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メデゥーサの血

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 政治の世界のことは、正直天王寺博士には分からなかった。そのほとんどは優秀な秘書にやらせていて、演説の文章もまず考えたことはない。政治家のほとんどはそんなものだと知ったことで、
「自分にもこれならできる」
 と思い、政治家への道を模索したのだろう。
 だがやってみると、思った以上に面白い。自分の考えてもいなかったことがどんどん起こるし、お金だって、別にほしいと言わなくても勝手にまわりが持ってきてくれる。こんなおいしい商売、あったものではないと思ったが、それも学者としての今までの努力があったからだと、天王寺は勝手に思っていた。
 国会での質疑だって、作ってくれた内容を読み上げればいいだけで、元々、質問も回答も事前に用意してあって、相手に示しているので、いわゆる出来レースのようなものだ。野党から何かを言われても、
「知らぬ存ぜぬ」
 で押し通せばいいだけだ。
 それでダメなら辞職すればいい。そうなったらそうなった時で、別に困ることはない。科学者としての権威を振りかざせばいいだけだった。それだけの実績は上げてきたし、しょせんは実績が勝負なのだ。
「世の中なんてしょせんはそんなものさ」
 と、完全に世の中を舐め切っているのだった。
 そんな天王寺博士も、最初から政治に打って出ようなどと思っていたわけではない、政治に出るとお金が儲かるという話を聞いたことで、
「自分の研究に必要な資金稼ぎになればいい」
 と考えていただけだった。
 しかし、実際に政治活動をしてみると、そう簡単にやめられそうもない。本当に楽しいのだ。学者だけではなく、一般企業の社長など、公共事業を請け負いたいが一心でへこへこを頭を下げてくる。
 今までこんなに優越感が楽しいとは思ってもみなかった。自分が元々優越感に浸りたい人間だということは分かっていたが、ここまでの優越感を感じたことはなかった。一度嵌ると抜け出せないぬるま湯に、完全に浸かってしまったのだ。
 工藤教授はどうであろう?
 工藤教授は、父親も大学教授だった。戦前から軍部と関わってきて、実際には甘い汁を吸っていたところがあり、いつも家に将校たちがやってきては、父親に頭を下げていた。
 父親は、尊敬に値する学者だった。だが、時代が父親の頭脳を兵器として利用した。爆弾であったり、火薬やそれ以外の薬物開発にも従事していたところがあった。その研究熱心さは、兵器開発でなければ、誰からも尊敬されていたであろう。
 父親が開発した戦闘機が海軍航空隊に採用され、いよいよ軍部での力が増してくるかと思っていると、戦局が危うくなり、研究所に詰めていたところ、空襲に遭って、帰らぬ人となってしまった。その頃には工藤教授は大学院に進学していて、
「自分もお国もために、たくさんの兵器を開発できるような人間になりたい」
 と思っていた。
 完全に父親の考え方を踏襲していたが、戦争も終わると、工藤教授は、放心状態になっていた。
「俺はこれから何をすればいいんだ?」
 という思いでいっぱいだった。
 実は、赤魔術十字軍が結成当初、まだハッキリとした軍団となる前、彼らのスタッフとなるべき、
「頭脳」
 を模索している中で、工藤教授もその一人にリストアップされていた。
 天王寺博士もその名前があったのだが、二人はそれぞれまったく違う理由で、赤魔術十字軍に参加することがなかった。
 工藤教授の場合は、放心状態になったことで、躁鬱症の気が出てきて、それまで燻っていた感情が表に出てきた。それを見た幹部が、
「感情が身体を凌駕してしまい、肝心な時の決断力や判断力に問題がある」
 という理由で、彼の勧誘は実らなかった。
 天王寺博士の場合は、彼の才能や発想に関しては申し分なかったのだが、彼の内面のカリスマ性があまりにも大きすぎて、軍団に入ると、争いの目になりそうなことは目に見えて明らかだったことから、
「こんな厄介な人間を入れるわけにはいかない」
 ということで、早々に彼も軍団入りを却下された。
 それぞれに優秀ではありながら、悪の結社としては、あまりにも代償が大きいと考えたのか、二人に話はなかった。
 しかし、まさかその数年後、そのうちの一人の天王寺博士に、表から潰されることになるとは思いもしなかっただろう。
 二人のことを軍団で最初にリストアップされていたという事実は、二人は知らない。二人の素行調査の時点で、早々に入団を却下されたからだ。
 後に残った事実として、天王寺博士は入らなくてよかったと言えるだろう。それはもちろん、世の中の側から見てのことで、軍団とすれば、
「あの時に入れておけば、こんなことにはならなかったかも?」
 と思った人もいるかも知れないが、それはあくまでも結果論であり、もしあのまま博士が入団していれば、もっと早く博士に腹から食い破れていたかも知れないと言えなくもないだろう。
「後からでは、何とでも言える」
 とは、まさにこのことではないだろうか。
 工藤教授にしてもそうである。工藤教授ほど、無難に安定した教授生活を送れている人もいないだろう。そういう意味では波乱万丈に見えるいつも表舞台に立っている天王寺博士とは違うところに教授はいる。
 その二人を見て、どちらがいいのだろうかと思う人も少なくない。当時の研究者会では、二人に対しての意見は結構割れていたように思えた。
 工藤教授にとって、自分の人生は自分のものであり、基本的にまわりはあまり関係ないと思っている。研究にしても、
「誰かのために」
 などという意識はむしろ少ないだろう。
 別に熱血漢でもなく、冷静であるがゆえに、普段からコツコツ努力することを苦にも感じずにいられるのかも知れない。
 そんな工藤教授の楽しみは、家庭菜園だった。それは、公私ともに認めることであり、研究員からは、
「さすが工藤教授、いつも冷静でいられるのは、家庭菜園のような趣味を持っているからなのかも知れませんね」
 と言われていて、家では奥さんから、
「あの人の家庭菜園は今に始まったことではないです。私との結婚前からあの人は趣味でやっていましたよ」
 と言っていた。
 つまり、研究室でも自宅でも、同じように家庭菜園に精を出していたのだ。
 他に趣味と言って何もない工藤教授だったので、それくらいの趣味はあってないようなものだった。酒やゴルフ。釣りなどのレジャーではなく、一人でコツコツできる家庭菜園はいかにも工藤教授と思わせた。
 これは、意外と誰にも知られていないことであったが、工藤教授が家で栽培しているものと、研究所で栽培しているものが同じものだということだ。
 専門的に難しい名前のようだが、それだけに誰もそのことに気付いている人はいなかった。
 もっとも、工藤教授は家に研究員を呼ぶことはまずなかったし、家族の人が工藤の研究室に来ることはなかった。少なくとも、同じ家庭菜園を始めてからは、どちらも一度もなかったのだ。
 ただ、実はこのことを知っている人が一人だけいた。これは教授が自分から話をしたことであり、二人の間での絶対の秘密になっていた。この秘密を言い始めたのは、その相手であり、その人のいうことであれば、工藤教授は結構聞いていた。
作品名:メデゥーサの血 作家名:森本晃次