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永遠の香り

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 バニラのような甘い香りを感じた。お店ではどうしても他のお花の匂いと交ってしまうので、ハッキリとその匂いと限定してしまうのは難しかったが、初めての匂いではないのは確かだった。
 二人は、お互いのことを少しずつ話したが、その話は差し障りのない話に終始した。まだ歓迎会というだけ、知り合って間のない二人である。話が差し障りのないものになるのは当然のことである。
 詩織さんの方も育ってきた環境について少し話したくらいだったが、それは詩織を知ることができるまでの内容ではなかったが、知り合ってすぐにお互いの話をする最初という意味では適格な話だったに違いない。
 ただ、少し酔いが回ってくると、詩織さんがいきなりカミングアウトしてきたことに静香はビックリさせられた。
「私ね。実は性同一性障害じゃないかって思うのよ」
――性同一障害――
 話には聞いたことがあった。
 生理学的に、肉体は女性なのに、男性ではないかと、つまり肉体的な性別を自分で意識することができなくなるようなそんな話ではなかったか。
 実際にそのことで悩んでいるという人が身近にいるような話を聞いたことがあったが、
「私には関係のないことだ」
 として、一切かかわることをしなかったので、その人を無視していたと言ってもいい。
 元々、自分と性格が合わなかったり、話が合わないと思った人とは自分から遠ざかっていたところのある静香なので、無理もないことではあった。
 だが、そんな人がいるということで、その人自身というよりも、性同一性障害について少し調べてみたことがあったが、人間には、本能的に自分を肉体的な性別として意識をして、その性別の向上に勤めようとする意識を持っているものだという本能のようなものがあると認識していた。
 だが、人によっては、その自分の肉体的な性別に疑問を感じ、精神的には別の性別を欲しているということに気付く人もいる。
 しかし、世間一般としては、あくまでも精神と肉体の性は同じものだという意識があるので、性同一性障害に関しては差別的な見方をされることも多いだろう。
 ただ、それは自分の身体を自分のものでありながら、違う身体として意識してしまうという感情を、
「気持ち悪い」
 という意識で見てしまう人もいるからではないだろうか。
「世間一般、一般常識」
 なる言葉を静香がもっとも嫌悪しているのは、そんなところにも理由があった。
――人にはそれぞれの考えがあって、世間一般で一括りにはできない人もいる。そんな人を差別してしまい、排除することは私にはどうしてもできない――
 という感情であった。
 だがら、静香には詩織のカミングアウトを気持ち悪いとは思わない。むしろ、会ってまだ間がない自分なんかに、
「よく話してくれた」
 と、感動しているくらいである。
 静香も、その時、自分のトラウマについて話をしようかと思ったが、せっかく詩織さんがカミングアウトしてくれたのだから、自分の話で余計な着色を加えてはいけないと判断したので、その話はまた後日ということで、いずれ話すつもりとして、その日は封印しようと思ったのだ。
 詩織の身体から、その甘い香りをさらに感じたのは、カミングアウトの話を彼女が始めてからだった。
「私ね。中学生の頃だったか、近くに住んでいたお姉さんがいて、その人から好きだって告白されたことがあったのよ。今のように都会で育ったわけではなく、海の近くにある田舎町で育ったんだけど、その人は令嬢と呼ばれるにふさわしい人で、まるで西洋のお城に住んでいるお姫様という感じの白いドレスでも来ていると似合う感じのお姉さんだったの。その人は、別荘に住んでいて、どうやら何かの病気だったらしいんだけど、お姉さんが病気だったので、お父さんがその別荘を購入して、お姉さんの療養に使っていたというのね。医者もそういう田舎での療養が必要だっていう話だと聞いたわ」
 とそこまで言うと、詩織はビールに口をつけて、一口口に含むように飲んでいた。
 さらに話を続ける。
「そこには、一人の執事のようなおじさんがいて、中学生だった私が一人で学校から帰ってくるのを待ち構えていたようで、声を掛けてきたの。どうやら、お嬢さんのお友達になってほしいということだったんだけどね。私はそれが嬉しかった。別に怪しいという感覚はなかったし、きっとお姫様に憧れていたのかも知れない」
「執事がいるなんてすごいわね」
「恰好はいわゆる燕尾服だったので、勝手に執事と思い込んでいただけかも知れないけど、確かに別荘に行くと、そこにはメイド服を着た女性のお給仕をしてくれる人も結構いたので、本当にお城のお姫様って感じだったの。最初はまるで夢を見ているんじゃないかって思ったくらいよ」
 と、詩織は言った。
 確かに話を聞いているだけでは夢のような話だ。昭和の頃であれば、あったかも知れない話だが、詩織の中学時代というと、そんな昔のことではない。何しろ、自分とはそれほど年齢差があるわけでもない、ほぼ同年代と言っていい年齢ではないだろうか。
 そんな詩織がいうには、
「そのお姉さんの家には花壇があって、そこでたくさんのお花が飼育されていたの。お姉さんがいうには、自分が病気なので、動物は飼うことができないということで、それではということでお花でいっぱいにしようということになったそうなの。それを聞いてその花壇に行くと、まるで植物園に行ったみたいな、高級感と異国情緒のようなものを感じたわ。まさにその場所のイメージにピッタリきたという感じね」
 と言って、詩織さんは目を瞑って、その時の光景を思い出しているかのようだった。
 その時、また彼女から甘い香水の香りを感じた。
――これで何度目だろうか?
 と思ったが、話も途中だったので、意識を戻して彼女の話を聞いていた。
「その時に、私は紫色の花が思ったよりもたくさんあることに気付いたわ。その一本一本について説明をしてくれたわけではないけど、その時からかの知れないわね、紫という色が好きになったのは」
 そう言って、また瞑想しているかのような表情になった詩織さんだった。
 そんな詩織さんを横目に見ていて、やはりどうしても気になったので、思い切って聞いてみることにした。
「詩織さんは、今日何の香水をつけているんですか?」
 と訊ねると、詩織は一瞬我に返ったように、雰囲気が一変し、静香の顔を凝視した。
 その表情には、
――この子、何を言っているんだろう?
 とでもいうかのような不可思議なイメージを感じているかのような雰囲気だった。
 詩織さんは、頭を傾げながら、
「香水? 私は香水なんかつけていないわよ」
 という。
「えっ? そうなんですか?」
 と、静香が素っ頓狂な声で言ったので、詩織さんも不振に思ったのか、スルーすることができないと思ったのか、
「どういうことなの? 何の匂いがするというのかしら?」
 と聞いてきたので、
「何か、バニラのような甘い香りがするのよ。その香りは、初めて感じるものではなく、今までにも何度も感じたことのある匂いだったので、香水なのかなと私が勝手に思い込んだだけなんですけどね」
 と静香は言った。
 それを聞いて、詩織さんは少し考えていたようだったが、
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次