詐称の結末
そんな佐久間先生であったが、俊六は先生の作品には敬意を表していた。
前述のように先生のプライバシーに関しては俊六はほとんど何も知らない。少し変わったところもあったが、それはあくまでも、芸術家が表面上見せている
「変質的な部分」
というだけであって、本当の裏の部分は分からない。
実際に先生の書く小説を読んでいれば、
「そんなに風変わりな生活を、普段からしているんだろう?」
という思いを抱かせるに十分であったわりに、さほどでもなかったということで、俊六は正直、脱力感に見舞われたほどであった。
佐久間先生は、小説を書いている時は、自室にこもって書いている。編集者の人が応接間で待っていることはあっても、他の小説家に見られるような原稿が締め切りに間に合わないということは、ほとんどなかった。
そういう意味で編集者の仲間内でも、
「お前、佐久間先生の担当なんだってな。本当に羨ましいよ。ほとんど先生は遅れたことがないというじゃないか」
と言われて、苦笑いする編集者がイメージされた。
「佐久間先生は、完全に自室にこもって執筆されているので、僕たちもどんな雰囲気で執筆しているか見たことがないんだ。だからと言って、先生が日いつ主義者というわけでもない。人と関わりたくないという意識を持っているのは、きっと仕事とプライバシーをなかなか切り離すことができない性格だということなんじゃないかって、俺は考えているんだ」
と、一人の出版社の人は言っていた。
「でも、ほとんど遅れたことがないというのもすごいよ。俺たちなんか、逃げられないように見張っているようなものだからな。ところで先生から作品について相談を受けたりするかい?」
「いや、俺はないな」
と佐久間先生の担当はいう。
「俺は結構あるんだけど、それもすごいと思うな」
というと、
「先生にはアシスタントがいるので、その人に相談がある時はしているようだよ」
彼がいうアシスタントというのは、もちろん、俊六のことである。
そんな佐久間先生であったが、やはり佐久間先生は他の先生よりも普通ではなかったという。
「佐久間先生には謎の部分が多いですよね」
「確かに言える。三十三歳で新人賞を取ってからの先生のことはよく分かっているが、それ以前のことはあまり知られていない」
「まあ、そこが先生の作風とも重なって、面白いところでもあるんですけどね。そもそもが先生の作品は曖昧なものが多いですけどね」
「そうなんだよね。先生の作品は、平凡な人間がある時、不思議な世界に迷い込んだり、逆に不思議な世界の人がある時、こちらの世界にやってきたりするものがほとんどじゃないか」
「でも、それって、いわゆるオカルト系では普通のストーリー展開なんじゃないか?」
「いやいや、佐久間先生の作品は、そう思わせておいて、さらに曖昧さを深めることで、微妙な部分を大きな謎にしてしまうという魅力があるんだよ。だから同じようなストーリー展開なんだけど、まったく違うジャンルに見えるものもあったりして、不思議なところなんだ」
「そんなものなのかね」
「ああ、そうなんだ、もっとぶっちゃけ言えば、不思議な世界を描いているけど、本当に現実世界で起こったとしても、不思議ではないような書き方なんだよ。それでいて冷静に読むと、ありえないことなんだけどね」
彼のこの表現が、実は佐久間光映という作家の作品を、叙実に表していると言ってもいいだろう。
「面白い話だな。俺はまだ佐久間先生の作品を読んだことがなかったので、読んでみることにしよう」
この出版社が取り扱っている作品は、ミステリー、sf、ホラーと、大衆文学中心である。
そういう意味で佐久間光映の作品などは一番の好物と言えるだろう。しかし、前述のように出版業界は、今ではほとんど活字化される本は少ない。活字化されても、本屋で並んでいる本は、本当に売れ行きのいい本であったり、有名作家であっても、代表作他数冊くらいしか並んでいないという状況だ。佐久間先生は新人賞を取ってからでも、意欲的に作品を発表し、本を出してきたが、それでも本屋に並んでいる作品は数冊しかなく、本の表紙の裏にある、その出版社から発行されている作品一覧には結構あるのにである。それが出版業界の現状であるというのは、実に寂しいものであろう。
そんな佐久間先生の死というのは、ある意味小説家の間でもセンセーショナルに受け止められた。
彼のように締め切りに追われることもなく、どちらかというと順風満帆な執筆生活を送っているかのように見えた人が、実際には、神経内科に通うほどの精神的なストレスを抱えていて、常時睡眠薬を服用していて、それを誤飲、いわゆる分量を間違えたことにより死に至ったということは、大きな問題だった。
これは出版社だけではなく、今も細々と作家生活をしている人には驚きだったに違いない・
佐久間先生が亡くなってから、そのことについて受けたインタビューで他の作家たちの意見としては、
「いや、これはショックです。佐久間先生の作品は私も好きでしたからね。何よりもあの発想は素晴らしく、一体どんな風にあんな発想を絞り出しているんだろうと思っていると、締め切りに遅れたことがないほど、優秀だというではないですか。そんなに簡単なものなのかと思っていると、亡くなってから明らかになった先生が実際に苦しんでいたという事実は、本当にビックリさせられました。むしろ、最初からそっちが分かっていれば、ビックリなどまったくなかったんですけどね。つまりは二度ビックリさせられたというわけですよ」
と、答えていたのが、雑誌に掲載されていた。
この意見は他の作家にも同じものだったようで、特にオカルト系の作家にとっては、結構同じようなことを思っている人が多いようだ。
さて、話は戻ってきて。佐久間先生の死後、訪れてきた弁護士によって、先生の遺言が城主の坂蓋俊六に託されたものがあったと聞いて、ビックリするやら嬉しいやらの俊六だった。
遺言書の内容は弁護士と一緒に開封され、いくつかあった内容の中で一番大きな問題になり、さらに、すぐに解決を求められそうなものとしては、
「私の未発表の作品の発表に関しては、そのすべての権利を坂上俊六に託す。そしてその収益に関しても、坂上俊六に帰属するんものとする」
と書かれていた。
「これは完全に遺産分与に近いののですね」
と弁護士は言って、
「こんなことって普通なんですか?」
と俊六が弁護士に聞くと、
「いやいや、普通はこんなことはありませんよ。著作権だけは動かすことはできないので、佐久間先生のものだから、当然出版するにあたっての作者名は佐久間先生になり、亡くなってからの隠れていた作品として世に出されることになるんでしょうが、その印税は坂上さんに入ってくるということですね。売れる売れないはこれからですが、これこそ遺産分与に預かるようなものですよ。素晴らしいことだと思うし、他ではこんなことはないですね。そもそも、作家先生が脂ののっているそんな時期に遺言書を作成しておくなどないことですからね」
と言われた。