正悪の生殺与奪
知らない土地で勝手に行動しても、迷うだけである。とりあえず、次の土地への移動までに彼が帰ってこなければ、警察に捜索願を提出するということだけは決まっていた。
果たして彼が帰ってきたのは、皆が昼食を摂り終わってからの、集合時間から一時間後だった。
普段は賑やかな彼が殊勝な顔をして、
「申し訳ありませんでした」
と誤っていたので、とりあえず昼食を摂ってから、その後の行動は皆と同じようにしていた。その時、先生も特に理由を言及しようということはなかった。もちろん聞いてはみたが、必要以上に責め立てることはなく、様子を見るしかないと思ったのだ。
知らない土地の自由行動で行方不明になることがどういうことなのか、分からない彼でもないだろう。それでもどこかに行くしかなかった心境を問いただしても言おうとしないのであれば、それはしょうがないことだ。それは先生たちにも分かっていたのだろう。
修学旅行はその後無事に済み、また普段の恰好生活が始まった。その時行方不明になった生徒の事情を、どこかから伝わってきた話を聞いて、
――なるほど――
と感じた三角だったが、その事情というのが、
「彼の家庭は半年前に両親が離婚しているんだって、今は父親と暮らしているんだけど、母親が修学旅行の彼がいなくなった街に住んでいるらしいの。どうやら彼は会いに行ったようなのね。でも、会うことはできなかったんだって」
という話を聞いて、
「お母さん、お忙しかったのかしら?」
と聞くと、
「そうじゃなく、会いたくなかったんだって、理由は分からないけど、彼はかなりショックだったようだよ。どうしてなんだろうね」
ということだった。
この話が留美子にも伝わってきたが、この時、三角はかなりショックを受けていたようだと、留美子は思った。それが三角の責任感から来るものなのか。自分に何もできなかったという力のなさに憤りを自分に感じていたのではないかと思うのだった。
留美子が取材に訪れてみると、そこにいたのが、クラス委員をしていた三角だった。三角は、すぐには留美子のことが分からなかったようで、どうして彼女が驚いているのか、最初は分からなかったようだ。
「三角君、お久しぶりね」
というと彼もやっと分かったようだった。
一人の雑誌社の女性が取材にやってくるという話は聞いていたが、その人がどういう人なのかというところまでは聞いていなかったようだ。カウンセラーのような仕事をしていながら、自分に関係のないことにはあまり興味を示さないところは、昔と変わっていないと、留美子は感じた。
取材と言っても、仰々しいものではなく、日ごろの高校生の生活を簡単に紹介する程度の記事なので、自分の母校がちょうどいいと思って、先生に久しぶりに連絡を取れば、それは構わないということだったので、やってきたのだった、留美子の在学中も結構オープンな校風だったので、しかも卒業生ということおあり断られることもないと思っていたので、そこは安心だった。
カウンセラーをしている同級生を見ると、頼もしいと思うのだろうが、留美子は三角を見る限り、そんなに頼もしく見えるわけではなかった。
高校時代に行方不明になったという経緯もあってか、それは先生も、
「まあ、しょうがないとして、次からは気を付けておかないとな」
と大目に見てくれたにも関わらず、彼本人には、あまり感動のようなものがなかった。
そんな彼を見ていて、クラス委員である三角は、自分がクラス委員である意義に少し不審を抱いていたのかも知れない。
――誰だっていいんじゃないか?
という思い、それを打ち明ける人もおらず、過ごしていた高校時代。
この話は、彼が唯一気持ちを打ち明けるとすれば、この人しかいないというべき、彼の幼馴染の女の子からの情報だった。信憑性はあったに違いない。
そんな三角は、高校時代と雰囲気はまったく変わっていなかった。
――相変わらずだわ――
と感じたが、そこからは、昔の彼ではなかった。
「ひょっとして、安斎留美子さん? いやぁ、見違えちゃったよ。綺麗になって」
と、普通の人から言われれば、お世辞を言われても、適当に受け流すのだが、まさか彼の口からお世辞が出てくるなど、想像もしていなかったので、ビックリして唖然となった。
「いえ、そんな」
と、思わず恐縮してしまい、身体を小さくした留美子だったが、留美子がそんな態度を取るなど今まででは自分でも考えられないことだったので、三角に対してというよりも、そんな態度を取った自分にビックリさせられた。
実際の取材というインタビューは一時間もなかっただろうか。
「今日、これから時間があるなら、呑みにいかないか? 僕の行きつけのお店があるんだけど」
と言ってくれたので、
「ええ、そうね、再会を祝してということで」
と、すぐに決定した。
店に着いて、席に座ると、三角から言われたが、
「何でも聞いてくださいね」
というセリフも彼には似合わない、一体何を聞けばいいというのだろう。
「三角君はどうしてカウンセラーになろうと思ったの?」
と聞くと、
「理由は二つかな? 一つは修学旅行で一人行方不明になった生徒がいただろう? どうも離れて暮らしている母親に会いに行ったらしいんだけど、その時、母親に会うことを拒否されたらしいんだ。それでショックを感じてしまって、戻ってきた時には何も喋らない状態だったんだけど、僕はその時に何もできない自分が苛立ったんだ。理由の一つはそれだね」
「どうして、母親は会おうとしなかったのかしら?」
「ハッキリとは分からないけど、すでに母親はその時、新しい生活を初めてから、再婚を考えている人に出会ったらしいんだよ。その人への遠慮と、自分の前を向いているという意識を逆行させることに対しての葛藤があったんだろうな」
「なるほど、で、もう一つというのは?」
「あれは、一度学校に防犯講習に警察から来てくれたことがあっただろう?」
「ええ、覚えているわ」
と留美子はいうと、
「あの時からだったかな? 話の内容としては、そこまで僕がカウンセラーを目指すと
意識があったわけではないんだけど、最初は話の内容も無視していたのに、気付けばどこか引き込まれているのを感じたことが、今までにはなかった自分の気持ちを引き出してくれたような気がして、何か自分が変われそうな気がしたんだ」
と、彼はいった。
「それで、何かが変わったの?」
「変わったような気がしたんだけど、何がどう変わったのか自分でも分からない。それで大学に入ると、心理学の勉強をしてみようと思うようになったんだ」
「心理学って難しいでしょう?」
「うん、難しいけど、でも、勉強しているうちに、言葉としては難しいんだけど、実際には普段から考えていることを自分の中で復習しているように思えることで、それほど苦になることもなくなったんだ。確かに何とか現象だとか、何とか症候群などという言葉が限りなくあって、本を読むと簡単に理解できないことばかりなんだけど、でも、何かを専門で勉強するということは、どの学問であっても同じようなものなんじゃないかって思うんだ」