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詐称の結末

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「それは分かりません。まずは警察の捜査待ちということです。ただし、その人が死んでいるのは間違いないですので、自殺、他殺、事故死、どれになるか分かりませんが、皆さんはここから動かない方が賢明だと思います。もしここからいなくなってしまうと、こちらで入場の際に署名していただいたノートがありますので、すぐに分かることです。悪いことは言いませんから、まずは警察が来るまで我々の指示に従ってください」
 という話だ。
 後で分かったことだが、この主催者側の責任者の人は、元々警察官だったという。刑事まではいったのだが、一身上の都合でこのパーティを取り仕切る会社に入社したということである。
 彼の名誉のために言っておくが、彼が珪砂つぃを辞めたのは、気?して懲戒免職や、解雇ではない。本当に一身上の都合であった。
 それから、十五分もしないうちに、表に慌ただしく警察車両が入ってきた。この会場は一階にあり、ロビーのすぐ横なので、玄関がすぐに見えるところにあった。大きな完納開きの扉が一度は閉められていたが、警察が入ってきた時に、ゆっくりと開かれたのだ。
 こういう時は、衝動捜査班は最初にやってくるというが、さすがにテキパキとしていた。鑑識や捜査関係者がやってくるまで仕切るプロである。この惨状を見てもmさほど驚きもしないのは、それだけ毎日のように、似たような事件が起こっているということなのか、それを思うと、本当に、
「真実は小説よりも奇なり」
 という言葉があるが、まさにその通りである。
 聞き耳を立てていると、
「どうやら、青酸化合物ではないようですね」
 という話が聞こえてきた。俊六は集中すれば、小声で話をしている人の声が分かるようだった。
「お前は聖徳太子のようなやつだな」
 と子供の頃に言われた。
 聖徳太子というのは、十人の話を同時に聞けたというが本当であろうか。聖徳太子というと、どうにも一万円札の肖像画がイメージに残っているが、それ以外にもいろいろな逸話を持っているようだ。
 青酸化合物というのは、いわゆる青酸カリであったり、生産カリウムと言った、毒薬では定番になっていて、昔からの毒殺事件や、企業への脅迫事件ではよく使われていた。
 青酸化合物は、服毒すると、口の中からアーモンド集がするらしい。どうやら、この被害者には、アーモンド集がしなかったのではないだろうか。
「誰かこの人のことを詳しく知っている人はいますか?」
 ということで、最初は誰も手を挙げなかった。
 この日は招待されたとはいえ、実際には評論家で、主催している出版社と直接的に契約も関係もないようで、主催者側も、彼のことは詳しくないようだった。
 誰も手を挙げないことに業を煮やしたのか、
「それじゃあ」
 とでも思ったのか、手を挙げたのは大久保氏だった。
 二人がどれほどの仲なのかは分からないが、同じ評論家同士、話をすることもあったかも知れない。しかし、
「私も彼のことをそれほど知っているわけではないですが、誰も手を挙げないのでは刑事さんもお困りでしょうから。まずはこの私からお話することにしましょう」
 と言って刑事に近づいていった。
「じゃあ、あなたにお伺いしますね。他の方々にはまた後ほどお伺いするかも知れませんが、その時はよろしくお願いします」
 と言って、頭を下げた。
 そういって、大久保氏を別室に招いた時、ちょうど駆けつけてきたのが、門倉刑事だった。門倉刑事はまだ若いが、現場経験は十分で、これまでにも難事件をいくつも解決に導いたという経験がある。初動捜査の段階から立ち会えたのはよかったと思っていた。
「では、さっそくなんですが、亡くなったこの方とはどのようなお知り合いで?」
 と門倉刑事が切り出した。
「私たちはいわゆる文芸評論家で、普段は大学に所属していて、私も彼も教授をしています。私の場合は、H大学文学部の教授をしていて、彼は確かK大学だったと思います。お互いにオカルトやミステリー、ホラー関係の作品を中心にその作品や、作家に対して研究し、それを出版社に寄稿して、その原稿料を貰っているという商売ですね。時々テレビなどのマスメディアに出演することもありますが、基本的には雑誌などがほとんどになっています」
「今日のこのパーティは?」
「ええ、本日はいつもお世話になっている出版社さんの主催でコンクールがあったのですが、そのコンクールで大賞を受賞した方の祝賀パーティだったんです。基本的に私も彼も畑違いではあったんですが、出版社の方からご招待を受けたので、こうやって来賓として参上したというわけです」
 と大久保がいうと、
「なるほど、そういうことですね。じゃあ、今日は結構盛況だったんでしょうね?」
「そうですね、受賞と受賞作品の出版記念パーティの両方を兼ねていましたので、来賓は五十人以上はいたのではないでしょうか?」
「了解しました。ところで、被害者の高杉さんが誰かに恨まれていたですとか、自分自身で何かに悩んでいたとかいうお話を聞いたことはありましたか?」
 門倉刑事は核心に入ってきた。
「何かに悩んでいるというのは、人間誰しも大なり小なり悩みのようなものはその都度抱くものだと思います。でも、死に対とまで思うようなことはなかったと思います。また彼を恨んでいた人間というと、これも自分たちの職業が評論家という立場上何とも言えないと思います。こちらは作家や作品を批評するのが商売なので、相手にとっていいことも言えば、傷つけるようなこともいうと思います。もちろん、細心の注意を払って批評はするのですが、相手のあることなので、相手がどう捉えるかで変わってくるでしょうね。ただ、彼の場合の批評は極端ではありました。褒める相手は徹底的に褒めちぎるところがあるんですが、逆にあまり気に入らない人には辛らつな批評をしたりもします。それがどれほど相手にショックを与えるかということは、その本人でないと結局のところ分からないのではないでしょうか?」
 門倉刑事は、それを聞いて頷いていた。
 まるで、
――そんなことは分かっているんだ。分かっていて聞いたんだ――
 と言わんばかりの様子だったが、その思いが大久保氏に伝わったかどうかは分からない。
 大久保氏は続けた。
「ただ、彼を本当に恨んでいる人がいなかったかどうかと聞かれればいるにはいたと思います。その人のことは一度も褒めたことがないどころか、辛辣な評論は最初から最後までひどいものでした」
 というと、
「ちょっと待ってください。最後までと今おっしゃいましたが、その作家さんは今では引退なされているということですか?」
 門倉刑事としては、被害者がその作家を引退にまで追い込んだことで、恨みを受けていたのではないかと直感したのだ。
 それにしても、よく、
「最後まで」
 という言葉に敏感に反応したものだ。
 まるで最初からその言葉が出てくるのを予想でもしていたかのような感覚に、大久保氏もビックリしていた。
―ーなるほど、刑事という職業はこれくらい嗅覚が鋭くなければやっていけない商売なんだろうか――
 と感じたのだった。
作品名:詐称の結末 作家名:森本晃次