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永遠の香り

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 春も、時々夏のように暑い日が時々ある。その日も朝から少し気温が高かったような気がする。湿気を感じたことで暑く感じたのかも知れないが、それだけではなかった。
「匂いが」
 と朝、クラスメイトの女の子がおかしなことを言い出した。
「匂いがどうしたの?」
 と静香が聞くと、
「雨が降りそうな臭いを感じるんだけど、見ている限りは雨が降りそうにないのよ。私の匂いの感覚はあまり外れたことないんだけどね」
 彼女はクラスでも、
「お天気娘」
 と言われるほど、天気の予報に関しては確実だった。
 この頃はまだそこまで天気予報も正確ではなく、さすがに昭和の時代に比べれば的中率は天と地の差ほどあるが、天気予報をまともに信じれるほどまでにはなっていなかった。それなのに、そんな公式の天気予報よりもその子の方が結構当たった。
「どうしてそんなに分かるの?」
 と聞くと、
「私の場合は臭いで分かるのよ。同じように天気予報が得意な友達もいるけど、その子は体質で分かるんですって、身体の節々が痛み出したりだとか、席が止まらなくなったりすると雨が降るなどと言った、一種の迷信的なことを言って、それを天気予報の根拠にしているの」
 と言っていた。
 なるほど、確かに体調によって天気が分かるという人はかなりいる。そういう意味で嗅覚というのも立派な身体の一部、匂いが誓って感じられるのであれば、それも身体の異変と何ら変わりがないような気がする。そう思えば、天気予報に対する信憑性もあるのではないだろうか。
 彼女のように、確かに臭いで何かが分かる時もある。特に雨が降る前など分かりそうなのだが、彼女の今言っていることは、少し矛盾を感じた。
 臭いを感じたから天気が分かると言っているのだから、素直に臭いから天気を感じれば済むということなのに、今の話では、別の何かの感覚が天気を教えてくれているということを言っている。
 時系列で理論づけて分かることのはずが、他にもう一本線があり、その線が平行に走っているため、普段はその存在に気付かないが、ふと横を見るとその線があることに気付いたことで、今まで見たことのなかった世界が広がったと理解するのは、無謀なことであろうか。
 それを思うと、その日、本当に雨が降るのか、それとも天気なのかで、何か自分の中で燻っていた考えが晴れてくるような気さえしていた。
 その日学校での一日は、あっという間に過ぎた。普段と違うとすれば、午前中の三時限目くらいから、昼の休みの前までとてつもなく眠たかったということであろうか。
 普段であれば、お腹が空いて仕方がなく、睡魔が襲ってくるなど考えられないものなのだが、何かいい匂いがしてきて、その香りが睡魔を誘ったようだ。
 空腹の時は、学食から、カレーの匂いだったり、揚げ物の匂いだったりがしてくるはずなのに、その日は睡魔を誘う匂いであり、それがどこか懐かしさを感じさせた。
 あれは、小学生の頃だったか、祖母に連れられて、北海道に行った時のことだった。
 それまで旅行など母親からも、どこにも連れて行ってもらえず、もちろん、家族でどこにも旅行に行ったことがなかったのに、急に祖母が静香に向かって、
「夏休みに旅行に行くよ」
 と言って、子供の返事を待っているわけでもなく、半強制的に出かけた旅行だった。
 どうやら、母親が再婚するしないで揉めていた時、母親から離れたい口実に、
「孫との旅行」
 を画策したようだ。
 旅行先は、
「どうせなら、行ったことのないところ」
 ということで北海道になったという。
 祖母と言ってもまだ六十歳代なので、十分身体も動く。今のうちに、北海道くらいには行っておきたいという気持ちもあったのかも知れない。
 祖母と行った場所は、札幌周辺で、その近くにあったラベンダー畑を思い出した。
「そうだ、あの時の匂いだ」
 と、果てしなく広がっているかのように見えて、改めて北海道というところの広さに感動したという思いの強く残った場所だった。
 一面に紫色に広がった畑を見ながら、遠くにも山が見えている。観光客はたくさんいたが、それを感じさせないほどの広大さの方が興味をそそった。小高い丘のようになった場所から緩やかな傾斜に一面の紫色、そんな光景を、そう簡単に忘れるはずもないだろう。
 特に、その後の家庭でのいざこざによって、何かを考えるということが億劫だった時期のことなので、余計にそう感じるのだった。
 元々、人がたくさんいるところは苦手だった。北海道と聞いて、
――北海道ならいいか――
 と思ったのも、北海道というところ以上に日本でゆっくりできるところはないという先入観からであったが、その考えは確かに間違っていなかった。
 見下ろした先に見えるところどころにしかない民家など、今住んでいるところから考えると、信じられないような光景だった。
 匂いも、最初ななぜか無臭に感じられたのだが、深呼吸すると、思わずせき込んでしまうのではないかと思うほど、空気が濃密だった。
「こんなところで風が吹いてくれば、どんな気持ちになるだろう」
 と思っていると、おあつらえ向きに風が吹いてきた。
 匂いはしなかった。きっと風の勢いが匂いを打ち消したのだろう。だが、すぐに風はやんで、またほのかな匂いを運んでくれる、ひょっとすると、ここでの風は本当の意味で天然で、
「匂いをまわりに振りまくための匂いによる行動が風となって表れているのではないか?」
 ということを思わせるのだった。
 ラベンダーの香りが睡魔を誘うということは知らなかった。
 だが、北海道から帰ってきて、友達にラベンダー畑の話をした時、
「昔の映画で、ラベンダーの香りをテーマにしたものがあったけど、あれ何だったかしら?」
 と言っていた。
 その子は、母親がよく昔の映画を借りてきて見ているので、気が付けば自分も興味を持つようになっていたと言っている。どうやら、母親とは仲がいいようだった。
 半分、羨ましいと思いながら。もう少しラベンダーの話に興じた。
「ラベンダーの香りってちょっと分かりにくいのよね」
「というと?」
「実際のラベンダーって、お花に顔を近づけただけではよく分からないものなの。花びらを指でこすったり、葉っぱをこすったりして、その指を嗅いでみるのよ。すると香ってくるものなの」
「そんなものなんだ」
「それにね。これも種類によるのかも知れないけど、好き嫌いもあるみたいで、臭いと思う人もいるかも知れないわ。でも、実際には精神を安定させる効果があって、安眠に向いていたりすることから、一般的には喜ばれる香りなんだって私は思うわ」
 と言っていた。
「香りっていろいろあるのね」
「ええ、その通り、香りだけではなく、その効果も考慮に入れるから、匂いっていろいろ楽しめるのよ。考えてみれば、お香だってそう。お線香の匂いに似ているからと言って嫌う人もいるけど、やっぱり精神安定には適しているのか、好まれているわよね。それを思うと、匂いと想像力というのは切っても切り離せないもので、ひいては匂いと人間の感覚が切っても切り離せないと言えなくもないんじゃないかしら?」
 と言っていた。
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次