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永遠の香り

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 考えてみれば、今まで人のために何かをするなどということは考えたこともなかった。すべてが自分中心で、人のことなど構っていられないというのが、静香の基本的な考えであり、その考えが今までの自分を支えてくれているとさえ思っている。
「静香ちゃんは、私がしてほしいことが分かっているみたいなので、それがとっても嬉しいわ」
 と、耳元で詩織さんに言われると、静香も思わず、
「お姉さま
 と口から出てしまった。
 その時、一瞬カッと見開いた目で静香を見たかと思うと、すぐにいつもの表情になって、
「嬉しいわ」
 と一言言ったが、たった今の表情を見てしまっていたので、その声が震えてでもいるかのように思えて、少し怖かった。
――今の詩織さんは何だったのだろう?
 何か怖い表情になってしまった理由を考えてみた。
 一つ目は、
「お姉さまという表現は、自分がかつて慕った『お姉さな』に対してだけ使ってもいいと自らが認めた表現であり、それを使った静香に驚いた」
 という発想。
 これが一番考えられるような気がする。
 誰にだって大切にしておきたい想い出や、その思い出に対しての人物だったりするものを他の人に軽々しく口にされたりすると、汚されたような気がしてしまうこともあるだろう。それを静香は感じた。
 ただ、先ほどの一瞬カッと見開いた目の説明にはなっていないような気もした。
 もう一つは、
「詩織さんの中で、お姉さんが死んだことで自分のある時間がその時で止まっていて、その時間を動かすキーワードが、他の誰かから自分のことを『お姉さん』と呼ばせることだった」
 というのはどうであろうか。
 この考えはあまりにも発想している人に都合よく考えられているようで、それこそ架空の妄想の世界ではないだろうか。
 そう思うと、静香は自分が、
「開けてはいけないパンドラの匣」
 と開けてしまったのではないかと思うのだった。
 ギリシャ神話で言われるパンドラの匣というのは、箱を開けることで、その中から疫病や争いなどと言った不幸なことが出てきてしまうというお話で、まるで玉手箱を開けてしまったことによりお爺さんになってしまった浦島太郎の話のようであるが、基本的にはまったく違う。そもそもどちらの話もその部分だけが強調されて伝承されているので、その前後、いや、物語全体に対しての評価など、一般的な人は誰も知らないのではないかとも思う。
 ただ一つ言えることは、二つの匣を渡した人は、渡された人が箱を開けるということを最初から分かっていたことに相違ない。パントらの匣を与えたオリンポスの神しかり、玉手箱を与えた乙姫様しかりである。
 だが、オリンポスの神々は匣をパンドラが明けることで災いをもたらすことを望んだのだが、乙姫様の場合は、自分たちの幸せを考えてのことだった。そもそもが前者は人間全体に絡むことであり、後者は自分たちだけの問題という適用範囲という意味でまったく違ったシチュエーションであったのだ。
 そういう意味で静香と詩織さんの間、しいて言えば死んでしまったお姉sなを含めた関係においては、玉手箱の話に近いと言ってもいいだろう。
 詩織さんがどんな思いであのような表情をしたのか分からなかったが、静香は詩織さんの表情を見て、思い出したことがあった。
――あの表情、以前にも感じたことがあったような――
 と思うと、急に身体が強張ってくるのを感じた。
 遠い記憶を遡って思い出していくと、どうしても思い出されるのが、中学時代のあの忌まわしい思い出だった。
 あの時も、相手の男が目をカッと見開いたのを覚えていたからだった。
 あの顔がしばらく頭の中から離れずに、
――永遠に忘れることなんかできない――
 と思ったのを思い出したが、不思議といつの間にか忘れてでもしまったかのように、思い出すことはなくなった。
 きっと、夢に出てこなくなったからだろう。あれだけ毎日見る夢の中の最後に出てくるところで、
「毎日の悪夢」
 として感じられ、それがこの世の悪夢から逃れるための「儀式」のようなものとして、通らなければいけない道だと思うしかないと思っていた。
 だが、夢自体、気が付けば見なくなってしまったのは、自分とすれば、気が抜けてしまったほどであったが、よかったのだとして素直に受け止めればよかったのだろう。
 悪夢など見なくなってしまうと、
――どうして見なくなったのだろう?
 と思うようにもなった。
 見ないなら見ないに越したことはないのに、どうしてそんな余計なことを感じるのか、自分でもよく分からなかった。
「見なくなるというのは、自分の中でのトラウマがなくなったからだろうか? もしそうであるなら、本当に嬉しいのだけど」
 と、自分でもなくなったという意識はない、
 どちからというと、意識していたことが記憶の方に移行して、その記憶というのが封印される場所だったということなのだと思った。
 トラウマというのは、身体が覚えているものだと思ったので、意識として忘れることはできても、身体が覚えているものではないかとも思っている。
 もし、覚えている身体が反応して、その原因がどこにあるのか、記憶を遡れば分かるのだろうが、その一瞬で分からなかったことで、自分を苦しめることになるのであれば、それは本末転倒なことではないかと思えた。
 静香は、自分の意識が封印された時、自分を襲った相手が、
――本当に男だったのかしら?
 という変な感情があった。
 思い出したくもない記憶をその時だけ思い出すことを自分に課したのだが、やはり記憶というのは意識が邪魔をするのか、おぼろげにしか出てくるものではないようで、ただ、その時に出てきた男というのが、どうも男であってはおかしなところがあるような気がしていた。
 丁子香の匂いにしてもそうだ、あれは、男性でも嗜好する人もいるのだろうが、女性らしさを感じたと思うのはおかしいであろうか。
 思い出そうとしたその時、自分の中で何かが変わった気がしたのは、その時の男は、
「もうこの世にはいないんだ」
 という思いであった。
 それは、自分にそんなことをする凶悪な男なので、きっと他にも余罪があったり、何度も似たような犯罪を繰り返すだろうと思っていた。そしてそれが発覚し、自分を追い詰めたその男が自らの命を断ったのだと考えたからである。
 だが、その割に、静香の中であの時の意識が記憶として封印されていると思うと、別の感覚が意識の中に芽生えてきたのを感じた。それが、
「あの人は本当に男だったのか?」
 という感情である、。
 あんなに強引に襲い掛かってきたのだから、男性以外の何者でもないという思いの他に、どこか女性らしいものも感じられたと思ったその感覚が、今回詩織さんとの逢瀬の中でまたしても意識として浮かび上がり、再度以前にも感じたこともある、
「本当に男だったのか?」
 という思いを再度感じることになろうなど、想像もしていなかった。
「静香ちゃんは、女性が見ても、こんなに魅力のある女の子はいないというフェロモンを持っているのよ。あなたは自分でも気づいているはずだわ」
 と詩織さんは言った。
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次