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詐称の結末

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 どちらも完全な説得力はなかったが、信憑性としてはそれなりにあった。犯人が捕まっていればまだそれなりに救いもあったのだろうが、結局破産損だったというだけである。相当な精神的ショックはあっただろうが、一から大学教授としてやり直せたことは、気が弱いとは言われながらも、その中に不屈な精神力が隠れていたのかも知れないと、彼を知っている人間で、彼を悪く言う人はいないというくらいになっていた。
 だか、今回彼が毒で死んだと聞いた時、ほとんどの人は、
「自殺ではないのか?」
 と思ったというが、それも無理もないことだっただろう。
 考えてみれば、高杉氏がまるで親の仇のように佐久間先生の作品を批判したのも、
「自分の仕事に忠実で、真面目な性格だったことが災いしている」
 と言えるのではないだろうか。
 そうやって考え直してみると、高杉氏という男性の性格がだんだんと見えてくる気がした。
 そう思うと、背筋にゾッとするものを感じた俊六は、それまで感じたことのなかった後ろめたさを急に感じるようになった。
「なんだ、この思いは」
 今まで、俊六は自分に後ろめたさのようなことを感じないことが、自分のいいところだと思っていた。
 後ろめたさというのにもいくつか種類があり、
「やってしまったことで、もうどうにもならないということをいまさら後悔などしても仕方がない」
 という感情である。
 それがひどいことであればあるほど、余計に過去を断ち切って前を見ること、それしかないと思わせた。
 もちろん、反省がなければ成り立たないことだが、この反省は後ろめたさとは別次元の問題として考えていた。
 したがって。俊六は、
「自分のしたことを棚に上げて」
 という言葉に対して、完全にマヒしていたのである。
 彼にはいくつかの
「取り返しのつかないこと」
 があった。
 一つの大きな取り返しのつかないことをしてしまうと、それ以降は感覚がマヒしてしまい、少々のことには何も感じなくなる、そんな性格だった。俊六の性格的なことまでは捜査で分かるわけもないが、何をやったのかということくらいは、日本の警察力では、それほど捜査に困難と要することはなかった。
 ただ、そのすべてがすでに過去になってしまって、立証ができないということであった。何かの犯罪を犯していたとしても、それはすでに時効になっていたり、責任を問うことができるほどの証拠は残っていないのだ。
 門倉刑事の捜査によって、すでに鎌倉探偵に話は伝わっているので、後はいかに彼の良心に訴えるかということだ。
 ただ一つ言えることは、今までの悪行が今回の殺人を引き起こしたということになるのであろうが、彼が犯人というわけではないようだった。
「坂上さん、そろそろあなたはご自分がなさったことを一度振り返って反省する時期がやってきたのではないでしょうか?」
「それはどういうことですか?」
「今度の殺人事件において、私はあなたが犯人だとは思っていませんが、その元々を築いたのはあなたのこれまでの所業だと思っています。一度後ろめたいことをして、それが表に出なかった人というのは、抑えが利かなくなってしまったりしますからね、感覚が鈍ってしまうというべきか、学者によっては、感情が死滅するとまで言っている人もいるくらいです」
 と鎌倉探偵に言われて、それでも微動だにしない様子は、
――本当に気が弱いのか?
 と思わせるが、こういう男こそ、ある程度のところに結界を置いていて、その結界を揺さぶられでもすれば、意外と脆いものではないだろうかと、鎌倉探偵は思っている。
 鎌倉探偵は小説家から探偵になってから、心理学的な勉強もかなりしてきているので、そのあたりの理屈は分かっているつもりだ。そして今までの事件解決において、心理学の証明していた内容が、ことごとく当たっていることを、犯人や事件関係者を見ながら、嫌というほど味わってきていたのだ。
 特に学者であったり、小説家という人種には、ただならぬ雰囲気が隠されているような感じがしていて、いつもながらに人間というものの、エゴや嫉妬、さらに恨みというものに対して大きな憤りを感じさせられるのだった。
 特に今回の事件は、小説のジャンルというか、作風に対しての見えているものと、隠れているものの間で錯綜しているのを感じるだけに、余計にやり切れない気持ちにもなっていた。
 予言小説と言われるもの。幻想文学であったり、耽美主義的な考え方であったり、見えている殺人事件の裏にどんなものが潜んでいるかということを考えただけで、恐ろしく感じるのであった。
「鎌倉さんはどうも最初から僕を試すような口調が多いと思っていましたが、あなたはどこまでご存じなのですか?」
 とさすが実直なだけに、ストレートに聞いた。
 だが、それは気の弱さを反映しているものであり、決して褒められたものではない。
「アロ程度のことは分かっているつもりだよ。でも確証があるわけではないので、あなたに自白を願いたいということですね。ただ、ご心配にはいりません。あなたが行ってきたことのほとんど、この事件に関して核心に近い部分に関しては皆時効が成立していますので、それだけは言っておきますね」
「一体今回の事件で私がどんな時効を必要とするものがあったというのですか?」
 というと、
「一つは詐欺事件です。これに関してはあなたが主犯ではなく、もう一人の人が主犯です。しかしあなたのその頭脳が詐欺として使われたことは事実ですし、あなたが故意に協力したということも分かっています。だから主犯ではないと言えども、許されることではありあせん。子供の苛めで、苛めを見てみぬふりをする人が一番悪いと言われることがありますが、似たようなものだと思います。つまり、被害者にとっては、犯人が主犯であろうが、共犯であろうが関係ないんです。あなたが関与さえしなければ、被害者が出ることもなければ、社会問題になることもなかった。あなたは自分の知らないところで、限りなくたくさんの人を恐怖に陥れたようなものです。これは決して許されることではありません。時効が成立していようがしていまいが関係のないことです」
 鎌倉探偵の言っていることは至極当然のことである。
 言われるべくして言われたことであり、どんなに反省しても十分ではない。そのことを今の俊六が分かっているかどうか、実に疑問だった。
「それにしても、よく高杉氏のような頭の回転が早い人を騙せたと思います。しかも、彼が頭がいいということを分かっていて、敢えて彼をターゲットにしたのですから、あなたは彼に対してはかなりの自信があったのでしょうね。きっと彼とはある意味で波長が合うようなところがあったのでしょう。だからこそ、彼なら大丈夫という自信があったのでしょうが、私は彼がまさか自分を騙して天国から地獄に叩き落した人が近くにいるなど、思ってもいなかったでしょう。さらにあなたが犯したもう一つの罪ですが、これは罪というよりも、詐称に近いものではないでしょうか。それは、佐久間先生との間の作家と弟子としての契約以外に交わされた作品に関しての密約です」
「どういうことでしょう?」
作品名:詐称の結末 作家名:森本晃次