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メデゥーサの血

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 三人は胡坐をかいて、楽な姿勢を取っていた。
「どうじゃった? ちょうど一週間、わしの思った通りの期間だということは、間違いないと思っていいんじゃろうか?」
 と老人が男にいうと、
「ええ、間違いありません。例のクスリでした。あれでしから、こちらにも設計図がありますので、作ることはできます」
「なるほど、やつらが作っているのは、わしが見ると、結構面倒なことをしているようだが、どうじゃな?」
「ええ、その通りです。こちらの設計図の方が簡単に抽出できます。やはり同じものを作ってはいるんですが、あっちのはまがい物だと言ってもいいんじゃないでしょうか?」
「よし、分かった。じゃあ、これの大量生産は任せよう。それほど費用もかかるまい」
「ええ、ご老体の手を煩わせることなく、我々でもできます。こんなに分かりやすい設計図を作ってくれたんですからね」
 と男は言った。
 青年は少々浮かぬ顔で男の顔を見ていたが、それを察した老人が、
「どうしたんだ?」
 と聞いたので、正直に聞いてみた。
「今の会話を聞いていると、何だか、お爺さんはあのクスリについてよく知っているように思えましたはどうなんでしょう? わざわざ盗み出したのは、その秘密をこちらも知ることで同じものを作ろうとして、この方に相談しているのかと思いましたが、どうも違うようだ。こっちも設計書があって、こっちの方が安価でできるなど、まるで同じものを同時に作っているかのように聞こえますが」
 と聞くと、老人はニコニコ笑って、
「そうだよ。同じものをこれからこっちでも作ろうというのは間違ってはいない。だけどね、最初にあのクスリを開発したのはわしらの方なんじゃ、やつらはわしらからあの技法を盗んで、勝手に悪用しているんだ」
 と言った。
 青年は、老人に恩があるので少し困惑していた。聞いているだけでは、お互いに盗みあっているだけで、どっちもどっちに聞こえたからだ。
 すると男はその気配を感じたのか、
「まあ、お坊ちゃんが怪訝なお顔をされるのも分かる気はしますが、どうです、ここはせっかくなので、我々を信じてみては」
 と、仰々しい恰好をしているわりに、案外と楽天的のことをいう。
 サングラスも外して足も崩したのだから、緊張感は完全に解けていた。
 それにしても気になったのは、どうしてこの男がこの青年のことを、
「お坊ちゃん」
 と呼んだのかということだ。
 この青年は、自分がよく分からなくなった。
――そういえば、ずっと気にはなっていたが、聞いたことはなかったな――
 ということがあった。
 それはこの老人が最初に自分の前に現れた時、
「お前のお父さんを知っている者だ」
 と言ったことだ。
 老人が懸念していたように。彼は自分の親が悪の秘密結社の首領だったということを知らない。彼らは自分の子供に危害が加わらないように、密かに他の人に預けていたのだ。それが預けられた人たちが首領の息子だということを知って、冷たくなり、少年が自分から出ていくように仕向けたのだ。
 こちらから意地悪して追い出すのは忍びない。何とか少年が自分から出ていくようにすれば、自分たちに罪悪感はなくなるだろうという考えだった。
 だから親のことは一切話さず、子供の意志で出ていくように仕向けたことで、息子はどうして出ていかなければいけないのかということを悩みながらも、運命だと受け止めて出ていった。
「捨てる神あれば拾う神あり」
 拾ってくれたのが、この老人で、老人は実際に優しいのか、それとも厳しいのか分からなかった。
 それでも少年が二十歳近くなってくれば、
「爺さんが言っていることや、自分にしてくれることがすべてこの自分のためだ」
 と思うようになると、もう両親のことはどうでもよくなってきた。
 自分が働いて二人で食っていけばいいと思っていて、そのほとんどはその日暮らしだった。
 しかし、老人はその日暮らしの中に、何かを企んでいるのは分かった気がした。このままその日暮らしで終わる気がないということは分かった気がしたが、具体的にはどういうことなのか、よく分からなかった。
 だが、最近になってこの爺さんは、自分の想像を絶するような行動をすることがしばしばあった。
 今回のことでもそうだが、それ以前にも何度かあったが、それは単独で終わっていたので、それが継続性のあるものであれば、何か気にしたのだろうが、それも後から分かったこととして、それらの単独のことも、今回おことの前哨戦であったのだ。
「わしには、実は野望というものがある。こんな年寄りが何をいうかと思っているのだろうが、わしだって若い頃には大いなる夢を持っていた。実際に夢を叶えられるところまで行っていたと思っている。叶えたと思った瞬間に、指の間からすり抜けて行ったという感じであろうか。お前にはまだ分からないだろうが、大きな目標を持って、それに向かっていくのは、本当に素晴らしいことだ。毎日がまるでバラ色に輝いているような気がするんだ。いずれお前にもその気持ちを味わってもらうことになるので、楽しみに待っているといい」
 と言って老人は応えた。
 少年はどう答えていいか分からずキョトンとしていたが、それがおかしかったのか、ギャングの男はニコニコしている。
 少年は今までに夢というのを持ったことがなかった。親とはほとんど一緒におらずどこの誰なのか分からないが、育ててくれた祖母祖父に対して、定期的にお金を送ってくれているくらいだった。
 それも、困るようなことのない額で、金銭的に少年が困ったということはない。しかし、その祖父が死に、祖母が亡くなると、天涯孤独になった。死んだ祖父の蓄えがあったのと、少年自身の不屈の精神のようなものがあったことで、老人と出会うまでは何とか生き延びてきた。
 この不屈の精神というのは、ある意味できっと両親の遺伝なのかも知れない。少年は本当の両親を知らなかったが、自分が考えているよりも、よほど偉い人ではないかと思っていたが、その思いにそれほど大きな違いがあったわけではなかったのは、彼の勘がいいところがあったからかも知れない。
 少年はある程度両親からの遺伝を受け継いでいるのではないかと老人は思っている。
「わしは、お前の親の知り合いだ」
 と最初に言っていたが、それは間違いではない。
 かなり親密な関係であったが、この老人が組織の中でどれほどの役目を持っていたのかということは、明らかになってはいなかった。嫌疑も掛けられず、投獄も処罰もなかったのだから、中枢にいたわけではない。ひょっとすると、両親がこの少年のために遣わしたお目付け役のようなものだったのかも知れない。
 首領が死んだということ、いわゆる処刑されたということは、人づてに聞かされた。新聞には小さく掲載されていたが、詳しくは分からない。ショックではあったが、実際の自分の役目がここからだと感じた老人は、首領の死を糧に、少年を立派なオトコにしようと考えた。
 ただ、それがどのような「立派さ」なのかは、老人の気持ちにしかない。一般社会に貢献するという意味での立派なという意識なのか、それとも両親の意志を継ぐという意味での立派なことなのか、老人はどう考えているのだろう?
作品名:メデゥーサの血 作家名:森本晃次