詐称の結末
「根拠なんかありませんよ。ただ思ったことを言っているだけです。ご立腹されているようですが、そのご立腹は何を根拠にされているんですか?それと同じことですよ」
今日の鎌倉氏は、どうもおかしい。知り合いからの紹介で依頼者としてきている人間を怒らせるなど、普通では考えられないことだった。
――大久保さんはよくもこんな失礼なやつを俺に紹介したものだな――
と俊六の怒りの矛先は、大久保氏に向かっていた。
元々俊六は大久保氏とは仲がいいわけではなかった。先生が反目していた高杉氏へのけん制の意味で、大久保氏に近づいたことはあったが、お互いに近づくことへの信憑性がないことに結構早く気付いたことで、仲良くなるきっかけを失ったのだ。
一度近づこうとして、結局近づくことのできなかった相手とは、基本的にそれ以降近づくことは難しい。ほとんど不可能と言ってもいい。
――これも微レ存のようなものだな――
と、考えたかどうか、不思議ではあった。
耽美と幻想
鎌倉氏は、佐久間氏の遺作を、
「幻想的で猟奇的、そして耽美主義だ」
と言った。
俊六は、本当は自分が書きたいジャンルの作品だった。売れる売れないさえ考えなければ、
「そればかり書いていれば楽しいだろうな」
と思っていた。
しかし、彼にはそれを許さない『事情』というものがあったのだ。その事情というものがどういうものだったのか、他に知っている人は誰もいない。いや正確にはいるのだが、いや、いたというべきであろうか。俊六は今自分が何をやっているのか分からなくなっている。
そんな状態を知らないからだろうか、今日の鎌倉氏は異常に挑発的である。こんな言い方を普段からする人では決してない。普段から落ち着いていて、警察連中ですら、啓蒙しているほどの人格者なのだ。
それだけに、今日の行動、言動には何か意味があると思えてならないだろう。
「佐久間先生の作品、私は本当に好きです。でも、本当は遺作の方が好きなんですよね」
というと、もう俊六の頭の中は沸騰しまくっていた。
「あの作品のどこがいいと言われるんですか? 猟奇的で、羞恥に満ちていて、変態趣味のエログロナンセンスとはまさにあんな小説のことをいうんじゃないですか」
と、自分の師匠であった人をいくら亡くなって何年も経つとはいえ、ここまで罵倒するというのはありえることではない。
逆に亡くなった人を悪くいうというのが、常軌を逸しているようで、おかしな状況を作り出していた。
「だって、すごいじゃないですか。私も本当はエログロ系の小説を書きたかったんですよ。でもできなかった。描写があまりにもリアルになると、発表できなくなるし、使えないお言葉も結構ある。その中でいかに読者に想像力を豊かにさせて、想像力で言葉を補うか、それが問題なんですよ」
と、鎌倉氏は話す。
さらに黙っている俊六を後目に、鎌倉氏は話した。
「あなたを紹介してくれた大久保さんも言っていましたけど、高杉さんは、先生の生前の作品を酷評してはいたけど、遺作に関しては酷評することはなかったと言っていましたよ。それを聞いて私は、高杉という人は、予言というものを小説に組み込んだことに怒りのようなものがあり、幻想的で猟奇的で耽美主義な作品には尊敬の念を抱いていたのだとですね」
まだ俊六は震えている。
「どうしたんですか? 別にあなたのことを罵倒しているわけではないんですよ。佐久間先生の作品が、生前と遺作と呼ばれているものとで、ここまで違うというのは、何かあるんじゃないかと思って言っているんです。もし何かあるのであれば、それを知っているのは、いつもそばにいた弟子のあなたしかいないということですね」
俊六は、またしても、打ちひしがれた気がした。
確かに鎌倉氏の言っていることは間違ってもおらず、理路尊前としている。知らない人が見れば、俊六がご乱心でもしたのではないかと思う二違いない。
だが、
――違うんだ――
と俊六は自らに問うていた。
その気持ちが乗り移ったのか、今にも泣きそうになっているその顔に向かって、鎌倉氏は容赦をしない。
「今度の殺人事件に関していえば、その中に何か耽美的なものを感じるんですよ。ただ、本当に耽美を見せびらかそうとしてはいるけど、それは自分を鼓舞しようというものではない。どちらかというと、耽美というものが、いかにつまらないものなのかということを逆に世間に訴えているような気がして仕方がないんです。これも私の勝手な想像なんですが、そのせいもあってか、どうしても自分の理論がまとまらない。だから、佐久間先生の弟子であるあなたにお訪ねしているんです。それをあなたはまるで私が一方的に攻撃しているかのように、完全に自分の殻に閉じこもって、隠れてしまった。その氷を解かすにはどうすればいいかと考えているところです」
あくまでも鎌倉探偵は、この話は自分の考えをまとめたいからだと言ってくる。
それを聞いてもさすがにまだ興奮が収まらない俊六は、呼吸困難に陥りそうになっていた。
「スズランというのは何かおかしいとは思っていました。まず、誰にでも使用できると言っても、その変に咲いている花というわけでもないので、入手sるとなると花屋で飼うことになる。しかも、毒の種類はコンパラトキシンだと分かれば、スズランであることも分かる。だからなのか、最初からスズランの花びらを殺害現場に残しておいたのは、きっと犯人の演出によるものなんでしょうね。そうなると、犯人に自分の犯行を見せびらかしたいという思いがあると思ったとしても不思議ではない。美しい花であるスズランを持ちひて静かしに殺す。本当に静かで残酷な殺し方ですよね。その分美しいともいえる。昔読んだ本に、『むごく静かに殺せ』というのがありましたが、まさにその小説を地で行っているという気がしてきました」
というのは俊六の冷静な状況分できだった。
「そうですね。私はあなたの口から今のような話を聞きたかった。あなたがいかに今度の殺人を考えているのかを聞いてみたかったんです。ちょっと誘導尋問のようになってしまって申し訳ないと思っていますが、こうでもしないと、あなたの本心は聞けない気がしたんです。これでも本心なのか、今でも分かりません。でも、あなたのような人の本心を聞くには、一度プライドを崩さなければいけないと思ったんです。『熱しやすく冷めやすい』、これがあなたの性格だって思ったんです。実は私もそうなんですよ。裏表が激しいというんでしょうか。思い切り思い込んでしまわないと自分が怖いんです。そのため、心を開かせるには、思い切り相手に反発心を抱かせるしかないとですね」
と鎌倉先生は言った。
「そうですか、よく分かりました。僕はきっとなニア言われるとすぐにムキになるんでしょうね。我を忘れてしまって、頭に血が上るとでもいうんでしょうか。そうなると自分じゃなくなってしまう。でも、そんな時に、結構自分の近い将来が見えたりするんですよ」
と俊六がいうと、