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永遠の香り

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 静香は詩織さんの腕に抱かれながら、その話を聞いていたが、その根拠になるものをすべて得たというわけではない。逆に疑問が増えたと言ってもいいだろう。特に丁子香と呼ばれるお香の香りがなぜここでしてくるのかが疑問だった。
 詩織さんの話を聞いていれば、詩織さんが自分で用意しているものではなく、彼女も時々感じているもののようだ。その香りを丁子香だと分かったという理由もハッキリとしない。自分で作った匂いでもなければ、なぜそれが丁子香の香りだと言い放つことができるのだろうか。
 丁子香の匂いというのは、普通のお香とは違うような気がした。これも今思い出したことであったが、昔に読んだ小説の中に書いてあったような気がする。しかも、昔に読んだ時、それをさらに昔の小説だという意識で読んだことだった。きっと昭和の初期の頃だったのかも知れない。今の時代では耳にすることのないものが、言葉として出てくるのは、時代背景にも印象が深かったからではないだろうか。
 丁子香の出てくる話は、確か探偵小説だったような気がする。ヘリオトロープも確かミステリーだったような気がしたので、同じ頃に読んだ別の小説だったのかも知れない。しかし、作者は同じだったような気もするが、あの頃の探偵小説家で今も本が発売されているような作家は数も少ないので、ほぼ間違いないのではないかと思えた。
 ヘリオトロープにしても、丁子香にしても、どんな場面だったのかおぼろげの記憶しかないが、どちらかは殺害現場に残されていた匂いだったのではないかと思う。どちらかというと丁子香の方がありえそうだが、静香としては、ヘリオトロープの方であってほしいような気がする。
 彼女が読んでいたミステリーというのは、殺人や犯罪を美化するところがある耽美的な小説が多かった。犯罪であれ何であれ、美というものを一番に考え、美の志向主義とでも言えばいいのか、猟奇的な殺人への美徳かとも言える。
 昭和初期にはそんな小説が多かった。一種の「変格探偵小説」と言われるもので、謎解きやトリックなどを重視したいわゆる「本格探偵小説」とは一線を画していたのだった。
 本格探偵小説もいいのだが、この時代の王道というと、変格探偵小説の方がふさわしく、美を司るという意味で、香りなどを題材にするのも一つの高度な作法と言えるのではないだろうか。
 静香の頭の中では、昭和の古き良き時代が巡っていて、今の状況を耽美主義のように感じているのに気付いていた。
 女性が女性を美しいと思うのは別におかしなことではない。最近では、BLなどと言われる男性同士の恋愛物語やマンガが同人誌などでよく描かれているようだが、女性同士というのは、美しさしか思い浮かばないのは、静香の中で小学生の頃の記憶があるからだろうか。
 詩織さんが、お姫様のようなお姉さんと、そんな関係であったのかどうか分からないが、詩織さんの中からヘリオトロープの香りを感じさせるのは、ひょっとすると、お姫様のようなお姉さんが、ヘリオトロープを使っていたからなのかも知れない。
 もし静香の想像している通り、そのお姉さんが死んでしまっていて、そのことを詩織さんが知っているのだとすると、ヘリオトロープの香りはそのお姉さんの、「遺産」のようなものであり、彼女にとっては「遺言」に似たものだと言えるのではないだろうか。
 お姉さんが死んでしまったことで、詩織さんは、その匂いがお姉さんであるという意識が離れず、
「もういないんだ」
 ということを意識しながらも、いなくなってしまったことを受け入れることができず、それを思うがあまり、匂いを自分の身体に漂わせるような力を得たのだとすれば、オカルトっぽい話ではあるが、それなりの辻褄は合っているような気がする。
 ヘリオトロープの香りについては、若干説明できない部分はあるが、納得できるような気がする。しかし、丁子香に関しては納得がいくわけでもなく、説明もできない。それを思うと、この二つの匂いが入り混じっているのは、すべてが詩織さんの影響であると言えないのではないだろうか。
――となると、この私?
 静香は、丁子香の出所を自分だと思うようになっていた。
 ただ、その根拠は何もなく、
――もし、詩織さんが原因であるとすれば、ヘリオトロープと同じ環境で出てくることはないのではないか――
 という思いからであった。
 もちろんこれは静香の思い込みであり、根拠など何もない。詩織さんにも分からないことだろう。
 ただ、詩織さんにも丁子香の匂いが分かったということは、詩織さんが自分を誘ったのは、少なくとも丁子香の香りを感じる後だったように思えて仕方がなかった。

                  女性同士

 その匂いが重なったことで、静香はその空間が普段感じたことのない別の興奮に包まれているのを感じた。ヘリオトロープの相手に従順な香りと、丁子香はその従順な気持ちを支配したいと感じる思い。
 静香が中学時代に襲われた時、その匂いを、静香も放っていたのかも知れない。
 ただ、あの時は静香だけではなく、相手の男も同じ匂いを放っていたので、静香にはその匂いを感じることができたのだが、強めの匂いを漂わせていた方の犯人は、そのことを意識していなかった。
 そのため、無意識の行動を衝動的に起こすようになり、それが匂いの感覚をマヒさせ、襲い掛かろうとしてしまう。静香はとっさにそのことに気付き、何とか相手が襲い掛かろうとしているのを防ごうとしている。
 静香は知らなかったが、相手の男は、その後、自殺していた。静香は、これを、
「夢のようなものだ」
 として片づけようとした。
 確かに相手は未遂に終わったので、それで事なきを得たといえばそれまでなのだろうが、静香が自分の中でだけ解決してしまうと、相手の男の解決は宙に浮いてしまう。
 彼は帰りついてから、自分のしたことを後悔し、さらに未遂で終わったことをよかったとも思っていた。
 しかし、このよかったという思いは、世間に対して、そして相手の女の子に対して思うものであって、自分の中でまったく解決をしているものではなかった。
 その時の犯人の男にとっては、中途半端な思いだけが怒ってしまい、その解決法としては、
「もう一度同じ犯罪を犯して、最初の犯罪への思いを打ち消してしまうか、自分自らで決着をつけるか」
 ということだけであった。
 その男は自分で死を選ぶことを選択した。
「別に未遂だったんだから、死を選ぶなんてことしなくてもよかったのに」
 と、もし彼の犯罪を知っている人がいるとすれば、そういう内容のことを言ったかも知れない。
 しかし、彼は死んだ時に、遺書を残していなかった。そのために彼の自殺は衝動的なものだとして片づけられた。
 確かに遺書がなければ本当に自殺なのかどうか、分かりづらく、本当に自殺なのかを警察も調査することだろう。
 だが、その男の場合は普段から行動がおかしく、いつも瞑想していて、そのたびに、他の人の訳が分からないと思うようなことを叫んでいるふしがあった。
「あんなやつだったので、自殺をしたと言われても、自分たちの誰に聞いてもそれを疑うという人は一人もいないと思います」
 と答えたに違いなかった。
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次