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永遠の香り

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「それ、私も以前同じことを味わった気がするわ。しかも、それは、今あなたに言われて思い出したんだけど、それがちょうど今お話しているそのお姉さんに関わることなのよ」
 というではないか、静香はますます興味を持って、話に聞き入っていた。
 詩織さんは話を続ける。
「そのお姉さんね。年齢的には高校生くらいのお姉さんだったんだけど、私にはかなりのお姉さんに見えた。大人のお姉さんという感じね。当時私は今のように大きかったわけではなく、小柄な方だったの。そうね、今の静香ちゃんくらいだったかしら? だから私もその頃までは自分が性同一性障害を持っているなど、想像もしていなかったの。それに比べてお姉さんの凛々しい姿は、結構背も高くて、真っ白いドレスをいつも着ていたんだけど、本当に似合っていた。毎回、ウエディングドレスを着ているような感じと言えばいいのかしらね。そんなお姉さんがある日いうのよ。『私は病気なので、こんなウエディングドレスを着ることができないかも知れないので、詩織ちゃんに私のウエディングドレス姿を目に焼き付けていてほしい』ってね。それを聞いて、私はものすごい重荷を背負ってしまった気がしたわ。でもなぜか嫌な気はしなかった。お姉さんがそれを望むのであれば、私は構わないと思ったのね」
 詩織の話に静香も目を瞑って聞いていて、見たことない光景であるはずなのに、不思議とイメージは湧いてくるのであった。
「私、その話を聞いて、このお姉さんこそ、ずっと生き続けてほしいと思ったの。このままおばあちゃんになっても、ずっとウエディングドレスを着ていてほしいというような思いね。でも、実際にはそうではなく、このお姉さんなら永遠に年を取らないような気がしたの。そう思うと、自分が今感じてしまったことを激しく後悔したわ」
「どうしてですか?」
 静香は詩織さんの回答は分かっていた。
 分かっていて聞いたのだ。
「それはね。永遠に年を取らない。つまりそこで命が終わるということを暗示しているからなのよ」
 その回答はまさしく静香の考えていた通りの答えであった。
 まるで詩織が、そのお姉さんの望みを見抜いていたような気がした。
「そのお姉さんは、自分が死ぬことを分かっていたのかしらね?」
 と静香がいうと、
「そうかも知れない。運命には逆らえないと思っていたのかもね。でもね、そう思えば思うほど、人間というのは、その運命の恐ろしさには逆らえないことがどういうことなのかを悟って、恐怖におののくものなんじゃないかしら? 私は時々お姉さんと一緒にいて、その表情が変わっていくのを感じたことがあるわ。まるでこの世のものではないような、満月を見て変身するオオカミ男であったり、昼と夜とでまったく違った性格を一人の人間が共有しているジキル博士とハイド氏のお話のようにね。だから、私もその時に自分の身体の中にある、別の性別に気付いたのかも知れない。でも私は男性としての性に気付いてもいたんだけど、決して女性としての性別を否定はしていないのよ」
 とまた不思議なことを言い出した。
「それは一種の多重人格のような感じなんですか?」
 と聞くと、
「そうかも知れないわね。ある時は女性になって、ある時は男性になる。それは憧れが嵩じたことなのかも知れないと思ったけど、お姉さんを知ってしまったことで、憧れだけではないような気がしたの。確かに自分の中に男性を感じるようになって、その頃から私の身体は大きくなっていって、どうかすると、骨格も男みたいに感じられる時があるくらいなんだそうで、学校で健康診断を受けたりした時など、先生が不思議な顔をすることもあったわ。そこで問診もあるんだけど、先生は思春期の相手にどこまで聞いていいのか分からないみたいで、却って戸惑っているのを感じるくらいになっていた」
「そうなんですね。ところで、そのお姉さんは結局どうなったんですか?」
 と敢えて話題を変えるように静香は言った。
「どうなったのか、実は分からないの。ある日突然、その別荘が売りに出されていて、お姉さんも執事の人もメイドさんも、皆さん煙のように消えてしまった。私はまるでキツネにでもつままれたような気がしたくらいになったんだけど、存在したのは間違いのないことなので、お姉さんはそのうち自分の前にまた現れるという感覚でいたわ」
 という詩織に、
「本当に?」
 といかにも信じられないという心境で静香は聞いた。
「ええ、本当よ」
 と悪びれもなく答える詩織を見て、
――これは疑う余地などなかったわ。余計なことを考えてしまって、詩織さんに申し訳ない――
 と感じたくらいだった。
 詩織さんの話を聞いていると、何か同情的な気持ちになってきた静香だったが。それは静香の生い立ちにも関係があるような気がつぃた。今まで家族の愛情というものをhとんど知らずに育ってきたと思っていて、しかも、友達らしい友達、ましてや親友などという者もおらず、男性に対してはトラウマがあるために、彼氏などはとんでもないと思っている。そんな静香だったので、詩織にはまるで実の姉のようなイメージを抱いており、その詩織がかつての自分の話をしてくれたということは、ひょっとすると自分に対して心を許してくれているのではないかと思うのだった。
 だが、詩織に対しての気持ちが果たして同情だったのだろうか? いや、そうでないことはこの後の気持ちを考えれば、同情だけでできることではないと言えるだろう。この後このまま食事が済んで帰るのかと思いきや、詩織は次第にモジモジとし始めたのを感じた。そんな女性を静香は今までに見たことはない。しかも相手はあの詩織である。
――私の前でこんな姿勢を示すなんて――
 という思い、同情だと思っていたことが、次第にいじらしさに変わっていった。
 どっちが姉の立場なのか分からない。
――そうか、今の詩織さんは、中学時代のあの頃を彷徨っているのかも知れない。ひょっとするとあの時に戻って、この私のあの「お姉さん」だと思っているのかも知れないわ――
 と感じた。
 この思いは、静香にも分からなくない気がしてきた。
――詩織さんは後悔しているわけではない。後悔というのは、自分が何かをしようとして、そのことに対してするものだ。詩織さんは何もしていない。何かをしようと思う前にそのお姉さんはいなくなったんだわ――
 静香も本当の後悔というのをしたことがない。例えば中学の時、襲われた時も、本当であれば、
――あんな道を通らなければよかった――
 と思うはずだが、そんなことを考えなかった。
 いや、考えないようにしていた。考えても仕方のないことだし、まわりの誰にも知られていない自分だけの問題なだけに、後悔などしてしまうと、その態度をせっかく隠しているまわりに知られてしまう可能性がある。
 まさに昔考えていた、
「足が攣る」
 という状況を思い起こさせる。
 どんなに痛くても、知られてしまい、余計なことをいろいろ勝手に想像されて、傷口に塩を塗るかのような状況を、自ら作り出してしまうことを恐れたのだ。
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次