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メデゥーサの血

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 しかし、誘拐というのは実に卑劣な犯罪だ。人一人の人権を無視して、さらってきて、脅迫という力によっていうことを聞かせる、そんな非人道的な犯罪は、殺人に匹敵することだろう。
 さっそくこの文章は警察に届けられ、これを掲載するかどうか、警察内部で審議された。
 これはマスコミを巧みに使った国家テロのようなものだと主張する人は、
「こんなものを国民に出したら、パニックになって、彼らの思うつぼではないですか?」
 という説もあれば、
「いや、彼らが声明文を送り付けているんだ。しかも堂々と。それを公表しないということは、彼らを怒らせることになる。もっとひどいことになりはしないか?」
「というと?」
「また、どこかで女性の行方不明者の死体が見つかるという……」
 そこまで言って、それ以上口にするのが恐ろしいのか、そこで話を止めた。
 しかし、一日いったいどれだけの人が行方不明になっているというのか、特にこの時代は戸籍もハッキリしておらず、誰が行方不明になっても、果たして届ける人がそんなにいるかというのも問題だ。誘拐された人が誰なのか、限定できないのでは、どうしようもない。
「一体、誘拐されたというのは本当のことなんだろうな?」
 といまさらそんなことを言う警察幹部もいるくらいなので、警察内部でもこの事件に関しての温度差はかなりのものではないだろうか。
「当たり前じゃないか」
 と、それをいさめるというか、罵倒する声も聞こえた。
「しかし、誘拐というと身代金などを要求してくるのが普通なのに、そんな要求はないじゃないか」
「当たり前じゃないか。やつらは、こっちが誰か分からないところを面白がってやがるんだ。身代金目的でもなんでもないんだ」
――いまさら何を!
 話をしていて、苛立ちがピークに達しそうであった。
 とりあえず、声明文はマスコミからではなく、警察からの記者会見という形で行われた。実はそれがまずかったのだが、それは、記者会見場が混乱したからだった。彼らの声明文をまともに読み始めると、最初は、
「おお」
 などという感嘆が起こったが、そのうちにその内容に誰も口を開く者はいなくなった。
 その内容に驚愕したというのも一つであるが、あまりにも人をバカにしたような文章に、自分で言っているわけではない発表者に、読み終わった後に浴びせられる怒号もあった。
 さすがにすぐに、大人げないと思ったのか、誰も怒りをあらわにすることはなかったが、今度は驚愕が襲ってきたようだ。
 しばらく静寂が起こった後、今度は質問のあらしだった。
 被害に遭った人が実際にいるのか、そして、被害者がいるのであれば、捜索は?
 などという質問であった。
 だが、警察は何も掴んでいないので、その旨を正直に言うと、またしても怒号のあらしだった。
「この間の声明文に対してもまだ何も分かっていないんでしょう。警察は一体何をやっているんだ」
 警察側も記者会見を開くということは、こうなることは分かっていたはずだが、さすがにこれだけの混乱は思ってもみなかっただろう。まるで、国会での強行採決を見ているようだ。
「これは完全に警察に対してというよりも、国家に対してのテロじゃないんですか? 警察だけで大丈なんですか?」
 と言われると、
「我々も警察の威信にかけて、不眠不休で捜査しております」
 と言っても、そう簡単に納得しそうもなかった。
 新聞記者としても、国民を代表しているという自負があるのか、そう簡単には引き下がらなかった。
 さすがにこうなると、押し問答が続くだけ、誰かが収めなければならないが、それこそ時間が解決するしかない。警察幹部は、そそくさと引き上げるが、詰め寄る新聞記者を押しのけるのが必死の状態だ。
 こんな状態を、秘密結社はどんな目で見ているのだろうと、国民は考えたことだろう。何と言っても、いつ自分が狙われるか分からないという恐怖は、街に広がった。特に年頃の女性は恐怖におののき、外出するのも控えるようになった。
 そんな状態がまた一週間ほど続いた時、今度はまた別の新聞社に、犯行声明が送られてきた。
 封筒は一週間前と同じで、大胆にも同じ消印が押されていた。もちろん、前の声明文が送られてきた消印から、その付近の捜査が行われたが、何も発見できなかったことはいうまでもない。
 やつらは警察の無能を嘲笑っているのだ。
「お前たち無能に何ができるというのだ。せっかく消印でヒントをやっているのに、どうするつもりなんだ」
 と言わんばかりであった。 
 今度の声明文も、完全に人を小バカにしていた。
 ここでいちいち、前と似たような、そして怒りがこみあげてくるような文章を、読み上げるのも胸糞悪いので、肝心な部分だけを書くことにする。
 今度の声明文で明らかになった犯罪は、放火だった。
 放火というと、殺人よりも実際には罪が重い。人の生命だけではなく、財産までも奪う可能性があるからだ。
 しかも、無差別ということもあり、犯罪の中でも一番悪質な部類のものである。
 今度の放火という犯罪に関しては、ある地区で頻発していたことから、誘拐の時のように正体が分からないわけではなかった。
 実際に、最初の放火に関しては犯人が捕まっていた。まだ未成年で、犯行理由も、
「むしゃくしゃしていたから」
 というのが理由だったので、まさかそれがやつらの無差別攻撃の序曲だとは思ってもいなかった。だから、二件、三件と放火があっても、模倣犯ではないかということで、やつらの関与を考えていなかった。そこへ、声明文が来たのだ。
 警察から言わせれば、
「しまった」
 と地団駄を踏むことになる。
 最初の未成年の犯行も実際には、犯行グループの一員だったわけだが、彼らの名指しした、
「無能な警察」
 には、そこまで考えるだけの頭が実際になかったのだ。
 そんな警察を嘲笑うかのように、放火が相次いだのは、犯行声明が出されて三日も立たぬうちだった。毎日のようにあったのがさらに三日、その後は、同じ日に、二件、三件と続いていた。それが犯行声明によるものだと分かったのは、同じエリアでの犯行だったからだ。
 彼らは大胆にも同じエリアで犯行を重ねていた。警察に対して、
「俺たちがこれだけ大胆にやっているのに、無能なお前たちにはどうすることもできないだろう」
 とばかりに自らの犯行を鼓舞しているかのようにさえ思えた。
 そんな彼らを抑えることはできないのか、警察に対しての批判は相次いだ・
「警察は何をやってるんだ。いつも同じエリアなのに、防げないとはどういうことだ」
 と、新部記者も苛立ちを隠せない。
 まるで自分たちの声が国民の声だと言わんばかりである。だが、それも当然のことであり、同じ地域で犯行が行われているというのに、犯行が行われ、警察は完全に嘲笑われていた。
 住宅事情もハッキリしない世の中ではあったが、中には大きな屋敷が空襲から逃れられたところもあった。そんなところも狙われ、さすがに屋敷全体が燃え落ちるということはなかったが、半壊状態になったことは、国民をゾッとさせた。
「神出鬼没の悪魔。都心部で荒れ狂う悪夢。魔術師のような犯罪組織に翻弄される警察。まるで魑魅魍魎の地獄のようだ」
作品名:メデゥーサの血 作家名:森本晃次