詐称の結末
「私が先ほど指摘したように、あなたの作品と佐久間先生の生前の作品では酷似した部分がある。作風やトリック、物語の進め方などは敢えて変えているのでしょうが、専門家が見れば一目瞭然であるような書き方ですね。つまり予言的な小説を書かれていること。これはあなたが、詐欺を行うだけの頭脳を持っていることが起因しているのかも知れませんね。私も詐欺を行う人が実際に小説を書くとどのような作品が出来上がるのかなどということは考えたことがありませんからね。でも、あなたの手法と、先生の生前の作品には明らかな共通点があり、それを高杉氏が酷評している。しかしなぜかあなたの作品に関してはかなり寛容的な評価なんですよね。専門家でしか分からないことなのかも知れないですが、明らかに矛盾がある。そこを私は不思議に感じたんですよ。さらに、先生があなたに遺言を残したというのも、面白いと思いました。先生がどうしてあなたの作品を自分の名前で生前世に送り出していたのかということまでは分かりません。ただ、私などから見ると考えられないことです。小説家というプライドの高い連中ばかりがまわりにいると、プライドという感覚がマヒしてくるのか、それとも決定的に自分の作品い嫌悪があったのか、とにかく、先生はあなたの作品を世に送り出すことにしました。これは別に犯罪ではないです。先生が許可して、あなたが承知したのですからね。でも、出版業界、ひいては文芸社会においては、大いなる裏切り行為で、犯罪に値するものなのでしょう。さすがの先生も最後は自分の作品を世に出したいと思った。自分の死期が近づいているのが分かったからなんでしょうね。そこで、自分の今までの半生を思い起こすと、どれほどとんでもないことをしてきたのかを初めて後悔した。あなたに対して悪いと思っていたのかも知れない。だからこそ、今まで自分の名前で書いてきて、世に出すことのできなかった本当の自分の作品をあなたに委ねたのです。あなたが判断したことであれば、それに従うという気持ちだったのでしょうね。これで先生の作品と、あなたの作品が両輪として文壇に発表された。これが本当のあるべき姿だったわけです。先生はあなたに自分の作品を世に出すことを選択してもらえて、きっと草葉の陰で喜んでいることでしょう。これがあなたにとっての初めての師匠への報いにあたりますからね」
そこまで言われて、俊六はさぞや震えが起こっているだろうと、読者諸君は感じていることだろう、
しかし、俊六にはそんな感覚はなかった。自分のしたことを冷静に思い返しているのか、もう何も逆らう気持ちは失せてしまったのだろうか。何も言わなくなっていた。
鎌倉探偵は続ける。
「先生は耽美主義的な作品、そしてげ寧文学との融合を夢見ていた。そして、君にはその素質があるんじゃないかと思っていたんだ。しかし君はどうしても理論的な発想に走ってしまい、予言小説などと言われて、少し図に乗っていたんじゃないかな? それを戒めたのが高杉氏であり、君は彼の攻撃を、彼が先生の作品を自分の作品だということを看破して、わざと自分に情劇をしているのではないかと思った。きっとそれを主犯にも話したんだろうね。そこで主犯は犯行がバレるのを恐れて、あんなことをした。君であれば、詐欺事件はすでに時効が成立しているのも分かっているし、先生への罪の呵責から、失うものは何もないと思っていただろうから、それほそ気にはならなかっただろう。なるようになれというくらいに思っていたんじゃないか? しかし主犯はそうはいかなかった。自分の将来や、捕まったことのことを恐れて、それで犯行に及んだんだ。もし、佐久間氏の作品を坂上君が書いていたことが分かっているのであれば、高杉を殺す時に、佐久間先生の遺作と似せることで、犯罪を君にかぶせようとでも思ったのかも知れない。佐久間先生の遺作について、あれが本当の佐久間先生の作品であるということを君は主犯に話をしていないだろうからね」
「どうして分かるんですか?」
「それは君がすでに罪の呵責に苛まれていたことが分かるからだよ。そんな君が詐欺での主犯の男に、わざわざ報告をしたりすることはないだろうからね」
「なるほど」
と言って、俊六はかしこまった。
「スズランの毒を使うというのは、確かに誰にでも手に入れられるという意味では理由としては成り立つかも知れないが、主犯が考えていることとすれば、少しそれだけでは薄い気がする。やはり、先生の作品に似せることで君に罪を着せようという気持ちがあったのも事実だろう。主犯が本当に頭がよかったのかどうか疑わしいところであるが、少なくともあなたよりは、犯罪に対して悪知恵という意味で頭がよかったと言えるのではないだろうか」
「なろほど、恐れ入りますね」
と俊六はまたしてもかしこまった。
「そんなにかしこまることはありません。あなたは主犯ではないんですから。今回の事件はきっと何かのはずみに高杉氏があの時の詐欺の相手を主犯のその人だと知ったことからなんでしょうね。主犯からしてみれば、少しでも疑われれば自分の身が危なくなることはわかっていましたからね。だからあなたという共犯を作ったんです。主犯からしてみれば、あなたを利用することは一石二鳥だったんです。一つはあなたの頭脳を利用すること、そしてもう一つはあなたを隠れ蓑にして、自分の存在を相手に知らせないようにするためですね」
「じゃあ、犯人は彼に近しい人物だと?」
「その通りです、いつも目の前にいて、その存在はいつも認識されえているが、それを相手に意識させることがないようにすること。まるで保護色のように一つの媒体を介してでしか自分の悪の部分は見えないようにしておくこと、その媒体があなたという存在だったわけです」
「何もかもご存じなわけですね」
「この事件を複雑にしかかったのは、やはり佐久間先生の作品をあなたが代筆していたということでしょう。ゴーストライターと言っていいのかどうか分かりませんが、そんな存在自体が私は罪の権化だと思っています」
それから少しして、その日のうちではあったが、主犯が逮捕された。
主犯は大久保氏だったのだ。
彼は高杉氏の財産と名誉に嫉妬していた。そしてちょうど知り合った俊六を利用しようと思い立った、
俊六の目論見として甘く見ていたのは、大久保という男が思い込んだら信じられないようなしh殻を発揮するということであった。だが、彼は逮捕されてからというもの、それまでの紳士的な態度はまったく消えてしまっていて、取り調べでもまるで子供のように泣きわめいたり、いきなり笑い出したりしているという。犯罪者としての頭脳はどこに行ってしまったのかと思うほどだが、それこそが彼の正体であり、そんな彼だけらこそ起こした犯罪だったのかも知れない。
「要するにどんなに頭が良くても、最後の詰めが甘ければ、どうにもならないということだよ」
と鎌倉探偵は言った。
「だがね、君が今までにしてきたことが確かに罪に問われることはない。大久保氏が捕まって、まるで子供のような往生際の悪さは、目を見張るものだろう。だからと言って、君が擁護されることは決してない。それは君も自分の中で分かっているはずだよな」