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メデゥーサの血

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 どうやら、天王寺博士が工藤教授に共同研究を依頼したようだ。だが、二人にはそれなりに因縁があったはずだ。老人が盗み出した女性ホルモンの件を、天王寺博士は知らぬものと思うが、そんな天王寺博士の依頼に対して、よく工藤教授が従ったのかが不思議であった。
 あの老人との研究を行うにおいて、ある程度の女性ホルモンに対しての研究結果は出てきたが、老人の望む結果になっていなかった。それは工藤教授にしても同じことで、
「何か一つ、歯車が噛み合わないんだよな」
 と工藤教授がいうと、
「そうなんだ。わしも何か釈然としないものがある」
 と言って、とりあえず工藤教授の中でできるだけ時間を見つけてさらなる研究が続けられたが、結果はあまり変わらなかった。
 やはりm何か決定的に欠けているものがあるのだろう。
 そんな状態が数年続いたが、老人はそれから三年ほどして病気に罹り、この世を去った。一緒に暮らしていた少年、つまり赤魔術十字軍の首領を両親に持つ少年が、天涯孤独になったことで、工藤教授が引き取って育てている。
 工藤教授が父親代わり、奥さんが母親代わりとなっていたが、少年にとって初めて親ができた感覚だった。くすぐったいような気がしていたが、工藤教授も奥さんも優しいので、何不自由なく育っていた。
 彼は、高校すら出ていなかったが、工藤教授の息子として、研究室で助手のようなことをしていた。本人は自分なりに一生懸命に勉強し、助手なら務まるくらいにまで成長していた。
「教授、よかったですね。こんなに大きな息子さんが一緒に研究してくれるなんて羨ましいですよ」
 と他の助手から言われて、
「そうか、やはり嬉しいものだな」
 と、冷静沈着な工藤教授にしては、手放しで喜んでいた。
 工藤教授と奥さんの間には、一人女の子がいて、今は高校三年生になっていた。少年が二十八歳になっていたので、少し年の離れた兄妹ということで、血のつながりがないだけにこの年齢差は新鮮だった。
 少年の名前は正幸という。老人が死ぬまで、実は工藤教授は少年の名前を知らなかった。老人が名前を呼ばなかったからである。
 いつも、
「おい」
 とか、
「お前」
 とかしか言わないので、教授もそれ以上何も聞かなったのだ。
 工藤教授は老人が死ぬと、正幸を養子にした。奥さんも悪い気はしなかった。息子が欲しかったというのもあったからだ、ちょうどその時正幸は二十五歳だった。
 娘は名前を美幸と言った。美幸がちょうど十五歳、二人の年齢差は十歳だった。年齢差が縮まることはないが、お互いに成長していけば、実際の年齢差は次第に意識することなく、お互いにそれほど歳の差を感じることがなくなっているようだった。
 正直に言えば、正幸にとっては初恋だった。確かに養子縁組はしたが、お互いに血のつながりはないのだから、結婚への障害はないだろう。
 確かに正幸が首領の息子ということは誰にも知られていなかったが、一人の老人に育てられたというだけで、正直なところのハッキリした経歴はまったく分かっていない。教授も奥さんもあまりそんな世間体を気にする方ではなかったことは、正幸にとって幸運だったのかも知れない。
 美幸も正幸を義兄というよりも、
「頼りになる年上の男性」
 として見ていたようで、お似合いと言えばお似合いのカップルであった。
 正幸には夢があった。
「俺、実は両親のこと、何も知らないんだけど、何となく分かる気がするんだ」
 と美幸に呟いたことがあった。
「そう。どんな人だったのかしら?」
 と美幸が聴くと、
「口で表すにはあまりにもの人たちだったんだ。でも、俺にはその血が流れている」
「じゃあ、あなたもその血を受け継ぐというの?」
「そのつもりはないんだけど、俺の身体には、それとは違う意識をもたらす別の血が流れているんだ」
「それはどんな血なの?」
「俺には、カリスマ性があり、ある種の人を引き付ける力があるんだ。それを俺は前一緒に暮らしていたご老体から接種されたんだ」
 どうやら、正幸は老人から例の「女性ホルモン」を摂取されたらしい。
 ということは、工藤教授にその女性ホルモンの正体が分かったということなのだろうか?
 いや、工藤教授はその女性ホルモンの正体は最初から知っていた。この薬は人を殺すこともよみがえらせることもできる、両面での力を持っているからだった。
 そして、赤魔術十字軍が利用していたこの組織において、洗脳するためのマインドコントロールには、アレルギーとしてのアナフィラキシーショックが使われていた。
 普通、アナフィラキシーショックを引き起こすと死に至るほどの恐ろしいものだが、女性ホルモンによるアナフィラキシーショックは、接種しても人を決して殺めることはない。逆に免疫だけが出来上がり、その免疫を共通性のあるものに変えることで、人を一つの方向に制御できるという特性を持っていた。
 だから、人によっては、アナフィラキシーショックで一旦心臓が止まってしまうことで死んでしまったと思う、アナフラキシーショックなので、誰も疑わない。しかし、すぐにその人は蘇生する。そして、教団のための人間として生まれ変わるのだ。時代が時代だったので、死んだと思った人の死体が消えていても、警察沙汰にはなるだろうが、社会問題とまではならなかった。それが教団としては世間の盲点をついたと言えるのではないだろうか。
 そんな薬を老人は自分が死ぬ前に彼に接種した。
 もちろん、工藤教授も立ち合いの元である。彼はその時意識があり、自分なりに抵抗したのだろうが、それもかなうはずもなかった。しかし、この薬は接種してアナフィラキシーショックを起こした時点で、過去の記憶で覚えてはいけないとされる部分は消えてしまうのだ。
 だから、接種を強引に受け、そしてアナフィラキシーショックを受けて、死にそうに思ったことも、すべて記憶から消えていた。ただ、ホルモンの接種を受けたということを、工藤教授から聞いただけだった。これが老人の遺志であり、遺言のようなものだと教授から聞かされた。
 どうやら、その女性ホルモンを使って正幸を新たな秘密結社の首領にしようという何かの力が働いているようだ、それがひょっとすると老人の遺言だったのかも知れないが、正幸は自分たちの親ほど冷徹ではない。何と言っても千五の混乱期とは時代が違うのだ。
 民主主義という世界の中で、ただ一つ言えるのは、民主主義にも限界があるということだ。民主主義の基本は多数決である。自由競争である。そのためにどうしても問題になってくるのは、
「格差社会」
 という問題であった。
 自由であるがゆえに、格差社会という問題は見逃されがちになる。
「自分さえよければそれでいい」
 そんな社会になってしまうのだ。
 本当にそれでいいのだろうか。正幸はいつもそれを考えていた。その発想は老人が言っていたことで、その意見には工藤教授も同じであった。
 この気持ちを工藤教授が持った時、以前まで天王寺博士と一つの歯車が狂っていたと感じたことを思い出した。天王寺博士は、そんな工藤教授を受け入れてくれ、彼が今まで考えていたことを話した。
作品名:メデゥーサの血 作家名:森本晃次