意識の封印
この一言が言えれば、竜馬は本当の大人になれたと言えるのではないだろうか。
話しかけたいという思いはやまやまだったが、元々小学生の頃自分のから離れてしまったという思いがあることから、話しかけられるわけもなかった。
しかも、
――一体、いまさら何を話せばいいのか――
という思いがあり、最初の言葉が見つからない。
――ひょっとすれば、最初の言葉さえ出てくれば、いくらでも話が続くかも知れない――
と思ったが、考えてみれば、女の子に今まで自分から声など掛けたことのない自分に、最初の言葉が思い浮かぶはずもない。
直子の制服はブレザーで、蝶ネクタイが可愛らしかった。初めて会ったわけでもなく、昔のイメージをそのまま残しているのに、初対面のような新鮮さがあったのは、鼻しかけることのできない自分の自信なさが影響しているのではないだろうか。
近くの高校の制服は、ブレザーとセーラー服が半々くらいだった。共学の高校が三つほどあり、女子高も二つほどある。文化祭などになると、女子高から遊びにくる子もいるので、その時は新鮮に思っていた、
直子に声を掛ける機会はアルバイトの間、何度かあったはずだ。特に直子が一人でいることが多かったので、一人でいる直子であれば、小学校の頃のことも水に流してくれるかも知れないと思うのは虫が良すぎるだろうか。
何よりも、直子が竜馬の存在に気付いているかということが気になっていたが、様子を見る限り、どうも気付いていないっぽい。休憩時間中などは、いつも誰かと一緒にいるにも関わらず、絶えず室内を見渡し、気にしている竜馬に対し、いつも一人でいる直子は、まわりのことはお構いなしという雰囲気に感じたからだ。直子の存在は、自分から気配を消していて、普通なら自分から無理に気配を消そうとするならば、余計に目立ってしまうのではないかと思う、それを思えば直子の存在は、目立たないことに特化して、目立っていると言ってもいいのではないだろうか。
アルバイトをし始めて直子を発見してから、竜馬は直子が、
「小学生の頃からまったく変わっていないんだ」
と感じていた。
だが、直子が気になってずっと見つめているようになると、大人っぽくも感じられるようになっていた。
そもそも小学生時代から、どこか大人っぽさが感じられた。あの頃は大人っぽさというよりも、垢抜けしているように感じたのではなかったか。しかし、大人のオンナから見れば、どこかイモっぽく見えて、田舎少女の雰囲気すらあった。
田舎少女の雰囲気をそのまま大人になったような直子を見て、最初は、
「彼女は昔のままだ」
と思ったのかも知れない。
だが、よくよく見ていると、何が違うのか分からないが、どこかに違いを感じた。それを、
「変わったのは、僕の方かも知れない」
と思ったことが原因ではないだろうか。
竜馬は、その時の制服に自分の意志が惑わされてしまったことに気付かなかったのだ。
思春期を通り抜けてから感じたのは、
「制服が眩しく見える」
という思いであった。
大人の人が、
「女子高生の制服を舐めるように見ている」
というのを、変態のように言っているのを聞いて、最初は、
――どうしてそんなに制服が眩しいと思うんだ?
と感じたが、それは逆に制服を眩しく見える人がいるという話を聞いて、それを自分に置き換えたことで感じたのかも知れない。
そう思うと、竜馬は、自分がそんな変態と思える大人と同じなのではないかと思い、その羞恥な感覚が、制服を眩しくさせたのではないかと思えたのだった。
その思いを感じたのはかなり後になってからのことだが、その時、直子が途中で雰囲気が変わったような気がしたという理屈を説明づけてくれた気がした。
それまでは、やはり直子は小学生の頃に知っていた直子と同じだという思いに間違いないだと思っていたのだった。
制服の魔力とでもいうべきであろうか。中学時代の悪友のところに遊びに行った時のことだった。
普段なら遊びに行くようなことはなかったが、あればなぜだったのか、何かなし崩し的にその友達のところに行ったのだ。
彼はいろいろ怪しいものを持っていた。
――中学生のくせにこんなものまで持っているのか――
というものもあった。
確か、タバコもあったのではないだろうか。
ちょうど家には誰もおらず、彼の部屋に引き込もる形で、最初はゲームなどをしていた。
「お前、童貞だろう?」
といきなり言われて、
「ああ、そうだよ」
と、毅然として答えた。
いきなり聞かれてどう答えていいのか迷ったが。、
――迷った時は開き直るしかない――
と思っているので、何かをかましているような相手に対しては、毅然とした態度しかないと思うのだった。
それしか手段はないくせに、毅然とした態度を取れば、他にも態度の取りようがあるように思えるのではないだろうか。それが話術というものなのかも知れないが、その頃の竜馬にはそんなことは考えにも及ばなかった。
その悪友は、こちらの気持ちを知ってか知らずかニンマリとすると、
「こんなの見たことないだろうな」
と言って、机の奥にあった成人向け雑誌を見せてくれた。
表紙には女子高生が制服を着て微笑んでいる。表紙だけの女の子を見れば、別に嫌らしい雰囲気はしない。それだけにその本がどういうものなのかということが分かっただけに、表紙のイメージに対し、
「これ以上嫌らしい感覚はない」
と思い込んでしまったのだ。
竜馬が恐る恐る表紙を開いて中を見ようとすると、悪友はビデオを操作していた。テレビをつけて、ビデオをセットし、流してくれる。
彼の家にはまだギリギリビデオがあり、かなり古いジャケットの、マイナーなメーカを思わせるジャケットから取り出したのだ。
もちろん、新しいDVDのレコーダーはあるのだが、敢えて昔のビデオにしたのは、きっと入門編としてはこれがいいのかと思った竜馬だった。
本を開けて中身を見ると、いかにも生々しかった。それと同時にテレビ画面からはリアルな映像と、オンナの人の喘ぎ声が聞こえてきた。
最初はテレビ画面に夢中になっていたが、次第に本の方が気になるようになってきた。
竜馬が本の方にばかり気にするので、
「どうだい? 本の方が気になるだろう? 映像は確かにリアルなんだけど、本の場合は半分は芸術作品だと俺は思っているんだ。その絵の表情は流れる時間の中で、ピンポイントな表情なんだ。だから俺は映像もいいんだけど、本の方がもっとそそる気がするんだ」
と悪友にそう言われてあらためて本を見ると、確かに女の子の表情は生々しく、却ってリアルな感じがするくらいだった。
中にはモノクロの写真もあり、その部分が想像させられるものがあり、余計にリアルな感じがする。
身体が反応してしまったが、それが女の子の表情によるものなのか、それとも制服という修飾によるものなのか、自分でもハッキリとは分からなかった。
その時、ビデオを見ながら、それまで感じたことのなかった感情を抱いたことで、ある種の大人になったような気がした。