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永遠の香り

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 小学生でも、何かに興味を持っていろいろ調べたり、自分でも試してみたりすれば、これくらいの会話ができるのだと思うとすごいと思った。逆に大人のように、変な先入観がないことでイメージが膨らんでいると思うと、余計にいろいろと考えさせられる。
 匂いに対しての発想は、この時に一つの結論を持ったような気がしたが、本当はそのまま大人になれればよかったのに、大人になるまでのある時、まさか自分にあんあ不幸が待っていようなどと、誰が想像できるだろう。
 世の中というのは実にうまくまわっている。それは思い通りにいかないということを含めても精いっぱいの表現であるが。こんな皮肉も言いたくなるような運命が、いつ誰の身に降りかかってくるか分からないというのを、静香は体験したのだ。
 その発端は、きっと見てはいけないものを見てしまったことからであった。
 本当にあれは偶然だった。
 学校の帰りに、ちょうど建て直しが決まって、建物のほとんどを取り壊して廃墟と化した場所で、立ち入り禁止の紐が敷かれたりしていたが、近道として利用することも多く、ちょうどその日も、その道なき道を通って学校から帰っていた時だった。
 時間としても、もう薄暗くなっていて、そんなところに誰もいるはずはないという思いが、静香を強気にさせた。
 元来静香は強気な女の子だった。家族が離婚したり、祖母の教育に幻滅したりしていたこともあって、自分が望んで強くなったものではなかった。しかも、その成長は思ったほどではなく、ずっとチビで、ちんちくりんと言われても仕方のないくらいだったこともあって、やはり自分が強くなければいけない立場になっていたのだ。
 心身ともに、強さを要求された静香は、自然と怖いもの知らずになっていた。それが怖いということもまだ中学生の彼女に分かるはずもない。まわりに対して強気でいれば生きていけるという単純さだけが静香を支えていたのだ。
 静香は、そんな気持ちで毎日を過ごしていたので、友達は少なかった。しかし、逆にそんな静香だから慕ってくれる人もいたのも事実で、二、三人はいただろう。
 この三人で秘密結社のようなものを作って、他の人には分からないように付き合っていくことを、結束という形で結んだのだ。
 世間を欺くということも三人の共通した楽しみであり、お互いに家族においては、少なからず苦労していた。ここで、それを一つ一つ開設することは憚るが、中学生の女の子が思う家族の苦労である。結構なもののはずだった。
 それは世間の冷たさをハッキリと知っている結束だった。
 世間というのは、思ったよりも冷たくはない。ただ、自分が可愛いだけである。それが余計に自分たちに対しての風当たりを強くすることを分かっていた。
「決して冷たいなんて思うと、痛い目に遭うよね」
 と、三人で話をしていた。
 特にもう一人の女の子は、大人の妬みや浅ましさを知っていた。自分の母親が、旦那を裏切って別の男のところに入りびたったのに、今度はその男が浮気性で、母親に飽きたらしく、簡単に捨ててしまった。
 それを見て、父親は、
「ざまあみろ。お前のような女にはもう用はないんだ」
 と言って追い出してしまった。
 彼女は、最初母親を憎んだ。自分がいくら言っても相手の男の言いなりになって、好き勝手やっていたのだ。そんな様子を見て、父親が可哀そうだった。
 しかし、無残にも捨てられた母親を、父親は癒すわけでもなく、傷口に塩を塗るマネをしたのだ、
――確かに、母親が蒔いた種なので、仕方がない部分もあるのだろうが、そこまで憎まなければいけないのだろうか――
 彼女は、両親とも可哀そうだと思ったが、それ以上に激しく憎んだ。
 自分が最初に可哀そうだと思った人が実は血も涙もない人であり、最初に何て無責任なと思った人が改心のチャンスがあるのに、それを見殺しにしてまで踏みにじった。どちらを信じていいのか分からない。
――どっちも信用できない――
 そう思って当然であろう。
 自分をこんなに精神的に追い詰めた両親を憎まないという方はない。そう思った彼女は、
「嫉妬や浅ましさが招いたことなんだ」
 と感じたが、そもそもどうしてこんなことになったのか、それが分からなかった。
「愛に飢えていた?」
 そんなことはないだろう。
 見た目には幸福な家族だったはずだ。母親のちょっとした浮気心から始まったことなんだろうが、そこに至るまでに父親が何かしたとか、何かを言ったのではないかという思いが頭に浮かぶ。何しろ、遡ろうと思えばいくらでも遡ることができるはずなので、今二人に後悔の念が残っているとすれば、どこまで遡っても尽きることのないアリ地獄のような堂々巡りを繰り返しているに違いない。
 静香はそこまでひどい家庭ではないが、いつ自分も同じようなことが起こるかと思っていた。義父を見ていて、あの人はどうしても信用できる人ではない。今は母親も我慢をしながら何とかやっているが、堪忍袋の緒が切れたらどうなるか、自分で分かっているのだろうか?
 だからそれぞれ三人三様の悩みを持っているので、お互いに余計な詮索もせず、三人の輪を壊さないようにするには、他の人にこの関係を知られないようにしようと考えるのも無理のないことなのかも知れない。
 子供心に、
「どうして他の人はこんな私たちのような悩みがないんだろう?」
 という当たり前の疑問を感じていた。
 何が当たり前なのか、それは大人への疑問である。誰も大人に対して疑問も感じないから、大人を信用しようとする。それが当たり前のことと言えるのだろうか?
 そんな強気な静香だったが、さすがに夜の静寂は気持ち悪かった。その日はしかも、普段とどこかが違っている気がした。最初はそれが何から来ているのかよく分からなかったが、何かの匂いに由来しているように思えた。
 最近の静香は匂いに敏感であった。以前の旅行で行った北海道でのラベンダー畑の匂いや、汗と交り合った何かの匂い、交り合ってしまうと元がどんな匂いだったのか分からなくなってしまうが、その臭いの元を考えると、怖くて仕方がない。
 そんな静香にとって、その時に感じたのは、何かアジアテイストな匂いだった。その頃アジアンテイストなどという言葉に馴染みはなかったが、匂いの元は確かに中国四千年を感じさせるものだった。
 目が少し痛い気もした。さらにこの臭いが懐かしさを誘う気もした。そんなことを思いながら歩いていると、思い出した匂いがあった。
「そうだ。この匂いは、お香ではないか?」
 確かにお香なら、アジアを中心に考えられるもので、目が痛くなったとしても無理もないこと、そして懐かしさは仏壇でや墓でのお線香の匂いで、お盆や月命日と呼ばれる時に備えられているものなので、匂いがしても、それはそれで懐かしさに繋がるというものである。
「だけど、お香って焚くものじゃなかったのかしら?」
 基本的にはお線香のような棒状のものであったり、香炉と呼ばれる容器に入れたものに火をつける、中国などでよくあるあの形なのではないだろうか。
 つまり、そのあたりに普通に香ってくるものではなく、誰かが作為的に臭いを振りまいているということである。
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次