でもね、それでいて、人に気を遣うということが嫌いだったんだ。実際にはいつも人の顔色を見ていたくせにね。そんな僕の性格を一番分かってくれたのが、久保先生だったんだ。門倉刑事に僕のことを紹介してくれたのも久保先生で、久保先生は元々門倉刑事よりも、鎌倉さんの方に親しかったんだって言ってたよ」
 と、三角が話してくれた。
 三角はまだカウンセラーとしては新米であり、今は先輩のカウンセラーから指導を受けているところだという。ある程度一人前になると、カウンセラー募集が掛かっている学校に配属されることになるのだろうが、それももう少しだろうと言っていた。
「久保先生って、私はあまり印象に残っているわけじゃないかな?」
 というと、
「うん、そうかも知れない。普通に学生生活を過ごしてきた人にはあまり印象に残らない先生なんだろうね。僕のように少し道を踏み外しかけた生徒には、本当に印象に残っているはずだ」
 三角はそう言って、虚空を見つめた。
 自分の高校時代を思い出しているのかも知れない。
「でも、印象に残っていないのは学生時代だけのことであって、今では久保先生とはちょくちょく取材を引き受けてもらったりしているのよ」
「それはどういうことで?」
「久保先生って、歴史に造詣が深いので、私のところの雑誌で取材に応じてもらったことがあったの。私はまだ新人で、先輩の後ろにくっついていただけなんだけど、久保先生は私のことを覚えていてくれたようなのよね。きっと高校時代に門倉さんと再会した時のイメージで私のことを覚えてくれていたのかも知れないんだけどね」
「そうだね。そういう意味ではあの時の門倉さんの講習には、いろいろな意味があったんだろうね」
「やっぱり、刑事さんだから、防犯にしても、刑事としての経験を少しでも織り交ぜようとしてくれているのが分かったので、親しみやすさが感じられたのかも知れないわね」
 と、自分のことよりも、三角がどう感じるかということを思っているようだった。
「門倉さんと、鎌倉さんだったら、僕は門倉さんの方が人情深いような気がするな。特に僕たちのような学生に対しては、本当に気を遣ってくれていたと思うんだ。あの人は気を遣うことが、相手に対して重荷になることが分かっている人ではないかな? 普通なら重荷になりそうなら、気を遣わないようにしようと思うはずなんだけど、そんなことはお構いなしなんだ。きっと正直な気持ちを表に出そうという気持ちが強いからなのかも知れないな」
 と、三角は言った。
「自分の気持ちを正直に出す人が人情深いとばかり言えないんじゃないの?」
 と聞くと、
「いやいや、気を遣っているという意識を持ったうえでというところが重要なんだよ。普通なら、いい意味にもよくない意味にも取られそうな、どっちつかずのことであれば、敬遠しがちな人が多い中で、門倉さんは、それを理解したうえで、それを使おうとする。それが他の人と違って正直な気持ちと結びついているからで、そんな考え方ができる人の方が、僕は人情深いと言えるとお思うんだよ」
「そうなのかしら?」
「僕はそうだと思う。だけどね、だからと言って、人情深い人が本当にいい人なのかというとそこは難しい。人情の深さといい人間という基準がそもそも違っているからね」
 と三角は言った。
「鎌倉さんに対しては、どう思うの?」
作品名:正悪の生殺与奪 作家名:森本晃次