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メデゥーサの血

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 新規開発の女性ホルモンには、恐ろしい副作用があった。次第に脳細胞が侵されていくというもので、死に至る場合もあれば、死なないまでも、意識は完全に封印され、一度掛けたコントロールは、本当に制御不能になるだろう。
 ただ、制御不能になった時、コントロールを掛けた時の掛けた人間の感情が乗り移っていて、燻っているのだ。そういう意味で、本当に何が飛び出すか分からない。特に博士のように上ばかりしか見ていない人間が、一体何を普段考えているのか、想像もつかないところが恐ろしいと言えるのではないだろうか。
 博士が開発に気を付けたのは、何しろ女性ホルモンなので、見た目の肉体的に、そして精神的にも女性化してしまわないように気を付ければいけない。そのあたりは抜かりなくやったつもりであったが、実際にはそうではなかった。
 女性の中には、女性を好きになる人もいる。いわゆる「レズビアン」であるが、彼女たちの特殊な嗅覚や感性は、男性が女性を好きになるよりも、鋭いのかも知れない。
 博士が女性ホルモンを注入し始めてから、そんなレズビアンの女性の中に、別に見た目も雰囲気も女性らしさを感じない博士に対して、身体や気持ちが反応していることに気付くのだった。
「そんなバカな」
 と、彼女たちは感じるのだろうが、実はそんな女性たちは、大神製薬には多かった。
 そもそもレズビアンではなかったはずなのだが、これも何か開発するためにモルモット代わりにされた、いわゆる生体実験の女性たちは、女性に対しての感情が突出していた。そのため、博士が作った女性ホルモンに反応してしまったのだ。
 彼女たちを作り出したのは、博士自身なので、自業自得というべきなのだろうが、博士はまさかそんな状況になっているなど思いもしなかったので、ずっと最後の方までその変化に気付いていなかった。
 しかも、博士のような天才肌は、自分が失敗しているなどということを絶対に認めようとしない。したがって、自分が失敗しているということに気付くまでに、相当の時間が掛かる。
「誰が見ても明らかだ」
 という時点になって、やっと気づくくらいのものだ。
 しかもさらに悪いことに、そんな状態になっても、自分が間違っていたということを認めたくないという思いが働くことで、すべてが後手後手に回ってしまう。
 そうなってしまってはもう後のまつりで、そんな薬を開発した時点から、狂い始めた歯車はもう元に戻すことのできないところに行ってしまったのだ。
 ただ、これは最後の方のお話。その頃はまったく異変に気付いていなかった博士は、自分の開発した女性ホルモンを使って、どんどんマインドコントロールを推し進めていったのだ。
「これで完璧だ」
 と思い、やっと自分の野望が果たせると思った博士は、ニンマリとほくそ笑んだのであった。

                  野望

 赤魔術十字軍の首領と、宗教団体の教祖であった降天女帝とは、同じ日に処刑された。首謀者のほとんどは同じ日に、同じ処刑場で処刑されたのだが、特にこの二人は時間的にもあまり変わらなかった。
 実は二人が逮捕されて分かったことだったのだが、この二人は夫婦だった。実際に子供もいて、当時十歳くらいだっただろうか。今ではもう成人していて、立派な社会人として働いているのだろうが、そのことはほとんど誰にも知られていない。
 二人が世間を騒がせた首領ではあったが、二人の正体、つまり、普段の名前は生い立ち、さらに家族構成などはまったく公表されていない。いくら稀代の悪党だとしても、その家族のプライバシーは守られるべきだという考えであるが、さすがに彼らが処刑されるまでは、その家族は公安の監視下にあった。
 公安は、秘密結社の再結成を極端に恐れた。なぜなら、組織の幹部を逮捕し、拘束できたのはよかったが、彼らの本当の目的や、それに対しての準備が、どこを探しても見つからなかったからだ。これほどの大罪を犯しておきながら、その目的は曖昧だというのは考えられない。幹部や首謀者の逮捕というのは、仮の出来事であり、本当はその裏で大きな陰謀が暗躍しているのではないかと思ったのだ。
「おい、お前たちの本当の目的は何なんだ?」
 といくら問い詰めても口を割らない。
 少々の幹部程度では、その目的を本当に知らないようだった。
――ひょっとして、逮捕されたこの幹部連中。本当は替え玉なんじゃないか?
 とさえ考えた捜査員もいたくらいに、彼らは捕まってからが神妙だった。
 今の世の中は、戦後の混乱とはだいぶ変わってきた。(ここでいう今というのは、戦後二十年くらいの、いわゆる高度成長時代の入り口くらいの時である)
 そんな時代に入ってくると犯罪も、それほど凶悪の度合いはなくなってきたが、ちょくちょく毎日のように小さな犯罪は起こっている。
「それだけ時代の流れが早いということか」
 と思っている人も多かったことだろう。
 戦後の混乱期は、有無も言わせずの混乱期で、犯罪発生も仕方のないものに思えたが、当時の高度成長時代も確かに仕方ないと言える事件も多かったが、作為的なものが多いのも事実だった。
 それだけに、犯罪の規模も小さくなり、陳腐なものも結構あった。記事にするのも恥ずかしいくらいの記事もあり、例えば食い逃げなどの事件であっても、戦後であれば、食料が致命的になかったのだから仕方のないことだが、高度成長期には、しようと思えば何とでもできたはずだ。逆に戦後であれば、捕まらなかったような小さな犯罪スタ謙虚される。警察という組織もノルマがあるということか。
 そんな時代に二十歳そこそこで彷徨っている一人の男がいた。これが、赤魔術十字軍の首領と、教祖の間の子供であった。
 彼は、最初こそずっと一人だったが、途中で一人の老人と出会い、一緒に暮らすようになった。彼がいうには。
「俺はお前さんの父親を知っているものだ。悪いようにはしないから、一緒に住まわせてはくれまいか」
 と言ってきたのだ。
 もう少し余裕があれば、一人でもよかったのだろうが、背に腹は代えられない。この老人と一緒に暮らすようになった。
 この老人は、身体が思うように動かないようで、まるでせむしのように腰を曲げていて、見るからに三頭身の珍竹林なのだが、頭は冴えているようだ。それも悪知恵に関してはかなりのものがあるようで、特に身体が不自由な中で一人で暮らしてこれるのだから、それなりに知恵を持っていなければ今頃はのたれ死んでいたかも知れない。
 それを思うと、この老人が無性に勇ましく見えた。やはりここまで落ちぶれてしまうと一人よりも二人の方がいいのかも知れない。
 二人は六畳一間の部屋を借りて、二人で住むことにした。この青年がその前にどこにいたのか、そして老人がどこから来たのかはこの物語には直接関係ないので、割愛することにしよう。
作品名:メデゥーサの血 作家名:森本晃次