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永遠の香り

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 だが、太ももの内側だけは違っていた。ここは自分で触っても快感を得ることができる。ただ、身体が反応するほどのものではなく、心地よさを感じるのであって、まるでアロマ効果のようなものだという意識があった。
 そのうちに感じるようになったのは、
「触れるか触れないかの快感」
 であった。
 太もも以外の場所でも、触れるか触れないかの快感を得られるようになったのは、いつの頃からだろうか。確かお風呂に入った時ではなかったかと思ったが、お風呂に浸かっていて、身体が火照ってきているのを感じた時、同時にのぼせてきているようだった。
 意識は朦朧とし、その時、何かの匂いを感じた意識はあったが、記憶の中には残念ながら残っていない。残像すら残っていないのは、記憶として封印される方に行ってしまったのではないかと思ったからだった。
 匂いを嗅いだという意識は確かにあった。しかし、その匂いを思い出すことができないというのは、封印する方の記憶であって、それは決して消えるものではないと思えたのだった。
 お風呂での匂いなので、シャンプーだったりボディシャンプーのような匂いなのかと思ったが、どうも違っているようだ。これは後になって思い出したことだったが、この時と似たような記憶を思い出した。
 それは雨の日のことであったが、ちょうどマンホールの上を歩いてしまったのか、足を滑らせて、お尻から尻餅をついて、ひっくり返ってしまったことがあった。その時に身体がビクッと反応し、ビックリしてしまったことで、息を思い切り吸い込んでしまった。
 吸い込んでしまった息を吐きだすのも忘れてしまうと、その時に匂いを感じたのだ。
 その時も、
「どこかで嗅いだことがあるような匂いだ」
 と感じたのを思い出した。
 その時は、それが何の匂いだったのかすぐに分かった。それは、雨が降る予兆のあった時で、
「まるで石をかじったような感覚」
 に近かった。
 石を意識して齧ったことはなかったが、小さかった頃、走っていて、そのまま前のめりにつんのめってしまった時、顔から滑ってしまった影響で、前歯を折ってしまうというけがをしたことがあったが、その時に、アスファルトで思い切り顔をこすったことで感じた匂いだったというのを記憶している。
――あの時の匂いだったんだ――
 と思うと、石をかじったという意識も無理のないことのように思えた。
 その匂いを思い出したことで、
「きっと意識を失う前だったり、息を大きく吸い込むようなシチュエーションの時に感じる匂いなんだ」
 と感じたのだった。
 静香は、風呂場で気を失いそうになったのぼせた時を思い出したことで、あの時の匂いも石をかじったあの時の匂いに似たものを思い出したのではないかと感じた。
――匂いには、何らかの関連性がある――
 とも感じた。
 思い出せる思い出せないは別にして、一度感じたことがある匂いが、別の時に感じた匂いを思い起こさせるのは、そういうことなのであろう。
 静香はこの場所でヘリオトロープの香りを嗅ぎながら、別のことを意識しているうちに、それ以外の匂いを思い浮かべていた。
 そもそもヘリオトロープの匂いは詩織さんの身体から滲み出ているものであって、何かの媒体を介しているわけではない。この匂いも、この部屋を見ている限り、何かの匂いというわけではなく、滲み出てくるものではないかと思えてきた。
――一体、どこから匂ってくるものなのだろう?
 と思ったが、匂いの元はすぐに分かるようなものではなかった。
 匂いが入り混じっているのだが、二つの匂いが一緒に混ざり合っているというわけではなく、別々の匂いがそれぞれに感じられるかのごとく、時間差ができていた。ただ、それぞれの時間差に結界のようなものがあり、匂いを意識してしまうためか、匂いをお互いに打ち消してしまうことで、感覚をマヒさせるような錯覚を覚えるのだった。
 石をかじったような匂いを意識してしまったことで、もう一つの匂いが何なのか分かるような気がしてきた。
「そうだ、何か中国を思わせるそんな匂いだ」
 と思うと、ふと頭をよぎったものがあるのに気が付いた。
 それを逃そうとせずに思い出すことができると、その匂いがお香の匂いであることに気が付いた。
「お香の匂い?」
 それは自分をトラウマに陥れたあのかつての思い出したくもない記憶ではないか。
 なるほど、お香の香りだと言われれば確かにその通りだ。お香の香りを感じると、さらにヘリオトロープの香りまでもが強く意識されるのを感じた。
 このお香も、お香の種類までも分かりそうな気がしたが、それが自分の記憶の中にあるのかどうかもハッキリしなかった。
「何か、お香の匂いが……」
 と静香は思わず口にしてしまった。
 するとどうだろう? それを聞いた詩織さんは、休むことなく静香の身体を這いまわって愛撫を重ねていた指の動きがピタリと止まってしまった。
「お香の匂い、感じたの?」
 と聞いてきたので、
「ええ、お香の匂いって、こんな感じなんじゃないかしら?」
 というと、
「そうね。でも、これがどんなお香なのかまでは分からないでしょう?」
「ええ」
「お香にもいろいろ種類があるのよ。このお香は丁子の匂い、いわゆる丁子香と呼ばれるものなのよ」
「丁子香?」
「ええ、クローブとも言われている木の実の匂いと言えばいいのかしら? 香辛料としても使われているから、調べればいいわ」
 と言われ、確かにクローブと言われると、それが香辛料であることは知っていた。
 丁子香という言葉、初めて聞いたわけではないような気がした。あれはどこかで聞いたような響き、実際に誰かから聞いたのか、それとも本か何かに載っていたのを見たのか、自分でもすぐには思い出せなかった。
 だが、冷静に思い出してみると、それが本を読んだ時に出てきたのだということが間違いないような気がしてきた。それが恋愛小説だったのか、それともミステリーだったのか覚えていないが、静香がよく読む小説としては、恋愛小説か、ミステリーだったりする。どちらもあまり関係がないような気もするが、読んでみると、結構重なってみれるところもあって、興味深いものだった。
 小説を読んでいると、ミステリーにも恋愛小説にも、香りがテーマになっていることも多かったりする。以前読んだ小説で、SF風の小説にも匂いが絡んでいたが、逆にSF系の方が匂いをテーマにしやすいのではないかと思えてきた。
「丁子香って、聞いたような気がするんだけど、どんなものだったのか、思い出せないのよ。でも、私が丁子香を感じているというのを、よく分かりましたよね?」
 と聞いてみると、
「丁子香の匂いなら私も感じるからね。時々このお部屋で感じるのよ」
「じゃあ、ヘリオトロープの香りは?」
「それは自分の匂いなので、自分で嗅ぐことはないんですよね。一度嗅いでみたいと思うんだけど、きっと自分の顔を鏡などの媒体を通さなければ見ることができないというような感じに似ているのかも知れませんね」
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次