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永遠の香り

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 静香が詩織さんの気持ちに沿うまで、それからあまり時間は掛からなかった。静香は詩織さんを意識しながら、口をティーカップに持っていき、詩織さんの様子を横目に見ながら、その様子を模倣するかのように、彼女がしている行動を逐次確認しながら、自分もそれに倣っているかのように行動していた。チラチラ静香が詩織さんの様子を眺めているのを詩織さんの方でも分かっているような気がした。なぜなら、詩織さんは静香が模倣し始めてから、胸の鼓動が激しくなったのが分かったからだ。
 静香も同じように胸が高鳴っているのを自分で感じることができた。胸の高鳴りが不思議な和音を奏でているようであったが、それは同じタイミングでの鼓動であるにも関わらず、その音は明らかに違っていた。静香の方が重低音で、詩織さんの方が甲高い音で、響きは中途半端な気がした。
 だが、それは静香が感じている感覚であり、詩織さんの方ではまったく違った感覚でいるのかも知れない。
 いや、まったく違ったというのは語弊がある。それは形式的なというか、音を出している立場に立ってみればということで、聞いている詩織さんの方では、静香と官学的に同じではないかという思いである。
 つまり、詩織さんは自分の胸の鼓動を重低音の響きに感じていて、目の前の静香さんの棟の鼓動を甲高い鼓動だと思っているのではないかということである。
 ひょっとすればまったく同じ音がしているのだとすれば、あとは、本人の棟の音と、他人の棟の音で違いがあるかどうかということになる。それは相手に確認しなければ分からないことで、静香のように科学に総計の深い人間は、本当は確認したくて仕方がない。
 ただ確認したとしても、それはあくまでも錯覚ではないかと言われればそれまでのことで、自分でも錯覚かも知れないという思いがあるから、これを確認することを戸惑っているのだった。
 胸の鼓動ばかり気にしていたが、静香はもう一つ気になることがあった。それはこの部屋に来る前に何度か感じた。あのバニラに似た甘い香りが漂ってきたからだ。さっきまでと少しだけ匂いの違いを感じるのは、静かな部屋で詩織さんと一緒にいて、胸の鼓動について考えているシチュエーションと、そして先ほどから漂っているジャスミンティーの濃厚な香りとが、静香の中で交錯しているからかも知れない。
 この三つの条件が揃っていることを、静香はまるで奇跡でもあるかのように思っていた。これらの条件が一つ一つでも、この部屋にいるというだけで、詩織さんがそばにいるというだけで、一足す一が二にも三にもなるのではないかと思える状況で、ここまで揃ってくると、本当に、
「夢を見ているのではないか」
 と感じたとしても、それは無理のないことのように思えた。
 指先に痺れが走り、さっきまで頭がしっかりしていて、しかもジャスミンがホルモンバランスを保たせるものであり、精神を落ち着かせるものだということを差し引いても、今の状況に静香は酔っていると言ってもいいかも知れない。
 これはアルコールによる酔いではない。ただ、かつてこの感覚を一度味わったことがあるかのように思えた。頭が朦朧としてきて、意識できるのはそこまでだった。
 すると、横で詩織さんがやっと静香を見つめて、何か言葉を発している。
「どう? ヘリオトロープの香り、するでしょう? これって、実は私の身体から出るフェロモンなんですって、自分でもビックリしたんだけど、私のかかりつけのお医者さんが教えてくれたのよ。これがあなたの特徴ですから、覚えておくといいわってね。その先生女医さんなんだけど、とても敬虔なお医者さんでね。その治療には尊敬や愛が溢れているのよ。私もすっかり夢中になっちゃったわ」
 静香さんはそういうと、立ち上がったようだ。それ以上は静香も意識が本当に薄れえてしまってその後は覚えていないのだが、意識が切れる前に思い出したこと、それは今のこの酔いが、中学の時にクロロフォルムで眠らされそうになった時、結局眠らなかったが、意識を失った時に訪れるはずの酔いだったということを意識したということだったのだ……。

                  交り合う香り

 静香は詩織さんに抱かれるようにベッドルームに移動していた。静香本人は、まるでハンモックにでも乗っているかのような揺れる快感を味わっていたが、その快感は間違いではない。静香が今まで求めていたが、口に出すことも、求めているという素振りを見せることもタブーだと思っていたのは、まわりから嫌われたくないという意識があったからなのかも知れない。
 しかし、静香はまわりから嫌われることをそこまで気にはしていなかったはずだ。どちらかというと、嫌われることに違和感はなく、
「人と同じでは嫌だ」
 という感覚と、
「世間一般という言葉や、一般常識」
 なる言葉を毛嫌いしていた傾向から、まわりに対して気を遣うなど、あまりなかったと思っていたはずだ。
 いや、それはあくまでも一般的な常識の範囲の問題であり、静香にとっても、淫靡に思えたり、猟奇に感じられたりするものは、他の人と同じ感覚で見ていると思っていたはずだ。もちろん、個人差もあり、自分には他の人よりもさらに距離を感じさせる個人差が存在していることを分かっていたからである。
 静香が普段から匂いを必要以上に感じ、匂いによってその場その場の気持ちを分析するようになったのは、自分の中にある羞恥的な感覚であったり、淫靡なもの、猟奇的なものに対しての感覚が少しずれてきたからではないか、それを誘発したのは、中学の時にあと少しでひどい目に遭いそうになったあの時の記憶が左右しているということは、自分でも分かっていた。
――もし、あのまま襲われていたら、私はどうなっていたんだろう?
 恐怖が先に立つ。
 普通に考えれば、あのまま襲われて、蹂躙され、相手がどんな男か分からないので、結末は分からないが、口封じに殺されていたかも知れない。一人の男の自分勝手な欲望のために、自分の人生を絶たれてしまったら、こんな理不尽なことはない。
「運命だったのよ」
 などという言葉でk片づけられるものではないが、こういう場面でよく言われるような言葉としての、
「まだ若い身空で、何もこんなところでしななくてもいいじゃない。これからたくさん楽しいこともあっただろうに」
 と言って、まわりの涙を誘うというような感覚とは少し違っているような気もした。
「いいこともあれば、もっと悪いことも起こるかも知れないじゃないか。どうして楽しいことだけに言及できるんだ」
 と言いたい。
 しかし、この場で悪い状況を口にするのは、不謹慎であり、涙を誘っている場面では禁句になるはずの言葉である。
 それにしても、人が死んで悲しんでいる人ばかりで、形式的なこととして、通夜があり、葬儀が営まれ、最後には火葬にされて、お骨をお墓にというのが通常の流れであるが、その途中で通夜という少し趣向の違う儀式が存在するのは、何か興味深い気がする。
 故人との最後の別れの日として通夜があるといい、食事をしたり、お酒を呑んだりして、いわゆる、
「故人を偲ぶ」
 という意味になるのだろうが、子供心に少し不思議であった。
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次