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永遠の香り

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「形があるものって、必ず壊れるっていうじゃない。でも色は褪せることはあっても、壊れるという発想はないというのが私の思いなんだけど、おかしいかしら?」
 どうも、話をしていて、詩織さんとどこか噛み合っていないように思えた。
 だが、詩織さんの方ではかなりの饒舌で、どうやら静香の話を理解しながら話を進めているようだった。
「人にはいろいろな考え方があって、最初からすべて歯車が噛み合うというのは難しいことなのよ」
 と、高校時代の先生が言っていたが、あの時の言葉を思い出して、
――こういうことが言いたかったのか――
 と思っていた。
 色にしても形にしても、抽象的なものであるのには違いないと思う。話の中だけではまったく違うものを想像してしまってもしょうがないことだろうし、ハッキリとそのものを限定してしまわない限り、これは交わることのない平行線を描いているだけにしか過ぎないだろう。
 そんなことを考えていると、詩織さんという女性を見ていて、
――何となく初めて会った気がしないのは、気のせいだろうか?
 と思えてきた。
 こんなに大人の女性を見るのは初めてだし。実際にここまで背が高くてスラッとした女性も初めてである。今までに会ったことがあったかも知れないなど、想像としても、かなりの奇抜な気がした。
「静香ちゃんは、小柄で本当に可愛いわね」
 と言って、髪を撫でてくれたが、この感覚も何か懐かしいものがあった。
 だが、懐かしさよりも、今の状況を楽しみたいと思っている自分がいるのも事実で、
「詩織さん」
 と思わず、漏らした声が、堪えていた声が我慢できずに漏れてきたという、そんな雰囲気に感じられた。
 それから数日間、詩織さんからの教育が始まった。いろいろ教えてもらっているうちにかなり打ち解けてきたような気がしたが、自分では何かおかしな気がしていた。
――詩織さんとは、最初から打ち解けていた気がしたのに、それでもまだまだ打ち解けていく感じがあるのは、最初から勘違いしていたからなのか、それとも、打ち解けるという感情が果てしないものなのか、どっちなんだろう――
 という思いであった。
 こんなに人のことが深く果てしなく感じられるなんて初めてだ。
 いや、初めていうのはおかしい。逆に恐ろしさが果てしない感情を持ってくるというのは、今までに何度かあった気がする。
 本当は最初で最後のはずのあのトラウマを生んだ。暴行未遂事件が静香の中で一番果てしない人間の深い部分を感じさせていたように思う。ただそれは相手の怖さではない。あくまでも自分というものの奥にあるものが果てしなく、そして怖いものだった。
 ということは、、今回感じている詩織さんへの今までに知らなかったはずの、何度も感じたことがあった感情も、自分の中を見ているということになるのではないだろうか。
 それを思うと、静香は詩織という人間を介することで、自分の奥を見つめようとしているのかも知れない。
 最近までずっと学生だったので、初めて働くという環境を、自分がどんな気持ちで迎えることになるのかということを、こわごわと感じていた。
 今までも静香は、こわごわと感じている時は、逆に楽しみな感情が表に出ていた。楽しみな感情が表に出るからこそ、怖さが滲み出てくるのだ。この感情は別に珍しいことだとは思わない。他の人にもあることで、その大きさは人によって、まちまちなはずではないだろうか。
 何がそんなに怖いのか、そして怖がるということは、楽しみの裏返しであり、楽しみな時ほどドキドキするのは、それだけ恐怖を裏側に持っているからではないだろうか。
 静香は、詩織と一緒にいながら、ドキドキしたものを感じていた。それは詩織も自分に対してドキドキしているのが分かるからだ。詩織は何も言わないが、それはきっと静香が何も言わないからだろう。詩織を見ていると、彼女は相手が何かを言わないと、自分から言い出す方ではないような気がする。
「詩織さんという女性は、相手が何か行動を起こさないと自分からは動かないというそんな積極性を持っているのではないだろうか?」
 と感じた。
 矛盾しているように思うが、相手に最初の一手を打たせておいて、その状況を見ることで自分が何をすればいいか把握することで、思い切り積極的になれるタイプの女性ではないだろうか。
 最初から自分の直感で積極的になれる人も確かにいるが、それは裏を返せば無鉄砲であり、自分で責任を取ることのできない、無責任な人間ではないかと思う。
 気持ちのキャッチボールは必要だが、最初に投げてくれたボールを、自分が支配するというのも、これほどしっかりした積極性もないような気がする。
 詩織さんという女性にそんな積極性を感じると、
――この人についていってもいいと思える人ではないだろうか――
 と思えてきた。
「詩織さん、今度一緒にご飯でも行きませんか?」
 詩織に対しての第一球目のボールだった。
「ええ、いいわね、何が好き?」
「一度焼き鳥屋さんのようなところに行ってみたいんですけど」
 というと、
「うん、いいわよ。静香ちゃんは覚えもいいし、私はとても助かっているわ。ご褒美をあげないと思っていたくらいなのよ」
 と言ってくれた。
――まるでお姉さんのようだわ――
 肉親に対しては、ほとんど愛情を感じたことなどなかった静香だったので、兄弟がほしいなどと思ってはいけない人間なのだと思っていた。
 それなのに、こんな身近で血の繋がりなどまったくない人に、こんな感覚になるなどなかったことで、
――血の繋がりって、何なのかしら?
 と、真剣に感じるようになった。
 本当の肉親というのは、相手に気を遣うことのないお互い寄り添うことのできる人であり、その感情は不変のものだという感覚があった。
 静香の思い込みが激しいからなのかも知れないが、それだけではないような気がする。思い込みというのは、一つの感情であっていいはずだからである。

                  ヘリオトロープの香り

 詩織の言っていた、「今度」というのは、あっという間に訪れた。翌日に電話が入り、その日シフトで入っている静香の仕事が終わってから、一緒に夕食を摂ることになった。別に名目などは何も必要ではなかったのだが、
「静香ちゃんの歓迎会」
 という名目だった。
 もちろん、お店としての歓迎会は別にやるのだが、二人でやる歓迎会というところに意義があるということでの名目が、詩織には必要だったということである。静香に異論があるわけではなく、却って名目をつけてくれる方がありがたかった。違和感を抱かずによかったからである。
 その日の詩織はいつもの可愛らしいスカート姿ではなく、珍しくズボンを穿いていたその姿はいかにも凛々しく、背が高いだけに特に似合って感じられた。シャツの色はトレードマークの紫だったのも、静香を喜ばせた。
 それともう一つ気になったのが、何か甘い匂いを感じたことだった。
――何の匂いだろう?
 お店でもこの匂いを嗅いだような気がする。
作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次