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永遠の香り

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 あれは、親戚の人が亡くなって、母親が通夜に列席した時に、まだ小学生だった静香を連れて行って、初めて人が死んでいるのを見たのだった。一度しか会ったことのないおじさんだったが、目の前で冷たくなってまったく動かないのだと聞くと、恐ろしさなどはなく、不思議さだけがあった。ただ、
「人が死んだら悲しいものなので、態度は神妙にして、わきまえた行動をするように」
 と言われたが、そんな抽象的な言葉、子供に分かるはずもない。
 それでもさすがに死人を目の前にすると、不思議な感覚が強く、変な行動は慎むようになっていた。
 それなのに、通夜では酒を呑んだり、死んだ人の話を嬉しそうに話をしている。そんな光景が不思議で仕方がなかった。
 静香は、少しして意識を取り戻した。別に詩織さんから何か意識が朦朧とするものを飲まされたり嗅がされたりしているわけではなかったので、意識がすぐに戻るのは詩織さんも分かっていたことだろう。
 ただ、すぐに目が覚めたという意識があったが、それが本当にどれほどの時間であったのかということは、静香には計り知れるものではなかった。実際の時間では理解できない時間だったのかも知れないが、意識がなかったのだから、何とも言えないというのが本音であろうか。
 詩織さんは、静香が目を覚ました時、何かをしていたわけではない。仰向けになって、普通に、安静というべき体勢になっていた静香を、黙って見守っているだけだった。表情はすぐには分からなかった。なぜなら、逆光になっていたからで、それは仰向けに寝ている静香にとっては、当たり前のことだった。
 詩織さんがどんな表情をしているのか、想像はできなかったが、怖いという印象はなかった。ニッコリと笑っているかも知れないし、真剣に見つめているのかも知れないが、たぶん、しばらく意識は朦朧としたままだろうと思うので、詩織さんにこの場を任せるしかなかった。
 どうして、意識が朦朧とした時間がしばらく続くような気がしたのかというと、気を失う前に言っていた詩織さんのセリフの中で、
「ヘリオトロープの香り」
 というのがあったからだ。
 実際には、ヘリオトロープの香りがどんなものなのか、知っているわけではなかった。以前に一度どこかで嗅いだような気がすると思っていたが、匂いの記憶など、そうハッキリと覚えているものではない。その意識は今も残っていて、
――ヘリオトロープってどんな香りだったかしら?
 というのが本音だった。
 ヘリオトロープ……、その花の意識は以前からあった。確か甘いバニラのような香りがするという意識と、ヘリオトロープという名前自体に何か興味を感じていたのだ。
 昭和初期の小説などに、掲載されていたような気がした。その香りがどうなったのか、その場面のプロローグ的に書かれたものだったのかも知れない。その描写が思い出せないが名前だけは覚えていたというのは、やはり名前に何か思い入れを感じていたという証拠であろう。
 ヘリオトロープという花はお店にも置いてあり、紫色の綺麗な花を咲かせるのだそうだ。
「紫色?」
 そういえば、詩織さんが好きな色だと言っていたではないか。
 しかし、花の色で紫というのは結構あるもので、静香の好きな花の中に紫が多いのも事実だった。
 だが、同じ色で同じように咲いている花でも、まったく違った匂いを発し、さらに、その効力や効果がまったく違っているものも多い。まるでまったく同じように見える人間、同じような表情に見えていたとしても、元々の人間が違っているのであれば、出てくる感情は、まったく違っているに違いない。
 ヘリオトロープの花というのは、そういう思いを感じさせ、香りによって引き起こされる人間に対しての影響を思うと、詩織さんの部屋でゆっくりヘリオトロープの香りを嗅いでいると、何かが分かってくるかも知れないという感情にも陥っていた。
 やはり気持ちを落ち着かせる高揚があるのだろう。意識が朦朧としながら、まるでクモの巣に引っかかった蝶々のように、これからどうなるか分からないという状況であっても、冷静でいられるのだ。
 香りが鼻をついているのは、決して強い香りだからではない。意識が朦朧としている分、きっと五感を研ぎ澄ませようとする本能から来ているのかも知れない。意識が朦朧としていると、目や耳はハッキリと捉えることができないとしか思えないが、嗅覚だけは違っているようだった。
 さらに触覚も鋭くなっているように思えてならなかった。なぜなら、今、神経が研ぎ澄まされていると思っているのは、普段表に出てこない感覚であるということを意識しているからではないだろうか。
「静香ちゃん、気持ちいいかしら?」
 静香の意識が戻っていることは詩織さんにも分かっているだろう。
 分かっていて、そんなことを口にしたというのは、聞こえるように言っているからで、その真意はどこにあるというのか、気持ちいい思いを相手に与えていることで、自らを満足させようという意識の表れなのだろうか。
 静香は詩織さんを見上げながら、ゆっくりと思考を詩織さんに対して巡らせていた。
 詩織さんから漂ってくるヘリオトロープの香りを嗅いでいると、何か別の香りもしてくるのを感じた。最初にヘリオトロープの香りを感じてしまったために、それがどんな匂いなのか分からない。
 同じ甘い香りでまるで保護色のようになって、嗅覚がマヒしてしまったのではないかと思ったが、そうではなかった。どちらかというとまったく正反対の匂いのような気がして、単独で匂うと、嫌いな匂いだったりするのではないかと思えた。
 その匂いをかすかだが感じ始めると、自分の身体を微妙に這いまわる何かを感じ、ドキッとしたので、
「あっ」
 という声が漏れそうになったのを、必死で堪えた静香だった。
 だが、声を出さなくて正解だった。その感覚は実に心地よいものとして身体に伝わってくる。
「気持ちいい」
 思わず声に出たかも知れない。エリオとロープの香りがまるでアロマオイルのような役目をしているようで、心地よさはそこからも来るのだと感じた。
 最初のジャスミンの香りは今は感じなくなっていた。その代わりにヘリオトロープの香りが部屋中に充満しているようで、目を開けることができなくなっているようだった。
 目を開けると、せっかくのヘリオトロープの香りが失われてしまうような気がした。ヘリオトロープの甘い香りは、ジャスミンほど濃厚ではないが、ずっと鼻に残っていくような気がしたのだ。
 静香の身体を這いまわるのが指であることは最初からの周知だったが、目を開けたくないのは、その心地よさも半減しそうな気がしたからだ。
――変態プレイの中で、目隠しをしてのプレイというのがあると聞いたことがあるが、何か分かる気がする――
 と感じた。
 こんなに心地よいところで、変態プレイなどを思い浮かべるというのは、自分にそんな羞恥プレイを望む気持ちがあるということなのかと、自分の本質がどこにあるのか考えてみたりした。
 確かに、中学時代にトラウマの残るような誰にも言えない秘密があるのだが、その秘密からどこか変態趣味な自分が生まれてきているのではないかと感じなかったこともないわけではない。
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次