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意識の封印

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「そんなことはないですよ。結構人見知りするんですが、それだけに気に入った人がいれば、離したくないと思うんでしょうね。だからなるべく話をしようとすると思うんです。僕は話し始めると結構乗り乗りになる方なので、時間も感じることなく話をすると思うんですよ」
 というと、女の子二人は会心の笑みを浮かべ、
「それはよかったです。ゆっくりたくさんお話しましょうね」
 と言ってくれた。
 その言葉が一番ほしい言葉だったということを、改めて感じたほどだった。
 時間としては、午後三時くらいだったので、昼食には遅く、夕飯にはまだ早い時間だった。
 そういう意味では何かを食べに来るには早すぎるだろうし、客が今誰もいないというのも分かる気はする。
 メニューを見せてもらうと、結構値段は張るようだったが、写真も載っていて、いかにもおいしそうだった。
「おすすめは?」
 と聞くと、
「唐揚げとか人気ですよ」
「じゃあ、唐揚げ定職で」
 と言ってメニューを通すと、二人は少し自分の仕事に取り掛かったようだ。
「二人はここ長いの?」
 と聞くと、
「私は半年くらいかな?」
 と、言った女の子の胸の部分を見るとお手製の名札がついていて、名前は「りえ」と書かれていた。
「私は、一年半くらいかな?」
 と言った女の子の名札には。「かおり」と書かれていた。
 二人とも、雰囲気は名前を表しているようで、雰囲気からネーミングしたのではないかと思えた。
 こういうお店で本名を使うことはないだろうと思っているので、そんな発想になったのだ。
 りえちゃんというのは、髪の毛はストレートで、少しおでこを出した感じの雰囲気がよく似合い、いくつくらいなのか分からなかったが、
「きっと年齢よりも年上に見えるのではないか」
 と思えるようないで立ちを感じた。
 かおりちゃんというのは、雰囲気は大人しめの女の子であるが、りえちゃんのような落ち着きを感じさせるわけではなく、どちらかというと天真爛漫さを思わせた。しかし、その中でこの落ち着きは性格的な人見知りを感じさせ、男心を揺さぶるように思えた。
「守ってあげたい」
 そんなイメージを感じさせる女の子である。
 身長はりえちゃんの方が少し高く、スリムであった。りえちゃんと並んでいるから少しポッチャリに感じられるかおりちゃんだったが、実際にはポッチャリではないように思えた。
 だが、かおりちゃんのような雰囲気はポッチャリでいてほしいという竜馬独自の思いがあるので、本人の前では決して言わないが、イメージはポッチャリだと思うようにしていた。
 口数の多さはりえちゃんの方だった。話題を振るのも最初はりえちゃんで、後から相槌を打つ形でかおりちゃんが話をする。それがこの二人の暗黙の呼吸のように思えて、
――メイド喫茶、おそるべし――
 と最初に感じさせられたものだった。
 なかなか行くことのないスナックであるが、スナックの女の子も同じようにそれぞれの立場を分かっているのだろうと思う。お酒が入っているので、テンション高めなので、客もスタッフも少々のことは無礼講であろうが、メイド喫茶のようにアルコールが基本ではないところで、お互いの会話を成立させるというのは、結構難しいことではないかと思った。
 相手が常連であればそれも無理からぬことであろうが、初めての客にはどう接していいのか難しい。やはり経験や持って生まれた性格がうまく融合して接客に生かせているのでろう。
 メイド服は二人とも似合っていた。ただ初めて見た時、どっちの女の子が最初に気になるかと言われれば、
「かおりちゃん」
 と竜馬は答えるだろう。
 だが、話をしているうちに気が付けば自分の目線が寄っているのは、りえちゃんの方だった。
 最初はりえちゃんを見ている自分に気付かなかった。かおりちゃんばかりを見ていると思っていたのだ。それなのに、りえちゃんに視線を送っていることに気付くと、最初からりえちゃんを気にしていた自分がいたことに気付かされる。
「どちらの女の子がタイプなのか?」
 と聞かれたとすれば、この店に入ってくるまでの竜馬であれば、きっと、
「かおりちゃん」
 と答えたであろう。
 だが、りえちゃんを気にしている自分を感じると、それまでの自分が本当に自分なのかと思うほど、何かをリセットしたいような気分になっていたのだ。
 リセットしたからと言って、りえちゃんを気にするようになった理由が分かるわけでもない。
 竜馬が好きになる女の子のパターンは決まっていて、小学生の頃気になっていた女の子の面影を今でも追いかけているということを自覚していた。
 あれは、小学三年生の頃だったであろうか。当然まだ女の子を意識する年齢でもない。女の子が気になったとしても、それは恋愛感情などというものではないことくらい、その頃の自分も分かっていただろう。
 その女の子はいつも一人でいた。おかっぱの女の子で、女の子同士の遊びにも参加することはなく、いつも遊んでいる他の女の子を無表情で見送っていた。そういう意味では、まわりから無視されたり、嫌われているわけではないように思えるのだが、だからと言って、寂しくないとは思えなかった。
 自分の気持ちを押し殺しているようにも見えない。そう思うと、何を考えているのか、普通に考えれば不気味に思うだろう。だから他の男の子も相手をすることはない。女の子からも相手にされない孤独をいつも背負っていた。
 そんな彼女が笑ったところを見たことがなかった。それどころか、怒ったところも悲しんでいる姿も、感じたことはない。無表情で佇んでいる姿そのものに哀愁を感じていたのは竜馬だけだっただろうか。
 名前を直子ちゃんと言ったっけ。
 直子ちゃんは、ずっと誰も意識することもなく、一人でいたが、ある日を境に竜馬に視線を送っているのを感じた。竜馬が直子のことを気にし始めてだいぶ経ってからのことだったので、どうして急に思い出したかのように竜馬のことを気にするのか、竜馬には想像もつかなかった。
 直子の方から話しかけてくることもない。もちろん、竜馬から話しかけることもない。他のクラスメイトの間にある感覚とはまったく違ったものが二人の間には存在し。ひょっとすると、二人がお互いを意識している間、他の人には二人の存在を意識させない何かが働いているのではないかと思ったほどだ。
――見えているのに意識しない――
 まるで石ころのようではないか。
 竜馬は最初から直子のことを意識していたから、直子の無表情で何を考えているのか分からない様子を意識していたが、ひょっとすると、直子のことをまったく意識していない他の人たちは、直子の存在自体を意識していない石ころ状態だったのかも知れない。
「透明人間がいて、洋服だけが動いているような錯覚」
 そんな感覚を思い浮かべた。
 アニメなのでそんなシチュエーションは多くあるが、それは普段は人に意識されている人が、あるアイテムを使うことで、自分の気配を消すことができるとすればどうなるかというシチュエーションなのだろう。
作品名:意識の封印 作家名:森本晃次