詐称の結末
「その件で、どうも私が疑われているっぽい気がするんです。捜査を担当している刑事から、毎日のようにいろいろ確認の電話があって、それで仕事を中心に何も手につかなくなってしまって」
と、自分の今の立場を説明した。
「確か、毒殺で、スズランの毒であるコンパラトキシンが死因だったとか聞きましたが、スズランの独など、誰にでも用意できるものですし、あのような会場では誰に対してでも、誰もが飲ませるチャンスがあった。下手をすれば、すべての人間が容疑者になりかねないわけですよね。もちろん、まったく彼と面識がなかったり、あの日、まったく接触がなかったりした人は別でしょうが、そんな人は少なかったんじゃないですか? そうなると、その次に考えるのは、動機ということになる。あなたにはその動機があるのでしょうか?」
と鎌倉探偵は訊ねた。
「動機というには、少しどうなのかと思うんですが、私は佐久間先生の弟子として、しばらくご厄介になっていたんですが、殺された高杉さんという評論家は、先生を目の敵のような辛辣な評論をいつも容赦なしに書いているような人でした。数年前に先生が亡くなってからというもの、私も何とか作家としてデビューできて作品を書いているんですが、私に対しては高杉さんの批評は好意的なんですよ。まるで佐久間先生の時とは対照的だと言ってもいいかも知れません。そういう意味では私には高杉さんへの動機というものは考えられないと思っているのですが、警察の方の捜査を見ている限り、何か怖くて、仕事も手につきません」
「なるほど、確かに、ハッキリと何かを感じているのであれば、別ですが、自分に心当たりはないのに、訳もなく疑われていると思うと、だんだん不安な気持ちになってくるというわけですね。その気持ちは私にも分かりますよ」
と鎌倉氏は言った。
「だから、僕としては、警察の捜査を黙って見ていると、冤罪とまではいかないまでも、下手に逮捕などされると、今後の自分の立場を考えて怖いですからね。それで大久保さんに相談すると、鎌倉先生をご紹介願ったというわけなんです」
と、言って、最初の話に戻ってきた。
「よく分かりました。私でお役に立つことであれば、尽力いたしましょう」
と言うと、
「ありがとうございます。心強いです」
という俊六に対して、
「だから、私にはウソいつわりのないお話をしてくださいね。もちろん、警察ではないので、無理に聞き出すようなことはしませんが、下手に隠したりして、それが捜査に不利なあなたに対して不利な状況を作り出さないとも限りません。なるべく正直に隠すことなくお話寝返るとありがたいと思っていますよ」
と、いかにも探偵らしい前置きを話した。
「まるで探偵マニュアルでも聞いているようだな」
と俊六は思ったが、背に腹は代えられないと思って腹をくくってやってきたのだ。
それに、探偵小説も書いたことがあるくせに、探偵というものに初めて出会った俊六は、思っていたよりも気さくに感じられたので、鎌倉氏に好感を持ったのだった。
鎌倉氏は、最近お気に入りだというジャスミンティーを俊六に進めながら、自分も口をつけた。
考えてみれば、前回の事件で、ジャスミンティーが出てきたことから飲むようになったのだが、頭が活性化したり、逆にリラックスさせるには最高だと思うようになっていた。
(前回の事件である「ドーナツ化犯罪」事件簿を参照願いたい)
さらに前の事件では、香水関係の事件であったので、それ以来、ヘリオトロープの香りにも造詣が深くなっていた。
(前々回の事件である「永遠の香り」事件簿を参照願いたい)
こうやって前の事件でキーワードとなったアイテムを自らが嗜好することによって、事件を忘れないという意識と、新たな事件に対して、真摯に向き合えるという意識を持つようになっていたのだ。
今回はスズラン、事件解決後には、事務所のどこかに咲いているかも知れない。
「私も元は小説家の端くれ、少し佐久間先生の作品と、坂上さん、あなたの作品を読ませていただきました」
と鎌倉氏はそう切り出した。
「ほう、それは光栄です。先生も草葉の陰からお喜びかも知れませんね」
「その読み方なんですが、まず最初に佐久間先生がご存命中に書かれた作品、その次に、遺作と言われている亡くなってからの作品、そしてあなたの作品。この順番で読ませてもらったのですが、興味深いことが分かりました」
「ほう、それはどういうことでしょう?」
「これは私の勝手な推測なんですが、どうもあなたの作品と、佐久間先生が生前に書かれていたという作品、ここに共通点があるような気がするんです。先生の作品は、今も昔もいわゆる『予言小説』という忌み名がついています。僕はこれは決していい意味の言葉ではないと感じたので、ここでは敢えて『忌み名』という言葉を使わせてもらいましたが、元々予言という言葉が独り歩きしているような気がするんですね。近未来の話を書いていれば、少々世間に詳しい人間であれば、想像がつくことなのかも知れません。世間の人はそれほど今世の中に興味もなく、活字離れしています、少々難しい書き方でも、何とかごまかせたりします。でも、それが予言となると、皆興味を持ちます。普段本を読んでいない人でも読んでみようとなるわけです」
と鎌倉氏は言った。
「じゃあ、先生は、予言小説はいかさまだとおっしゃるんですか?」
「いやいや、そこまでハッキリとは言っていませんよ。ただ、話題づくりというのは、そうやって作るものであって、それを悪いとかいかさまだという話をしているわけではありません」
「何がおっしゃりたいのか、分かりませんね」
俊六は、自分が相談に来た立場だということを忘れて、完全に憤慨していた。
「いやいや、これは失敬。あくまでも私が昔小説家だったということで、小説家という目で見ただけです」
というと、
「だから、余計にショックなんじゃないですか。評論家でもない人からそんな風に言われると、さすがの僕もカッときますよ」
と、これ以上は話にならんと言わんばかりの剣幕であったが、鎌倉氏の方は一向にかまう様子もなく、逆に笑顔で、おまけにしたり顔になっていた。これは本当にどういうことであろうか?
鎌倉氏は構わず話をした。
「それから次に読んだのは、遺作と呼ばれるものですね。これは予言小説とは少し違っています。どちらかというと、オカルト色が強い作品で、幻想的で猟奇的、そして耽美主義な作品が並んでいるんですね。私は佐久間先生という人を少しですが知っています。彼の性格からすれば、こっちの方が実はしっくりいくんですよ。ただ、私がいうと語弊があるかも知れませんが。もしこてを佐久間先生がご存命中に発表していたとすれば、売れていなかったのではないかと思います」
それを聞いて俊六は、冷静になるどころか次第に苛立ちがマックスに近づいているようで、
「何を根拠に」
とボソッと言った。
――きっとこの男はすでに冷静になっているかも知れない。私が次に何を言い出すのか、それが怖いんだ――
と、鎌倉氏は、俊六の心理分析を行っていた、