メデゥーサの血
「私は、今までにいろいろな学術的な研究を行い、その後政界に進出した。政界では以前の軍国主義というか、帝国主義とは打って変わって、占領軍による民主主義というものが入ってきた。それは利権を貪る一部官僚や政治家のための体制であり、国民のほとんどは欺かれているのではないかと思ったのだ。戦争が終わって、復興に向かっている時代なので、そのことに国民はなかなか気づかない。政治中よりもマシだという考えがどうしてもある。それは占領軍によって、洗脳されたものなのだろう。要するに国民全部がアメリカという秘密ではないが秘密結社のような大木か勢力にマインドコントロールされているんだ。赤魔術十字軍は確かに血も涙もないような軍団だったのかも知れないが、彼らの目的はそんなアメリカによる民主主義という悪しき体制の打破だった。彼らは失敗したが、その遺産として例の女性ホルモンを生み出した。私はそれを盗みだして、本当はこんなことはしたくなかったが、世間を欺くために赤魔術十字軍をこの世から抹殺した。そして、時代が流れていくのを待ったのだ。やっと、その時代が到来しようとしている。それが、正幸君の台頭なんだよ。正幸君は赤魔術十字軍の首領を両親に持っているんだ。総統と呼ばれる父親に教祖と呼ばれた母親。この二人の中に隠れていた正義の血を、正幸君は受け継いでいる。今こそ彼は立ち上がるべきだ。そのために私は政治の世界に入り、敢えて軍資金を集めてきた。その金もかなり溜まっているし、君は知らないかも知れないが、例の老人もかなりの資産を持っていた。赤魔術十字軍の遺産と言ってもいいだろう。金銭的には国家に対してクーデターを起こしてもいいくらいのものはあると思っているが、土台作りがこれからになる。だから、わしは敢えてこの秘密を君に正直に話し、これを機会に民主主義という悪しき体制を崩そうではないか」
と、天王寺博士は、工藤教授に話した。
工藤教授も心の中では、この民主主義という世の中を憂いていた。ただ、民主主義のおかげで世の中の復興が進んでいるのも事実である。それをいきなり今ぶっ潰してしまうのが得策なのかどうか、考えねばなるまい。
「もう少し考えさせてください」
とさすがに冷静沈着な教授のようだ。
「ああ、ゆっくり考えればいい。しかし、私は君の協力がなければ、この考えを達成することはできないと思っている。ひいては日本国民のためだ」
と、天王寺博士は言った。
天王寺博士に対して、今まで何度その人の印書が変わっただろう。まるでカメレオンのような人ではないか。
最初は赤魔術十字軍を壊滅に追い込み、社会問題を解決した学術的天才だった人が政界に躍り出るという、ちょっと何を考えているか分からない人だった。だが、そのうち老人の考えから、天王寺博士は悪人だという意識が芽生えてくる。しかし、老人が死んでしまうと、今度はその老人の今際の際の話によって、実は天王寺博士も同胞であることを知る。しかも、あれだけ世間を騒がせた赤魔術十字軍という秘密結社も今から思えば、
「必要悪」
だったなどと言われてしまうと、頭が混乱してくるのも無理もないことだった。
だが、工藤教授がその老人の話を完全に鵜呑みにしたわけではないが、すべてが明らかになったように頭の中がつながったことで、天王寺博士の言っていることが、白日に晒されることを感じた。
「これが俺に託された天命なのだろうか?」
と工藤教授は考えていた。
だが、この思いは工藤教授を通じて、正幸にも受け継がれた。女性ホルモンのアナフィラキシーショックは、回復してからその人に大きな力を及ぼす。赤魔術十字軍がその道のプロ集団だったというのも、その効果からだろう。
正幸は現在、工藤教授の助手を続けながら、その才能がどんどん開花していく。学校を出ている出ていないは関係ない。ホルモンの効果ですでに、助教授くらいまでの力は兼ね備えている。
だからと言って、助教授になる気はなかった。
「どうせなるなら、秘密結社の首領なんだろうな」
と思っているからだ。
今の正幸はそこまで考えられるほどになっていた。
正幸は、この女性ホルモンのさらなる発展を研究材料にしていた。助手という立場ではあったが、助手としての仕事よりも、こちらが主であった。
この薬を開発したのは、元々は老人であった。老人は赤魔術十字軍の中で、首領格ではないのに、唯一洗脳されなかった人間だった。洗脳する必要がなく、洗脳される人が目指すべき性格と考え方だった。
天王寺博士はそれを知っていて、なぜ相談せずに盗み出すことにしたのか、それはきっといずれ潰さなければならなくなる赤魔術十字軍を憂いてのことだったのだろう。それに正直に話しても、あの軍団が信じてくれないだろうという意識があったからだ。
世間体としては、あの軍団を潰すしかなかったのは、天王寺博士としては苦渋の選択だったに違いない。
自分の意志を誰にも言わず、悟られないようにしようと思ったのは、潰してしまわないといけない軍団に対しての贖罪のようなものだろうか。
だから、工藤教授にも、老人にも何も言わなかった。天王寺博士は敢えて、火葬的になったのだ。
いずれ老人が女性ホルモンを盗みにくることも、そしてそれを工藤教授に見せて、解析を依頼することも分かっていた。分かっていて敢えてやらせたのだ。
どこかの段階で工藤教授には正直に話し、協力を依頼するつもりであった。その時期が今やってきて、有働教授も戸惑いながら協力してくれている。今の段階としては、まだ始まったばかりということもあって、正幸による秘密結社の結成であろう。
正幸は両親の遺志を継ぎ、老人の遺志を継ぎ、そして天王寺博士と工藤教授のバックアップという最強の力を得て、秘密結社の創設に邁進している。軍資金の憂いは何もない。自分たちの時代が夜明けを迎えようとしているのだ。
「こんな今の俺を、あの世の両親や老人はどう思ってくれているんだろうな」
と正幸は考えた。
敢えて「あの世」という言葉を使ったが、天国ではないと思ったからなのだが、天国と地獄という概念は、まずこの世にあるということぉ自覚しているからだろう。
「今の世の中だからこそ、天国も地獄も両方見ることができるんだ」
と思い、正幸は自分がそのどちらも見たような気がしていた。
ただ、地獄だと思うそんな時代も自分のまわりには老人がいて、工藤教授がいてくれた。幸運だったと言えばそれまでなのだが、人というのは、考え方によっていくらでも発想を変えることができるというものだ。
民主主語を自由だと言っているが、本当の自由は、個人個人の頭の中にあるものなのではないか。そう思ってくると民主主義の限界をどこかで示して、ぶっ潰す必要がある。ただ潰すだけだと先がないので、先の時代に通じるものを模索する必要があるのだ。それが一番難しい。ぶっ潰すことはさほど簡単ではないが、問題はその後になるのだ。
そのことを天王寺博士も工藤教授も、死んでいった老人も分かっていた。そして今新たな体制の目となっている正幸も感じているところである。