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メデゥーサの血

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 もう、その頃になると、赤魔術十字軍の首領格の死刑囚たちの処刑は行われていて、残存する分子も、その活動をする者はいなかった。世間の方でも事件が陰惨だったわりには、忘れるのも早い。人間の心理とはかくいうそんなものなのかも知れない。
 天王寺博士は一人で何かを研究することが多かった。政治に参画するようになって、歴史の勉強も始めた。本格的に政治への関心を深めたのかも知れないというウワサも流れ、どこかの県の県知事を目指しているとか、新党の結成を目論んでいるのではないかとか、人によっては、将来の首相の椅子を狙っているのではないかというウワサまで聞こえてくるくらいだった。
 実際に天王寺博士がどこまで考えていたのか分からないが、ある日、参議院議員を辞職するという爆弾発言を言い出した。理由としては、
「大神製薬の社長に就任する」
 ということだった。
 元々、大神製薬にはアドバイザーのような形でいろいろ助言したり、博士の発明品の特許を取り、博士に還元していたりした関係があったが(この頃は許されていた)、大っぴらに社長就任となれば、参議院議員の職を辞することも必要だったのかも知れない。
 このニュースはトップニュースとして取り上げられた。新聞記者から、
「政治の世界に未練はないのですか?」
 という、ベタな質問もあり、
「ないと言えばウソになりますが、今は製薬会社で自分の力を発揮することで、多くの命を救いたいと思っております」
 という話をした。
 天王寺博士くらいの人がいうのだから、皆その言葉に納得した。そして、
――製薬会社を大きくしたという実績を元に、また政界に戻ってくるんだろうな――
 と思っていた。
 ただ、一般市民は天王子博士が、裏で内閣の相談役のようなことをしていることを。それは今まで通りで、いわゆる表向きになっている議員という仕事を辞するだけのことだったのだ。
 製薬会社の社長に就任することで、民間企業の経済力と、内閣相談役という地位を用いて、さらに天王寺博士の存在は、裏の世界ではどんどん大きくなっていった。
 大神製薬は、天王寺博士が社長に就任してから、さらに業績を増やしていった。社長自ら考案したとされるクスリが発売されるようになると、またしても、社長は時の人となった。継続的に社会の注目を浴びることはなかったが、定期的に社会の注目を浴びる。この方がインパクトは強いのではないだろうか。そんなことが三年くらい続いただろうか。さすがにこのパターンもマンネリ化してくると、『オオカミ少年』の域を出なくなってしまうからだ。
 大神製薬は博士の力で日本で最大の製薬会社に上り詰めた。戦前からあった大手製薬会社を抜いたのだ。これも、博士の考案したクスリのおかげで、名実ともに博士は知名度をさらに上げた。
 この頃になると、今まで影で行っていた内閣の相談役という仕事を大っぴらに行うようになった。
 その記者会見で、
「今度は内閣の相談役ということでのお仕事ですが、抱負のほどはいかがでしょう?」
 と、ありきたりな質問に、誰もが当たり前のような答えしか想像していなかったが、
「抱負と言われてもねえ。実は今までも影でやっていたんだよ」
 と、ため口のように呟いた。
 これに対して、記者会見場でざわめきが起こった。そのざわめきは大きなものではなく、重低音で、地響きすら感じるほどだった。その雰囲気にどこか恐ろしさがあり、事の重大さが含まれていた。
 確かに内閣の相談を受けていたとして、それが別に罪になるわけではないのだが、博士の言い方があまりにも思わせぶりだったこともあって、そんな雰囲気になったのだ。
 それをまわりの人は、博士の失言だと思った。博士が口にしてはいけないことを口にしてしまった。しかも、それを曖昧な、そしてこぼすような口調で話したことは、今までの博士にはない特徴だったのが、皆を仰天させた。
 ただ、これも博士特有のやり方で、高等テクニックの一つであった。別に何でもないようなことを、さも大事件のように印象付けることで、博士が今度引き受ける相談役がどんなものなのかを、国民には理解できないだろうということが言いたかったのかも知れない。そこにどんな意味が含まれているのか、当の博士でなければ分からないのだろうが、博士にはそれなりの思惑があり、政治への参画を裏付ける何かがあるに違いない。
 そこまで考えていた人はいないと思うが、博士のその発想が国民のためであってほしいと、もし気付いていた人がいれば、そう感じたに違いない。
 大神製薬に、特赦で釈放された、元赤魔術十字軍の幹部たちが入社してきた。そのことを気にしている新聞記者も若干だがいたのだが、彼らが疑問に感じたのは、
「どうして社長に就任した天王寺博士はそれを許したのだろう?」
 というものだった。
 幹部の方も、組織を潰された恨みがあるはずだ。天王寺博士と釈放された幹部とはいわば犬猿の仲のはずだ。その人間関係がどう入り組んでいるのか、表からは見えない大神製薬という会社の闇に感じられた。
 だが、大神製薬の成長は止まらなかった。今まで社長が自ら新薬の開発に関わってきたが、元幹部が入社してきたことで、開発を彼らに任せ、自分は社長業に専念した。
 元々赤魔術十字軍は幹部といえども、科学者だったり医学者だったりしている。彼らは上から下まで天才肌のインテリ軍団だったのだ。
 博士のカリスマ性というのはかなりのものだった。
 元々大学をトップで卒業し、大学院に残り、研究者としての道を進み、若干三十歳で博士号を取るなどの天才的なところを見せつけた彼は、
「医学界の寵児」
 ともてはやされた。
 そのうちに天文学、心理学とその研究の幅を増やしていった。
 普通であれば、一つのことに突出している人が幅を広げても、あまり意味がないように思われたが、博士の場合はそうではなかった。
 手を広げたところでどんどんその才能を発揮し、素晴らしい業績を残すとともに、その学問の発展に対しても大いに貢献していたのだ。
 そういう意味で、博士が政治に参画した時は、世間ではビックリしていたが、彼のことをよく知る学者たちは、
「彼なら大丈夫」
 と皆が皆思っていたことだろう。
 そんな天王寺博士に対して、やっかみがなかったとは言えない。研究者や学者というのは、えてして自分が一番だという自分至上主義の人が多いのは分かっている。そんな連中に博士が目障りに感じたのも無理はないだろう。
 今では博士も心理学を勉強したおかげで、マインドコントロールを行うことができ、まわりの目をごまかすこともできるようになっていた。
 ちょうど心理学を勉強していた頃というのが、赤魔術十字軍の中で宗教団体としての降天女帝が活躍していた時代だったというのは、皮肉なことだろうか。
 赤魔術十字軍の幹部というのは、そのほとんどが反社会的勢力側の人だった。つまり宗教団体としての勢力は、教祖として降天女帝が一人で仕切っていたと言ってもいい。もちろん経理的なことや営業、宣伝的なことのスタッフはいたが、決定権などはなく、そのすべてを教祖が把握していたことになっていた。
作品名:メデゥーサの血 作家名:森本晃次