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永遠の香り

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 その言葉を聞いて、ピンと来る者はあったが、自分の中で簡単には整理できないこととしていくつもの疑問が残っていた。
「えっ?」
 と、詩織さんにはそう答えたが、今はそういうしかなかった。
「静香ちゃんは、閉所や暗所が怖いでしょう?」
 と聞かれた。
 確かに静香はいわゆる、
「三大恐怖症」
 と言われる、高所、暗所、閉所のすべてが苦手だった。
 どれが一番というわけではなかったが、静香の中で閉所と暗所は同一の意味で考えられていたもので、閉所は怖いが暗所は怖くないとか、その逆などありえないとまで思っていたほどだった。
 なぜその時詩織さんが急にそのことを言い出したのか分からなかったが、詩織さんが静香を知ろうとしているのだと思った。だが実際には他の人との比較だったのだ。
 高所恐怖症の場合は、小さい頃、木に登っていて、枝が折れて背中から落ちたことがあった。呼吸困難になり、苦しかった覚えがあるが、その記憶から高所恐怖症になった。閉所と暗所はきっと、中学時代のあの忌まわしい記憶からであろうが、恐怖を感じる出来事が意識に直接働きかけて、恐怖を煽るというのは、この「三大恐怖症」だけなのではないかと静香は感じていた。
「私も閉所と暗所は恐怖なのよ。よく夢に出てくる気がするのよ」
「夢の中に閉所と暗所が?」
「ええ、たぶん、目が覚めるその一瞬なんでしょうけどね」
「ということは、その恐怖症が目を覚ますためのカギのようなものなのかも知れないですよね」
 と詩織さんはその時に言ったのだが、その話を静香も聞くと、なるほどと感じるのだった。
「私の場合は、過去に嫌なことがあって、それがトラウマとなっているからだって思っているんですけど、詩織さんの場合も同じなんでしょうか?」
 と静香が聞くと、
「ちょっと違うような気がするの。元々閉所と暗所は恐怖だったんだけど、その恐怖をあの時のお姉さんが和らげてくれていたような気がするの。今はそのお姉さんがいなくなったことで、私はきっとこの恐怖から救ってくれる人を探しているような気がしているのよ」
 と言った。
「じゃあ、その相手が私かも知れませんね」
 と静香がいうと、
「ええ、そうであってほしいと思っているわ:
 と詩織さんが答えた。
 この詩織さんの答えを聞くと、どうも最初から静香に対して感じた思いとは違っているのではないかと思ったが、それは矛盾しているように感じる。
 直感で思ったことだったのだが、理屈で考えるとどうも違うような気がする。矛盾というのはそのことを表しているのではないだろうか。
 閉所恐怖症と暗所恐怖症を気にし始めたのは、通学に使っている電車の中でのことだった。
 窓際の席に座った時、表が眩しかったのか、前の人が降りた時に、ブラインドが降りたままだった。
 それを見て無意識にブラインドを上げたのだが、その時、隣にきた人から、
「眩しいから下げたままにしておいて」
 と言われ、静香自身は眩しさなど意識もしていなかったが、その人は気になるという。
 なるほど確かに眩しいのを気にするのも分かる気がするが、眩しいよりも表が見えないことの方が静香には気持ち悪かった。
 これがきっと閉所恐怖症の正体ではないかと思っている。他の人は眩しさの方を気にするのに自分は表が見えないことへの恐怖が先に来るのだ。それはきっと暗くて前が見えない時に感じる暗所恐怖所と同じ感覚ではないかと思った。
 ただ、暗所恐怖症への恐怖はまた別にあった。
 あれこそ夢で見たものだったのだが、断崖絶壁の谷間のところに自分がいて、その間に掛かっている橋を渡ろうとしているのだが、前が見えていて、気持ちさえしっかり持っていれば渡れるはずなのに、怖くて渡れない。それは高所であるということも手伝っているが、
「足を踏み外したらどうなってしまうんだ?」
 という思いから来ている。
 まるで目の前が真っ暗な場所で、前にも後ろにもいくことのできない恐怖、そんな恐怖に似ているような気がした。
 そう思うと踏み出せなくなってしまう、それが暗所への恐怖と同じものであると、静香は認識していた。
「私、夢の中で暗所になると、お姉さんと会話できる気がするの」
 と詩織さんが言い出した。
 それを聞いて、静香も自分の夢を思い出していた。普段は忘れ去ってしまえば思い出すことのできない夢を、今必死に思い出そうとしている。
 その夢で、静香も誰かと話をしているのだ。それは知らない人なのだが、その人はどうやら静香を知っているらしい。どうして、
「らしい」
 という曖昧な表現しかできないのかというと、静香はどうやらその人と夢の中で会話をしているようだのだが、一度目が覚めてしまうと、話の内容は完全に覚えていないもののようだ。夢の内容を思い出すまでができることであった。
 それでも会話の部分は想像で何とかなりそうな気がしたので、一度回想してみることにした。

 私がその人を見ると、悲しそうな顔をして、
「夢でしか会えなくてごめんなさん」
 という。
「何がごめんなさいなの?」
「あなたにトラウマを植え込んだのは私なの。別にあなたを襲おうという意識があったわけではないんだけど、あんな形になったのは、きっと私の中にある閉塞的な心と、あなたに私を知ってもらいたいという矛盾した思いのジレンマだったのかも知れないわ。私だけではなく、あなたにも、他の人にもある感情じゃないしら?」
 と女のような口の利き方だ。
「あなたは、女性?」
「ええ、そうなの。時々自分が男になってしまったかのようになるのが怖くて、普段は女性の中に溶け込めないの。でもあなたを見ているとこんな私でも勇気が出てくるのよ。一度お話がしてみたいと思っていたのだけれど、自分でもどうしてあんな行動を取ったのか分からない。でもやってしまったことに私は自戒の念を解き放つことができなくて、結局自殺してしまった。またやり方を間違えてしまったのね」
 気持ちは分かるが、納得はできない。
 このあたりまでくると、思い出せないと思っていた会話の内容が、どんどん思い出されてくるのを感じた。そして彼女は会話をさらに続ける。
「それでね。私は唯一あなたと繋がっていたいと思って、こうやって出てきたんだけど、一つの忠告というか、知っておいてほしいのは、あなたは自分で知らない間にある匂いを表に発しているのよ」
「それはどういう匂いなの?」
「丁子香というお香のような匂い、あなたは私と一種にいる時、あれを私の匂いだと思ったかも知れないけど、あれはあなたが、自分から出した匂い。普通はね、自分が出した匂いってなかなか感じることってないのよ。でもあなたは特別に自分の匂いを感じることができる。それが丁子香の香りなの」
 というではないか。
 頭の中が混乱してきた。だが、思い出してしまった以上、間違いのないことなのであろう。

 死者との会話を夢の中で行う。
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次