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正悪の生殺与奪

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「そうかも知れないわね。でも、カウンセラーになってこの学校に戻ってこようと最初から思っていたの?」
「戻ってこれるものであれば、戻ってこようと思ったんだ。僕は中学時代まで野球をやっていて、高校生になったら、高校野球で甲子園を目指したいなんて思っていたんだけど、肩を痛めてね。それで痛めなければ、ひょっとすると推薦で野球の強い高校に行けたのかも知れないくらいの自信があったんだけど、中学時代にいきなりの挫折を味わった。高校時代、僕がクラス委員はしているけど、どこか投げやりに見えたというのは、そのあたりの諦めの心境が強かったのかも知れないな。実際に目標を失って、何もする気になんかならない時期だったからね」
「そうだったんですね」
「目標を問題もなく持てる人間はいいよ。自分が感じていることはまわり、誰にでも感じることができると思い込んでいるからね。挫折している人間がいるなんて思いもしない。前しか向いていないんだからね」
「確かにそうだわね」
「で、修学旅行の時、母親に会いに行ったやつもそうさ。あいつも、きっと母親は自分に会いたがっているだろうから、訪ねていけば、喜んで迎えてくれるとでも思っていたんだろうよ。でもね、実際にはそうはいかなかった。母親の真意までは分からないよ。ひょっとすると、本当は息子に会いたかったのかも知れない。でも今は過去の自分と決別して、新しい自分を作ろうとしているのに、そこに過去の自分を嫌というほど思い出させる存在の息子が現れれば、それは拒否るだろうね。それでも、母親には葛藤があったのだろう。少しきつめに断ったというからね。やっぱり、簡単には割り切れない思いが母親にもあったんだ。そいつは、卒業の時にはそう言っていたよ。僕は彼からその話を聞いて、ここまで考えられるようになれるだけ、修学旅行のあの日から成長したんだと思うと、本当にすごいと思った。僕もこのままカウンセラーを目指して、心理学を勉強しようと思う気持ちを後押ししてくれた気がしたんだ」
「なるほどね」
「僕だって、中学の時、野球ができないと思った時、本当に辛かったからね。明日から、いや、たった今から何をすればいいのか、まったく見えてこなかった。何をやっても虚しいんだよ。僕にとってやっていて楽しいことは野球しかなかったんだ。だから、逆に野球ができないとなると、野球に関係することは見るのも嫌になった。その気持ちは分かってくれるだろう?」
「うん、分かるわ」
「本当は、こう言って分かるなんて返事をされると、本当に分かっているのかって言い返す人もいるようだけど、僕はそんなことはしない。だって、自分が味わってきたことを、他の人も大なり小なり味わっているんだって思うようになったんだ。それはきっと自分の挫折が中学時代という比較的子供に近い頃だったからではないだろうか。それからの自分は目標は失ったけど、精神的に弱くなったと思っているから、人が悩んでいることや苦しみが分かる気がしたんだ。それは怪我をして不自由な状態になった時、例えば松葉づえをつきながら、ギブスの足を引きずっているようなね。そんな状態で他人を見れば、何ら不自由のない人が、自分と同じようになったらということを想像してしまうんだよ。そんな時、自分は人の痛みが分かるんじゃないかって感じられたんだね」
 と彼はしみじみと言っていた。
「私もそれは思うわ。人の気持ちを分かってあげようなんて感情は、自分の思い上がりなんじゃないかって思ったこともある。以前の私、子供の頃なんだけどね、まわりの気持ちを私は分かっているんだって思い込んでいたことがあったの。それを違うと指摘された時、本当に頭を金槌か何かで殴られた気がしたことがあったわ。顔が真っ赤になって、それこそ、『穴があったら入りたい』なんて気分になっていたんでしょうね」
 と留美子がいうと、
「要するに、僕が思っているのは、『自分のことを分からない人が、人のことが分かるというのはおこがましい』ということなんだろうけど、でも、実際には違う気がするんだ。それはね、きっと自分のことを分かるということが、本当は一番難しいことだと考えているからだって思うんだ」
 と三角は言った。
「私ね。あの時の講演してくださった門倉刑事とは仲がいいのよ。そしてその時に一緒におられた鎌倉探偵さんもその時に紹介してもらって、今でも懇意にしていただいているの」
 というと、
「ほう、それはいいことじゃないか。実は僕も門倉さんとはあれから少し面識があるんだよ。いろいろなお話もさせてもらうこともあってね、で、僕も門倉刑事を通して、鎌倉さんも紹介してもらって、今では鎌倉探偵の話し相手になっているくらいなんだ」
「それはすごいわね。私も一度二人の会話の場面に居合わせたことがあったんだけど、結構難しい話をしていて、途中からついていけなかったわ」
「うん、そうなんだ。あの二人は仕事柄、犯罪に関しての話が多いので、少し専門的な話になってくるとなかなかついていくのも難しいからね。でも、確か君は小説も書いていると聞いたので、話に入りやすいんじゃないのかい?」
 高校時代は、書いているというほど書けるわけでもなかったので、誰にも言ったつもりはなかったのに、どうして三角が知っているのか分からなかったが、ひょっとすると、門倉刑事と昵懇だということで、そこから話が漏れたのかも知れない。別に隠しておくほどのことでもないので、彼が知っていたとしても、別に何ら問題があるわけでもなかった。
「うん、興味を持って聞いているわよ。二人とも話が白熱してくると、私がそばにいても気にすることなく熱くなっているので、私も見ていて思わず吹き出してしまうこともあるくらいなのよ」
「僕もそうなんだけどね。でも二人の話は僕が専攻した心理学の分野にも大きく入り込んできていて、実に参考になるんだ。犯罪心理学というのもあるくらいだからね」
 学生時代に同じクラスでも話もしたことのなかった二人だったのに、まるで昔を懐かしむと言いながら話をしていた。きっとお互いに、こんなに親密に話をするのが初めてなどということが信じられなかったことだろう。
「私は、確かにお二人の話を聞いていて、自分でも何かミステリーでも書いてみたいと思うことも結構あったわ。でも、なかなか焦点が定まらなくて」
 というと、
「じゃあ、僕と一緒に考えてみるかい? 二人は奇しくも別々に門倉さんと鎌倉さんの犯罪談義を聞いている仲間でもあるじゃないか。それぞれに感じるところ、自分ならこう思うなどというところがあるだろうから、そこを深く、掘り下げて考えてみようじゃないか」
 と、三角は話した。
「私がこの間聞いていた話は、確か交換殺人について話をしていたような気がするわ」
 と留美子がいうと、
「僕の時には一人二役の話をしていたような気がするんだ」
 と言った。
 前述でのように、本当はこの二つの話を織り交ぜながら話をしていたはずなのに、それぞれを単独で二人の前で、その一つずつを披露したというのだろうか?
作品名:正悪の生殺与奪 作家名:森本晃次