詐称の結末
性別、年齢、主人公との関係、そして登場場面の背景、そして大切なその人の性格。さらには主人公との関係など、書くことは決まっている。それを登場場面ですべて明かしてしまうか、それとも最後まで隠しておくべきなのかは、その人物の物語における立場で変わってくる。
キーマンとなる人間であれば、情報のほとんどは隠しておかなければいけないだろうが、まったく何も明かさないのは、読者に対してアンフェアであるし、また逆に読者に、疑念を抱かせることになるかも知れない。
「この男こそ、何かのカギを握っている」
と思わせることも必要だが、だからと言って、いきなり登場させるのは、アンフェアである。
小説には起承転結というものがあり、どの場面で登場させるか、あるいは、小説の書き方として、一人称視点から書くのか、三人称視点から書くのかによって、目線が変わってくる。そのため、起承転結のどこで登場させるかというのも、微妙に関わってくる部分があるのではないだろうか。
プロットにはいろいろな書き方はあるが、何を書くかというのは、ある程度決まっているようなものだった。
小説の設定として、過去なのか、未来なのか、現在なのかによっても違ってくる。未来だけは明らかに分かっていないことなので、フィクションであることは確定であるが、現在はあっという間に過去になる。現在を追いかけるという小説もありなのではないかと最近考えるようにもなっていた。
プロットというと人子で終わってしまうが、書き留めておくこととしては、まだこの他にもいろいろある、つまりプロットは設計書でありながら、さらに小説の道しるべであり、時としては、備忘録のようなものだと言えるのではないだろうか。
後で見ても分かるようにするという意味で、記憶が欠落してしまいそうな俊六には、不可欠なものと言えるのではないだろうか。
俊六は最近、ミステリーに興味がある。その中でも、
「むごく静かに殺す」
というテーマを考えたことがあった。
このタイトルは自分が中学時代、本屋で見た本のタイトルだった。本を買って見ようとまでは思わなかったので内容は知らないが、どうやらむごく静かに殺すという話をテーマにした短編集のようだ。
その本の著者は、社会派小説家で何冊かは読んだことがあったが、どうにも自分の好きなジャンルではない気がしたので、それ以上を読む気にはならなかった。
ただ、このタイトルだけは(実際のタイトルは「むごく静かに殺せ」であるが)忘れることはできなかった。自分が小説を書けるようになったら、一度は挑戦してみたいと思った内容でもある。
ただ、実際に書けるかどうか分からないが、題材として二つの矛盾した言葉を重ねたような話を作れればいいと思っていた。
今少しそのアイデアが頭の中で煮詰まってきたと思っていたところに、この日の急な事件にぶち当たることになった。
時刻はすでに閉会の近くになっていた。宴もたけなわな状況の中で、がやがやと一人の声に集中しようとすると、まわりの声がそれを遮るかのような状況に陥っていたのを感じると、いよいよ自分も酔いがまわってきたのではないかと思えてきた。
そんな時、急に乾いた甲高い音とともに、女性の悲鳴がほぼ同時に聞こえてきた。
「キャー」
その声に驚いて皆がその方を見ると、目の前で一人の男が俯せに倒れていて、身動きができるようすではなかった。
先ほどの乾いたような甲高い音は、どうやら手に持っていたグラスが滑り落ちて、床で破裂した時の音のようだった。
「どうしたんだ、一体」
紺色のスーツを着ていることから、主催者側の人間ではなく、来賓であることは想像がついた。
誰もが怖がって男の顔を確認しようとする者はいない。俊六は少し離れていたので、自分だったらその男を逆さにすることができるかと言われれば、きっとできないと答えるに違いない。
しかし、じっとその場が凍り付くのをずっと待っているわけにもいかない。主催者側の一人が駆け寄ってその男をひっくり返すと、
「こ、これは」
その男は白目を剥いていて、口からは真っ赤な血を吐いていた。吐血は服にも床にも付着しているので、抱き起こした瞬間、その人の指には血糊がべっとりとついていた。
たった今まで立っていたのだから、それもそうだろう。一瞬の出来事に誰も口を開くことができず、その場の凍り付いた時間が、果てしなく続くような気がしたのは、気のせいではないだろう。
これは誰が見ても毒殺に違いなかった。
――や、毒殺と決めつけるのは早い。自殺という可能性もまったくないわけではない――
と感じたが、こんな場所でいきなり自らの死を選ぶというのも何か変だ。
ただ、もし考えられるとすれば、この会場に誰か復讐でもしたい人が来ていて、例えば自分を死に至らしめた相手を思い知らせるために、敢えてその目前で死を選ぶということも考えられなくもない。
それよりも、その男に殺人の罪を着せようとして何かの細工をしているかも知れない。もし、そうであれば、話はややこしくなるだろう。
それにしても、衆人の真っ只中で一人の人間を毒殺しようというのだから、殺人だとすれば、これは一種のサイコキラーの殺人とでも言えるかも知れない。
サイコキラーとは、猟奇殺人や快楽殺人を繰り返すことであり、サイコパス(反社会性パーソナリティ障害)が引き起こす犯罪だと言われている。
その場は誰も動くことはできなかったが、ちょうど死んでいる男性の横にいた女性は完全に意識を失い、そのまま倒れこんでしまったので、係の人が別室に運び、手当をしていた。意識を失っただけなので、すぐに起きてこれるということだろう。俊六はそれよりも彼女がこれからやってくる警察からの聴取を受けなればいけないことに対して、気の毒に思う一方だった。
さて、実際に死んでいるその男だが、俊六にも見覚えがあった。見覚えがあったなどと他人行儀な言い方であったが、ついさっきまで話をした相手ではなかったか、何とその男は佐久間先生を大きく批判し続けていた、高杉氏だったのである。
「どうして高杉さんが」
と、その場は騒然としていた。
っ状況を見る限り、すでに息はしていないようだ。係の人がそれを確認すると、まずは警察に連絡をした。
「救急車は?」
という他の係の人が聴くと、彼が首を小さく横に振ったので、もうすでに息のないことは分かっていた。
その係の人は、どうやら、この現場を取り仕切っている人の一人のようで、
「皆さん、落ち着いてください。警察に通報しましたので、もうすぐ警察がこちらに向かってきます。皆さんはなるべくそこから動かないようにしてください。できれば、この部屋からも出ないようにしてください」
とマイクを掴んで説明した。
「これは殺されたということですか?」
と誰かが聞くと、