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永遠の香り

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 その日静香は、何となくこのまま詩織と別れることをもったいないと思った。詩織が自分の前でモジモジしている様子を見る限り、その思いは一層強くなってくる。
「詩織さん、どこかで休んでいきませんか?」
 と思い切って静香は声を掛けた。
「じゃあ、公園のベンチにでも座りましょうか?」
 と詩織は言ったが、それは気を遣っての言葉だったのだろうが、
「いや、それは怖いの」
 と、反射的な拒否の姿勢をあからさまに詩織に向けた。
 モジモジしていた詩織だったが、それを聞くと急に真剣になり、
「どうしたの?」
 と聞いてきた。
 明らかに静香の様子がおかしいということに気付いたのであろう。もちろん、過去に何があったかなど、詳しく話すつもりもなかったが、少なくとも自分にはトラウマがあり、そのことで悩んでいるということだけでも分かってほしかった。ただこれは一方的な意識であり、勝手な押し付けであった。それでも、詩織には分かっているのか、何も聞かずに静香の手を引っ張るようにして、歩き始めた。
 無言のまま、どれくらい歩いただろうか、足は歩くのにだいぶ疲れていたことから、結構時間が経っているように思えたが、意識としてはあっという間だったような気がする。
――どこに連れていかれるのだろう?
 という思いが強く、
「さあ、ここよ」
 と言って連れてこられたのは、こじんまりとしたマンションだった。
 こじんまりとはしていたが、静香の部屋よりも一回り大きなところであった。
「ゆっくりしていってもいいのよ」
 と言って、リビングに導いてくれて、ソファーに腰かけるよう促してくれた。
 詩織自身は、キッチンに入って何か飲み物の用意をしてくれている。どうやら香りからすると紅茶の匂いのようだった。
――よく感じるような匂いだわ――
 と、静香は感じた。
 この香りには、濃厚さがあり、甘く繊細な感じがした。さっき詩織に感じた甘さとは少し違って、こちらの方が明らかに濃厚で、しかも懐かしさを感じる。
「熱帯のエキゾチックさ」
 という表現を後で調べた時に見たのだが、まさにそんな感じなのかも知れない。
 用意が整って、持ってきてくれた時、詩織さんがその匂いの正体を明かしてくれた。
「これはね。ジャスミンティーなの」
 なるほど、確かにジャスミンというのは静香が知っている印象としては、覚醒させてくれる香りだというものだった。
 濃厚で深みのある香りは、ホルモンバランスを整える力もあるという。少しお互いに話の内容が深かったこともあって、ナーバスになった心境をほぐす香りとしては、ちょうどいいのかも知れない。
 ジャスミンにはリラックス効果、幌門バランスを整える、さらに食欲促進というものがある聞いたことがあり。それをお茶として使うのであり、カフェインも含まれていることからの覚醒効果もあるのではないかと思っている。
 何といっても香りを楽しむお茶としての代表的なものなので、好きなお茶の一つでもあった。それを出してくれるというのは、ほろ酔い気分の跡ではありがたいというものであった。
 テレビをつけてくれたが、すでに深夜番組の時間に突入していて、本来であればもう帰宅しなければ最終電車もない時間であったが、二人にはそんなことは関係なかった。詩織も静香も、今夜は一人でいるつもりはなかったのだろう。そうでなければ、詩織も静香を自分の部屋になど招くはずもない。
 ジャスミンティーの香りが部屋の中に漂い始める頃になると、部屋に入れたクーラーがだいぶきいてきて、さっきまでの湿気が吹っ飛んでいた。
 湿気がある方が匂いは漂いそうだが、元々濃厚な香りだと思っているジャスミンに、さっきまでのほろ酔いが残っていることで、鼻の通りがよくなりそうな状態で、あるからこそ、乾燥してきた部屋でも、香りが十分に漂っていると感じるのだろう。
――これ以上酔っていたら、鼻が詰まっていたかも知れない――
 と思うほど、絶妙な酔い具合だったのだろう。
 こんなに酔い方が絶妙だったことは今までにはなかった。ひょっとすると、無意識に酔い方が上手になっていたのか、それとも詩織さんの酔いへの誘導が実によかったのかのどちらかであろうが、静香は後者だったような気がして仕方がない。
 私、このお部屋にお友達を連れてくることってあんまりないのよ」
 と詩織は言った。
「私も、お友達の家にお邪魔することもほとんどなかったので、何かすごく新鮮な感じがするの」
 という言葉が自然と出てきた。
「どう、ジャスミンティーの香りは?」
「ええ、リラックスできるわね。それに何か自分でもよく分からないんだけど、ドキドキするものを感じるの。何か、時間が刻まれているようで、その刻まれている時間に、それぞれの興奮が凝縮されているような、そんな不思議な感覚」
 興奮などという言葉を、今までむやみに口にすることなどなかった。
 むしろ興奮という言葉は敢えて封印してきたような気がするくらいだった。
――これが、ジャスミンティーの効果なのかしら?
 花屋さんに勤務するようになって、いろいろな花と接してきたが、花を植物として見てきたせいもあってか、このようにお茶としての香りであったり、アロマのような別の目的で使うということを、もっと勉強したいような気がしてきた、
 幸い、学生時代からの化学や生物学的な知識があるので、元々から造詣は深かったはずである。そう思うと、ジャスミンの香りに包まれている自分が、まるで今までの自分ではないかのように思えてきた。
――私って、こんなメルヘンチックなことを考える女の子だったんだ――
 と感じていた。
 女の子としても小柄で、自分に自信が持てなかった静香だったが、その意識のせいで好きになった化学や生物学、せっかくだから、もっと造詣を深めてもいいのではないかと思うようになっていた。
 ジャスミンティーを飲んでいると、詩織さんが少しずつ近づいてきた。それまで別に会話があったわけではない。会話がなくても成立する時間があることは分かっていた。詩織さんが何を考えているのか分からなかったが、静香は何を話していいのか、実は持て余していた空間だった。
 詩織さんも同じだったのかも知れない。何も言わずに静香の近くに座り、両手でティーカップを手に持ち、お上品にジャスミンティーをすすっていた。
 その時詩織さんは決して静香を見ることはなかった。目はティーカップに絶えず注がれていて、まるで何かの到来を待っているかのように見えたが、その到来と静香が何か関係のあるものだということをウスウス静香は感じていた気がした。
 要するにタイミングであった。詩織さんの方では静香にそのタイミングを推し量ってほしかったのだろう。しかし、詩織さんはずるい。ここは詩織さんの部屋であり、主導権は詩織さんが握っているはずなのだ。だから主導権は詩織さんにあるのに、最初の口火を敢えて主導権のない静香に切らせようとしているのだ。これをずるいと言わずに何といえばいいのだろう。
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次