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正悪の生殺与奪

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 最近では、レコーダーも格安であるので、見忘れた番組は録画して、休みの日にでも見ればいい。二十年くらい前から増えだしてきた有料放送は、ある意味時代を先取りしたシステムに感じられた。
 いろいろなジャンルのファンを一度に満足させることができる画期的なアイデアであり、今までなかったのが不思議なくらいだ。
 もっとも、、製作した会社との放映権の問題など、諸問題が山積みだったというのは頷けるが、こうやって視聴者が一度に満足できる形で落とし込んだところはさすがだと言えるだろう。
 ただ、一つの懸念は、これだけテレビも便利になって要望も簡単に叶えられるようになると、次第にテレビに対して興味を失い、テレビ離れが起こってくるのではないかという考えもある。
 ネットの普及で活字離れが起こり、本が売れなくなったというような状況もあった。しかも、ネットというのは、どんどんいろいろな発信源が生まれて、進化しているように見えるが、果たしてそうなのだろうか? いいものが忘れ去られていき、どんどん便利で簡単ものだけが残っていくことに違和感はないのだろうか。
 ブログやインスタグラムのようなSNSと呼ばれるものの普及も、さまざまな社会問題を引き起こしているのも事実だ。しかし、今までにも新しいものが出てくれば、それに対しての問題がなかったわけではない。いかにそれを使いこなすかという自覚とモラルが、利用者に求められる時代なのだろう。
 そんな時代のことが書かれた特集をその日はたまたま事件もなく、久しぶりにゆっくりした中で、門倉刑事は刑事課の自分の机で読んでいた。
 その記事を書いた記者とは以前から知り合いだったので、その人の記事は雑誌が出ればチェックするようにしていた。その記者は女性で、彼女とはふとしたことで知り合い、今でも彼女とは友達として仲良くしていた。
「私、最近やっと自分の記事を雑誌に掲載できるようになったんですよ」
 と、その記事を書いている安斎留美子はそう言って喜んでいた。
 地元の短大を出て、二年前に就職した出版社は、主に地元のカルチャーを特集するような雑誌社で、その中でも彼女は過去の歴史をまとめたような記事を書きたいと、以前から話をしていた。
「よかったじゃないか。それも君がやりたいと言っていた過去の歴史をまとめたものなんだろう?」
「ええ、そうなんですよ」
 と彼女の声は弾んでいた。
 彼女のいう、
「歴史」
 というのは、学問上の歴史というわけではなく、何かをテーマにした出来事や社会性の歴史の話になるので、歴史というよりも、何かの、
「歩み」
 と言った方がいいだろう。
 今回の記事は、
「これまでの、テレビ、ネット事情」
 というテーマを与えられたようで、どこまでさかのぼるかにもよるのだが、留美子としては記事の分量から、バブル期を挟んでの過去約二十年を土台にまとめたようだ。
 ちょうど歴史的には、
「二十一世紀の歴史」
 がテーマになっているようで、門倉にとっても、十分に納得できる内容だった。
 彼女と知り合ったのは、まだセーラー服を着てポニーテールの可愛かった高校時代だった。
 それから短大を経て今までなので、五年くらいの付き合いであろうか。
 女の子の成長はめまぐるしいのので、短大に入学してすぐくらいの頃までは定期的に合っていたので、それほどどんどん大人っぽくなる彼女に対して、目のやり場に困るくらいだった。
 同じセーラー服を着ているのでも、一か月前に会った時に比べれば、明らかに綺麗になっている。
 最初は、
「可愛さ八、綺麗さ二くらいだったのに、一か月も経つと、可愛さ五、綺麗さ五になっている」
 というほどに思うほどだったが、目を逸らしたくなるのも無理はないカモ知れない。
「どうしたんですか? 門倉さん」
 と、急に何も言わずに留美子がそう言い出した。
 きっと、自分をまともに見ない門倉刑事に対して、抽象的な表現をしているのだろうが、それも分かっていて言っているので、どこか小悪魔的に見えるから、余計に視線を向けるのが恥ずかしかった。
「あっ、いや」
 とテレていると、
「門倉さん、テレると可愛くなるんですね」
 とさらに責めてくる。
 だが、門倉はそんな彼女を見ていて、
――よかった――
 と思うのだった。
 それにしても、こんなにあどけない表情を向けられると、さすがにドキッとするもので、さらに小悪魔的な態度は見ていると、無意識にしている感じがあった。それを感じると一抹の不安が襲ってくるような気持ちだったが、それも、彼女と出会った時のことを思い出すからだった。
 そもそも彼女と出会ったのは、ある日、門倉刑事が出かけたコンビニで中学生が万引きをしているのを見た時だ。自分がこの場で捕まえてもいいのだが、店の人が気付いているのであれば、店の人のやり方に従うのが筋だと思い、しばらく様子を見ていた。
 すると、その万引き犯は、自動ドアを出て店を出て少しすると、店のスタッフから声を掛けられた。
 門倉刑事は、それを遠めに見ていたのだが、
「お客さん、お支払いがまだのようですが?」
 という男性スタッフの表情を見て、門倉は、
――まずい――
 と、一瞬感じた。
 その男性スタッフの顔は、完全にしてやったりの表情で、上から目線のどや顔だったのだ。もし、この少年が精神的に病んだ状態での犯行だったのだとすれば、感情を逆なでするのも同じだったからだ。
――大丈夫なのか?
 と思って様子を見ていると、急にその男はおもむろにカバンの中に手を突っ込んでいた。
「やめろ」
 と言って、門倉刑事は陰から飛び出したが、その少年は、男を突き飛ばして、ちょうど何も知らずに店に入ろうとしている女の子の腕を引っ張り、
「近づくな」
 と言って、彼女の腰を羽交い絞めにしながら、首筋に取り出したナイフを向けた。
 その子はまだ高校生のようで、顔はみるみる恐怖に歪んでいくのが分かった。
 最初は何が起こったのか分からない様子で、その顔には恐怖はなかったが、さすがに首筋に向けられたナイフを見ると、さっと顔が青ざめていくのが分かった。
 その行動は電光石火だった。まるでコマ送りにしているかのように見える状況は、思い出すとスローモーションに感じられるくらいで、そんな状況というのは得てして、まったく無駄のない行動とは、まわりに時間を感じさせないもので、あっと思った時には、すでに遅かったのだ。
 無駄のない動きには隙もなく、それが相手を金縛りにかけるのかも知れない。
 犯人の目は完全に血走っている。下手に刺激をすれば、何をするか分からない。店員は完全に腰を抜かしてしまって、さっきの勢いはどこへやら、まったく情けない話だが、これも仕方もないことであろう。
 男は、彼女を吊れたまま、少しずつ後ろずさりを始めた。門倉刑事はジリジリと相手に近づいたが。それは相手が逃げるからで、決して自分から近づいたわけではない。
 こういう時に刺激は絶対にしてはいけないのだ。
 だからと言って、説得に応じるような目をしてはいない。
作品名:正悪の生殺与奪 作家名:森本晃次