詐称の結末
「確かにそうですね。でも、それだけに訳が分からないところが多い気がするんです」
「君は、どうして犯人がスズランの毒を使ったと思うんだい?」
「青酸カリやその他の毒では、入手経路から犯人を特定できてしまうという問題があったからではないですか?」
「だったら、毒殺なんかしなければいいんだ。誰も見ていない場所で、密かに殺すことだってできたはずだ。それをわざわざ大衆の面前で殺害することはないと思うんだけど」
「じゃあ、毒殺自体に何か意味があると?」
「僕はそんな気がするんだ。だから、スズランだったんじゃないかなってね。ひょっとするとスズランの花をそこに残しておいたのも、犯人の何かのメッセージかも知れないんじゃないか?」
「逆に被害者のダイイングメッセージかも知れませんよ」
と門倉がいうと、
「僕はそうは思えない。大体身体に異変が起きて、毒殺されそうになっているというところまでは分かったとしても、その苦しい頭で、スズランの花が認識できるかな? できたとしても、それが毒であって、自分を殺害するものだと、瞬時に判断できるだろうか?」
「確かにその通りですね。そんなに簡単に暴露されるような殺人であれば、スズランであるわけはないでしょうね」
「そう考えると、スズランでの殺害には何か意味があるのではないかと思うんだ。もし復讐だとするならば、何かスズランに対して思い入れがあるのか、それともスズランが原因で、復讐に至ったのかだね」
「被害者は、評論家の先生なので、作品を酷評された人が一番に怪しまれますよね。でも一番怪しいと目されている相手は、もうすでにこの世の人ではないということでした。佐久間光映という作家なんですが」
と門倉刑事がいうと、
「ああ、佐久間先生ですか、私もよく知っていますよ。結構勉強家の先生で、その代わり、自分の信じるもの以外はあまりまわりを信用しないという感じの偏屈者というイメージが僕にはあったんですがね」
と鎌倉探偵がいうと、門倉刑事は何かを思い出したように、目をカッと見開いて、急に下を向いて、照れ笑いをしているようだった。
――ああ、そうだ、鎌倉さんは元々作家だったんじゃないか――
ということを思い出した。
「そうですね。私はあまり知らないのですが」
と門倉刑事がいうと、
「彼の作品には、曰くがあってね、いわゆる『予言小説』と言われているんだ。彼が予言したことが結構当たっていたりするんだけど、彼の作風には近未来画多いので、少しでも当たっていれば、予言だって言われるんでしょうね。でも、確か彼の小説が予言だと言われ始めたのは、彼の死後、彼の弟子が先生の作品、つまり遺作を世に出すようになってからだったんじゃないかな?」
「ということは、殺された高杉氏の批評はそこを突いていたわけではないということですね?」
「そうでもないようなんだ。生前の佐久間先生に予言というキーワードは確かになかったけど、どこか近未来のことを確証を持って書いているところがあった。高杉氏は本当に佐久間先生の作品を熟読していただろうね。そんな細かい、誰も気づかないような部分を指摘したんだよ」
「それじゃあ、まるで殺された高杉氏の方が『予言評論家』と言われてしかるべきですよね」
というと、ニッコリと笑った。
「なかなかうまいことを言うね。でも、佐久間先生の死後から、『予言小説家』と言われるようになってから、自分が予言したんだということを言わないばかりか、高杉氏の口から先生の名前が一切出てこなくなったんだ。死んでしあったのだから、死人に鞭打つようなマネはしないということなんだろうが、本当にそれだけなのだろうか。僕には不思議でね」
と、鎌倉探偵は腕を組んで考え始めた。
「警察としても、いろいろ捜査をしてみたんですが、なかなか高杉氏が誰かに恨まれていたという感じはないようですね。それどころか、ちょっと別の話を耳にしました」
「ほう、どういう情報なんだね?」
「これは高杉氏の数少ない友人と称する人から聞いた話なんですが、彼は以前に詐欺に遭ったことがあるという話でした。あくまでも一部の人間しか知らないことで、彼はそれを必死に隠していたといいます」
「それで被害はどれほどだったんだい?」
「彼は詐欺に遭ったと言っても、自分の生活を脅かすほどの金額をその連中にかけていなかったと言います。さすがに彼は謙虚なところがあるが、逆にギリギリのところまでであれば、結構人情婦愛ようなので、騙されたとしても、無理はないと言っていましたね。彼は以前青年実業家をしていたので、その時じゃないでしょうか?」
「でも、青年実業家が詐欺に遭って、よく大学で教授になるまでになれたものだね」
「高杉氏の恩師が、大学に彼を招集したそうです。それだけ彼の文学に対する評論には、学会でも定評があったということですよ」
「人は見かけによらないということかな?」
「ええ、そういうことかも知れません。ただこのことは故人の名誉にかかわることなので、捜査の核心をつくようなことがない限り、公表は控えてほしいという話でした」
「ということは、この話のニュースソースは、その恩師ということになるのかな?」
「はい、ほとんどは、その恩師の人からの話です。でも、その人だけの意見では、片手落ちなので、他にも数人に話は聞いています。でも、詐欺について以外の意見は、皆似たり寄ったりのものでした」
「この事件に高杉氏が詐欺に遭ったということが絡んでいるとすれば、その詐欺がどういうものだったのかということを調べる必要があるんじゃないか?」
「ええ、調べています。ただ、時間的にもかなり経っていますし、本人から被害届も出ていないですので、調査も難航するでしょうね。下手をすると、その話し自体がデマだったなんてことにもなりかねあせんしね」
「でも、そんなデマを流したとして、誰が得をするというんだね?」
「まさかとは思いますが恩師が高杉氏を殺害したとして、捜査を攪乱させるという目的でかも知れないですよね」
「ありえないことではないが、あまりにも可能性は低いんじゃないか?」
と言われて、門倉刑事は何かを思い出したようにこう言った。
「あっ、そういえば、その恩師のところに話を聞きに行った時のことなんですが、その恩師と佐久間先生への高杉氏の感情を訪ねた時、面白いことを言っていたんです」
「というと?」
「まず、佐久間先生に対して、高杉氏は、本当は辛辣な評論をしたくないと周囲には漏らしていたんですね」
「どういうことだい?」
「たぶんですが、ここには『やらせ』のようなものが存在していて、雑誌社の人から、佐久間先生を攻撃するように頼まれたのではないかというウワサがありました。その雑誌社は佐久間作品とは別路線の作家が多く、佐久間先生が売れてしまうと、自分のところの雑誌が売れなくなるというイメージから、評論家である高杉氏に、わざと攻撃させたという発想ですね。これは結構信憑性があるようで、その雑誌社の中では『公然の秘密』のようになっていたようです」
「もし、そうだとすれば、文芸の世界も、なかなかドロドロしたものがあるようだね」
「ええ、そうなんです。『ペンは剣より強し』という言葉もありますからね」