メデゥーサの血
「それに月というのは、太陽と地球の角度によっていろいろな変化をもたらす。しかも規則的にですね。地球も月も、公転もしていれば自転もしているんです。だから、そんな現象になるわけで、しかも、海における潮の満ち引きも、月の引力に関係していると言われていますよね。つまり太陽であれば、光や生命の源として我々に活力を与えてくれますが、月であっても、同じことなんです。それは諸刃の剣でもあり、一歩間違えると、悪に利用されることもあるということです。何しろ自然の力なんですから、逆らうことはできないでしょう」
と、博士は言った。
「じゃあ、その共通性を発見したことで、博士はその力が赤魔術十字軍によってもたらされた災いだと思われたわけですか?」
という質問に対して、
「もちろん、最初から目星はつけていましたが、確証がありません。でも、こうやって月の満ち欠けを理由にすると説明ができるんです。逆にいえば、やつらの仕業だと感じたから、月の満ち欠けが信憑性を帯びてきたと言えるかも知れません」
博士の話を聞いていると、新聞記者たちは、
「うーん」
と言って、下を向いたきり、なかなか顔を上げることができなくなっていた。
「そこまで分かったとして、今後我々はどうすればいいんですか?」
というリアルな質問になった。
「彼らはかなりの自信を持った集団です。そんなやつらには今のままではまったく隙のない者を相手にしなければならなくなります。しかし、こっちが相手の秘密を少しでも知っている。理解しているということを見せれば、そこからちょっとした綻びができて、その綻びがやつらを追い詰める力になるかも知れません、策を練る人は自分がすることは分かっていても、相手が同じことをしてくるとは思っていないものですからね。それが油断なのかは難しいところですが、そうやって相手をジワジワと追い込んでいかないと一筋縄ではいかない相手なので、今のところ、それ以外の手段はないように思えます」
と言って、まわりを見た。
「もちろん、今のセリフはやつらに聞かれてはいけないセリフになるんですけどね」
と追加していった。
新聞記者たちは各々理解しながら、
「うんうん」
と頭を下げながら、記事をまとめているようだった。
その日の記者会見の模様は大体そんな感じで終わったのだが、時間が長かったわりには皆あっという間に終わったと感じているかも知れない。それほどこの時の会見はすのすべてが神秘に満ちていた誰も想像もしていなかった話だったに違いなかった。
悪魔の組織である赤魔術十字軍、彼らの運命は風前の灯と言っていいのか、その日、天王寺博士の記者会見を聞いた人の中で、そんな風に感じた人が果たして何人いたことだろう。きっと実際に風前の灯だと感じていた人がいたとすれば、天王寺博士だったのではないだろうか。
「本当の未来は神のみぞ知る」
と言われるが、相手が悪魔の化身であれば、天王寺博士は神だったのかも知れない。
天王寺博士はその後警察のアドバイザーとして就任した。警察では、今回のテロに対して、特別捜査班を形成し、特殊精鋭部隊を招集した。それはレンジャー部隊の様相を呈していて、普通の警察捜査よりも踏み込んだ捜査権限が与えられていた。例えば、テロ組織の一員に間違いないと思われれば、逮捕も家宅捜査も、令状なしに行えるというほどのものだった。
もちろん、一般国民にはその存在は隠された。しかし、彼ら組織、いわゆる地下組織に属しているようなところは、その情報を握っていた。彼ら地下組織の諸団体からしても、赤魔術十字軍の存在は鬱陶しいものだった。彼らが暗躍するたびに、
「こっちがやりにくくてしょうがない」
と思っていたことだろう。
世間では地下組織に対しての警戒が強くなり、ちょっとしたことでどんどんしょっ引かれるようになると、彼らにとっても死活問題になっていた。彼ら地下組織にとっても、赤魔術十字軍は、
「仮想敵」
としての存在感を十分に果たしていた。
つまり、赤魔術十字軍は、地下組織全体の仮想敵であり、警察組織からも狙われていたのである。
そこへ天王寺博士の分析結果が出てきた、彼ら赤魔術十字軍にとって、彼らの行動パターンである、
「月の満ち欠け」
に関連したことを見抜かれると、その力は半減してしまう。
そんな半減したところへ、地下組織の仮想敵となり、パワーアップした警察組織とも敵対しているのだから、彼らの運命は、この時点で風前の灯だと言ってもよかったのかも知れない。
そんな中で、次第に赤魔術十字軍内部で綻びが出てきた。
元々二部構成になっているのが、彼らの強みだったのだが、それも見抜かれ、完全に丸裸にされてしまった感覚を持った降天女帝は、すでにその神通力を失いかけていた。
そのため彼らの双璧であったバランスは崩れ、次第に宗教団体としての力は薄れていった。
反社会的勢力だけが残ったとしても、それは他の地下組織と何ら変わりはない。彼らには宗教団体としての後ろ盾があったことで、他の団体から仮想敵とみられながらも、迂闊に手を出せなかった理由だったのに、その神通力がなくなってくると、あとは、地下組織の中に埋もれてしまって、次第に弱体化していく。
その理由として、警察の特殊部隊の内偵班が、彼ら内部に潜入し、いろいろな警察のウソのウワサを流すことで、彼らを混乱させた。そんな内部崩壊を招くような状態になったところに、地下組織からの攻撃を受ければ、彼らもさすがにひとたまりもなかった。
内偵の中でかつての犯罪集団が行った悪事の数々。そして実行犯の名前などが記されたノートを持ち出すことに成功し、弱体化した組織への捜査が本格化してきた。犯罪集団に加担した者はすべて逮捕され、拘留、起訴、そして裁判を受けることになったのだ。
何と言っても、国家へのテロ、いわゆる、
「国家反逆罪」
にも等しい連中に、法律も改正され、彼らを裁くだけの十分な法体制は出来上がっていた。
後は、裁判でいかに判決が出るかということだった。
暗躍
求刑のそのほとんどは死刑であった。検察側はそれだけの事実も証拠も握っていた。裁判は完全に検察側有利に進み、何と言っても国家転覆を狙うテロ組織として、世間は推定死刑だったはずだ。
したがって、裁判で死刑判決に至らなければ、逆に問題になったであろう。
「やつらが何年かして出てくれば、まだ逮捕されずにくすぶっている連中や、ひょっとするとまだ何かを隠していて、釈放されればその時点で彼らが息を吹き返したりすれば、同じことが起こる」
として怖がっていた。
また別の意見として、
「彼らがアッサリ捕まったのは信用できない。まだ何か恐ろしいことを企んでいるのかも知れない。死刑にしなければ、俺たちは安心して枕を高くして寝ることができない」
と言っている者もいた。
まさにその通りであろう。
確かに、天王寺博士の切れ味鋭い推理と、他の地下組織と警察とのローラー作戦で彼らを撃滅はできたが、これが果たして本来の姿だったのかというと、誰もが一抹の不安を持っていた。