正悪の生殺与奪
「そうかも知れないですね、理数系に進んでいたかも? でも、それでも警察関係の仕事はしていたような気がします。鑑識とか科学捜査などの分野にいたかもですよ?」
「そうだね。門倉君ならそうかも知れない。むしろ、鑑識で活躍している門倉君を見てみたい気もするな」
と言われて、本当はその前でこの話を終わりたいと思っていたところを鎌倉氏は引っ張ってきた。
「それにしても、出題者と回答者は本当にすごい気がする。犯罪捜査だったり、探偵小説などの発想で考えれば、『一人二役トリック』を思い浮かべたりしますよね」
「そうだね、それ以外には、自作自演なんてのもありえる発想ではないかな? また考え方によっては、叙述トリックとして賛否両論ある、探偵が犯人だったなどという結末を書いた作品だね」
「まあ、実際の犯罪ではありえないことなんでしょうが。もしあるとすれば、鎌倉さんも容疑者の一人になっちゃうじゃないですか」
「ははは、それもそうだね。事件発生前から関わっている犯罪であれば、それもあり得ることかも知れないね。でも、その禁を犯して、探偵が犯人だったなどという結末を書いている探偵小説家も実際にはいるんだよ。それがあるから、物議をかもしているんだろうけどね」
「でも、一人二役のトリックというのは、他の代表的なトリックとは違っていることが多いんはないですか? 例えば死体損壊トリックであったり、密室のトリックなどとはですね」
ほう、どういう意味だい?」
鎌倉氏は、ニコッとしながら聞いた。
「一人二役のトリックというのは、他の二つと比べての一番の違いは、最初から分かっていてはいけないトリックということです。死体損壊や密室などは、最初から見えていることですよね。でも、一人二役というのは、そうだと分かった瞬間に、そこでトリックは解けてしまったことになり、犯人のおのずと分かってくることになる。だから、一人二役だと、話の途中では絶対に分かってしまってはいけないんですよ」
と、門倉は勝ち誇ったように興奮して語ったが、考えてみれば、これは釈迦に説法とでも言おうか、小説家に対して、探偵小説のトリック談義を熱く語っても、そんなことは鎌倉氏には分かっていることに違いないのだ。
だが、決して自慢しているわけではない鎌倉探偵は、ニコニコしながら聞いていた。顔が、
「そんなことは分かり切っていることさ」
と言っているように思えるのだが、それでも嫌な気がしないのは、それだけ笑顔に屈託がないからなのかも知れない。
門倉刑事は今までに一人二役の小説を実際には読んだことはなかった。
「鎌倉さん、実は僕は今までに一人二役トリックって実際に読んだことはないんですが、どんな感じになるんですかね?」
と聞くと、
「そうだね。あまり殺人事件の中での一人二役というのは、あまりないかも知れない。むしろ、一人二役だけではなく、死体損壊トリックと一緒になっていることが多いような気がするんだ。死体損壊トリックというのは、いわゆる『顔のない死体のトリック』と言われるもので、公式として、犯人と被害者が入れ替わっているというパターンが多いんだけど、そこに一人二役が絡むと、犯人が絶対に捕まらないという完全犯罪に近づくことになるように思うんだけど、実際には、このトリックで完全犯罪を匂わせるものは、いまだ見たことはないな」
という鎌倉氏の話だった。
「そうなんですね。それでも、一人二役ということが分かってしまうと、トリックはほとんど解明されたようなものだというのは、同じなんでしょうけどね」
「それはそうさ。ただ、そうなると、共犯者というものを必要としそうな気がするんだ。一人二役をするには、誰かが、元々の自分の役をしなければいけない時が必ず出てくる。そう思えば、共犯者を持つことで、犯罪の露呈の可能性が増えるのではないだろうか?」
という意見を聞いて、まさにその通りだと頭を下げるばかりの門倉刑事だった。
一人二役という発想もできるくらいの、出題者と回答者が同じだという発想は、こののちの物語の展開上、重要になってくることだけは言っておくことにしよう。
抱き合わせ犯罪
どうしても鎌倉氏とは探偵談義になってしまうのは、ほぼしょうがないと思っている門倉であったが、そのほとんどでいつも目からウロコを落とされるような展開に、新しい発見ができて嬉しいという気持ちと、いつもいつもやられてばかりの自分が情けないと思う気持ちが交互にあり、門倉は複雑な気持ちになっていた。
今回のような一人二役のトリックなどは、どちらかというと、トリックとしてはマイナーな気がしていただけに、ほぼ意識はなかった。実際に犯罪捜査の中で、一人二役などという考えが浮かんできたこともなければ、起こったこともなかった。
「ところで、探偵小説の中で、トリックとしてはありえるけど、実際に難しい犯罪というのもあると思うんだけど、君は何だと思う?」
と、急に鎌倉氏が聞いてきた。
「どうなんでしょう? ピンとこないですね」
というと、
「以前、一度君との探偵小説談義でしたことがあったような気がしたんだけどね」
と言われて、一つ頭をもたげたものを口にしてみた。
「交換殺人ですか?」
と、違うかも知れないと思いながらも口にしてみたが、
「そうだよ。その交換殺人さ」
「確かあの時は、交換殺人というのは、リスクが高すぎて、実際の犯罪にはそぐわないという話だったのではないかと思います」
「交換殺人というのは、必ず相手がいるわけだよね。しかもここが微妙なんだけど、純粋な共犯ではないじゃないか。つまりは犯人が二人いて、目的が一つというわけではない。それぞれ個別な犯罪で、まったく接点のない二人が犯罪を交換すればどうなるかということだよね?」
「ええ」
「メリットとデメリットのそれぞれが存在するのはどんな犯罪にもあることなんだけど、デメリットの方が明らかに大きいんですよね。それでもするというのは、メリットに本当の意味でのメリットを見出しているからなんじゃないでしょうか? そのメリットというのは何かというと、『それぞれの実行犯が、被害者とまったく接点がない』ということなんですよね。これは一人二役と同じで、交換殺人だと分かった時点で、謎解きが終わったのと同じですよね。要するに、一人二役も交換殺人も、犯人側からすれば、絶対にバレてはいけないこととして死守しなければいけない。でも逆に言えば、それさえ見つからなければ、あとのことは少々ずさんでも発覚しないよね」
「なるほど、でも一つのことに集中しすぎると却ってぎこちなくなって発覚しやすいんじゃないでしょうか?」
「そうなんだよね。それも発覚しやすいことに繋がるかも知れないね。少しでも穴が開くと、それが次第に伝線していって、あっという間に骨だけになってしまうような気もするからね。交換殺人の場合はデメリットが大きいから、見つかる可能性は果てしなく大きくなる」
「デメリットか」
と門倉は呟いた。