正悪の生殺与奪
もちろん、この話は理論上のことで、交換殺人と同じレベルの完全犯罪だ、あまりにも常識というものを無視したものであり、探偵小説として書く分にはいいのかも知れないが、リアルではありえないだろう。
ただ、探偵小説というものが、
「トリックのほとんどはすでに表に出ていて、後はバリエーションの問題だとすれば、ここでトリックというのが、常識というものであり、バリエーションが完全犯罪の方法だとすれば、まだまだ完全犯罪というものを考える余地もあるのではないだろうか」
と言えるような気がしてきた。
もちろん、一人二役にての常識的に考えられる犯罪というのは、詐欺に限ったことではないだろう、だが例として考えるならば、一番もっともらしいのだ。
また心理学的に見る二重人格が、一人二役を応用していると考えるのもかなり乱暴ではないだろうか。
二重人格をミステリーで描いた作品というのを、あまり見たことがない。
鎌倉探偵は、二重人格を表に出した探偵小説は、どこかルール違反な感じを受けるのだった。
犯罪心理で快泳できないところがあったら、
「二重人格のどちらかの性格が彼に影響を及ぼし……」
などと言って、二重人格ということを理由に、犯罪心理を何でもありという風に結び付けてしまうのではないかと思えるのだった。
だが一人二役の場合は、ある意味逆な気がする。探偵小説における一人二役というのは、あくまでも一人の人間が作為を持って、二つの性格の人を演じ分けるというものだ。二重人格というものは逆に一人の人間の中に潜む人格は一つだと自分で思い込んでいたり、まわりにそうだと言い聞かせようという意識が働く、しかし、それは演じているわけではない。なり切ろうとしているのだ。
しかし、一人二役の場合は目的が先にあり、目的達成のために、二人の人を演じるのだ。だから、性格が二重である必要はない。どんな性格であっても、別々の人間だと思い込ませればいいのだ。だから、性格が違っていると思わせても、絶対に同じ人間であると思わせられないということだ。
だから、一人二役には、人の感情は左右されない。それだけに怖いものであり、人が見ても、自分の中でお、
「他人を欺いている」
ということなのだ。
しかも、この場合、欺かれいるということを最後まで分からせないことが必要である。
「騙された」
と相手が思っている間に、海外にでも逃亡しようかとしても、時効があるわけでもないので、それほど意味はない。(昔時効が決まっている場合でも、時効の十五年、すべて海外にいたからといって、海外で時効を迎えることはできない。なぜなら、犯罪の時効の機転は、海外に在住中は、時効の日にちにカウントされないのだ。
そういう意味で、
「人を欺くこと」
を殺人などで利用するというのは、あまり関心しない鎌倉探偵であった。。
探偵小説における「一人二役」をトリックと下小説を最近まだ読み返してみた。
――詐欺と一緒に作れば、いいトリックの一つになるんだろうな――
と、門倉は思った。
さらに、考えは他のトリックとの組み合わせについて膨らんでいった。
「交換殺人の場合、キーになるのは、まずはアリバイですよね。一番動機がしっかりしていて利害関係の深い人に完璧なアリバイがあるというのが、この犯罪の特徴ですからね」
と門倉が言うと、
「そうなんだよ。だから、この犯罪には絶対に、同じタイミングはありえないんだよね。同時に相手を交換して殺人をしても、アリバイがないといけない瞬間に、絶対にアリバイはないわけだからね。あるとすれば、距離的な問題しかありえないわけで、どこにいたという証明はできないよ」
「だから、どちらかが先に半税を実行するわけで、実行してしまった瞬間、二人の間に崩すことのできない立場関係ができあがって、一人は完全な勝者となり、かたや相手は完全な敗者になってしまうわけだ」
「でもそれを分かっていても、どうしてもやりたい場合は、二人が同じ時間に犯行を犯しても、アリバイが証明されなければいけないということになりますよね。それであれば、この犯罪ほど、今の時代に合っているかお知れませんよ」
と、門倉は何かを感じたようだった。
そこで、今までであれば、絶対にありえないと言っていた交換殺人も、思いついたやり方とすればできるのではないかと思うのだった。
「門倉君、どういうことなのかな?」
鎌倉氏もニコニコしていたが、ひょっとすると、この表情を見ると、鎌倉探偵の方が先に気付いていたのかも知れない。
それでも、いつも自分が手柄を持って行っていると思っていた鎌倉探偵は、この時くらいは、門倉に花を持たせようと考えたのではないだろうか。
「要するに、同じ時間に犯行を犯す場合、それぞれの犯行現場は遠ければ遠いほどいいんですよ。例えば東京と大阪みたいにですね。いくら同じ時間に交換相手を殺したと言いながら、殺す相手は自分にまったく利害のない人間ですよね。その自分が、逆にそこにいたんだと思わせればいいんですよ、自分に利害のある人が東京で殺されていたけど、その時間、自分がまったく利害のない人を大阪で殺した場合。子と下ということさえ分からなければ、大阪にいたことが証明されることで、アリバイ成立です。つまり、今だったら、犯行現場以外の防犯カメラに映りそうなところを徹底的に行けばいいんですよ。例えば、銀行のキャッシュコーナーだったり、コンビニとか、必ず防犯カメラのあるところにですね」
「なるほど、防犯カメラの映像というのを逆手に取るわけだ」
「そうです、その通りです。だから大阪にいるという証明には、防犯カメラがいたるところにある今の方が、戦前や戦後のような時代よりも、アリバイ工作という意味では、現在の方がやりやすいんですよね」
「うん、確かにその通りだね」
と、鎌倉探偵も納得していたが、それほどの大きな感動はなかった。
門倉刑事も我に返り、まるで世紀の大発見をしたという意識を少し恥ずかしく感じていた。
「でも、考えてみれば、それ以前のいくつもの偶然を解決しないと、成り立たない犯罪ではありますね」
「自分と同じような立場の人間を探してきたり、その人が自分とはまったく利害関係のない人に死んでもらいたい、それは相手にも言えることという人を探し出すのは、下手をすると、砂漠で金を探すようなものだよね」
「でも、それを見つけてくるんだから、なるほど、小説というのは、本当にすごいと思います。読者によっては、小説のあらばかりを探している人もいるようなので、小説の世界でも、交換殺人というのは、結構難しい分野なんでしょうね」
「それはそうだよ。正直、小説でもあまりないような気がする。でも、昼間の二時間サスペンスなどでは時々あるよね。どういうものなのか、もう一度じっくり見てみたい気がしてくるよ」
かなり強引な設定にしないと難しいだろう。
犯人同士が知り合うという謎解きのシーンで、いかにスルリとそのあたりをごまかすか、それが大きな問題なのではないだろうか。