意識の封印
――僕がM性を持っているからなのかな?
とも感じ、その意識に間違いはないと思えたが、そう思えば思うほど、りえのM性とは関係がないように思えてならなかった。
りえにとって竜馬とはどんな存在なのだろう?
竜馬はりえの中に最初は直子を感じたが、、直子とは明らかな違いがあることも分かっていた。それがりえに対してM性を想像できないということと繋がっているような気がするが、果たしてどうなのだろう?
りえと一緒にいると、自分が何者だか分からなくなることがあったが、あくまでもそれは店の雰囲気によるものだと自分に言い聞かせていた。
だが、りえの方である時から、
――彼が私と距離を置こうとしているのを感じる気がする――
と、竜馬に対して感じていたのを、竜馬の方ではまったく気づいていなかった。
まだ、りえに対してどのように接していいのかを考えあぐねていた時に、りえの方では結構先まで意識は進んでいて、
――ずっと一緒にいた彼と、離れてしまっていくような気がする――
という妄想に駆られてしまうのだった。
りえは、そういう意味では、
「夢見る少女」
という言葉がピッタリではないだろうか。
シーソーのような二人
りえは次第に竜馬のことが気になってきた。しかし、客とスタッフという関係では、なかなか告白することもできない。しかも、その竜馬が自分に対して少し距離を置いているように見えるのだ。次第に自分でも今までに感じたことのない苛立ちのようなものが感じられてきた。
竜馬の方はりえを避けているというつもりはなかったのに、どうしてりえがそんな感覚になったのかというと、竜馬がりえの後ろに直子を見ていたからではないだろうか。
竜馬にはそんなつもりはなかったが、見られているりえとすれば、
「私の後ろに何かが憑いているのかしら?」
と感じてしまった。
何がついているのかなど、想像もつかなかった。りえはそれを何かの妖気を感じさせるものに思えて、竜馬を気持ち悪いとも思った。自分の気持ちを隠すことのできない性格であるりえは、竜馬に対して、訝しい顔を見せたのだろう。
竜馬としては、りえからそんな顔で見られる覚えもなかったので、ふと我に返った。その時自分が初めてりえの後ろに直子を見ていたことに気付いて、
――りえに悪いことをした――
と思うようになり、その遠慮からか、りえに対して少し距離を保つようになったのだ。
もっともそれを分かっている人は他に誰もおらず、本人のりえが感じただけだが、それも勘違いだったことから、竜馬の本当の気持ちを分かる人は誰もいなかった。
竜馬としては、りえが何か誤解していることは分かったのだが、だからといって、言い訳がましいことを口にしてしまうと、却って関係がギクシャクしてくるのではないかと思い、なるべく、りえに自分の心を悟られないようにしようと思ったのだ。
その思いが却って、りえに対して自分を隠しているということがバレバレになり、他の女の子であれば、その様子を、
「失礼な」
と思うのだろうが、りえの場合はそうは思わず、自分を気に掛けているということが嬉しいくらいだったのだ。
りえは今まで竜馬が出会った人の中で一番自己主張の激しい人だった。それは男女区別なく今まで知り合った人の中でという意味である。
ある意味、竜馬も自己主張に関しては激しい方だと思っていた。遠慮深く見えるのは、その反動なのではないかと思うほどで、りえを好きになると、彼女の中の自己主張と、竜馬の中の自己主張とのどこが違っているのかを探ってみたくなった。
竜馬はりえのように思ったことが口から自然と出てくる方ではない。いつも何かを考えてから発言しているつもりであったが、人から見れば、
「お前は思ったことをすぐに口にするところがあるからな。もっと考えて発言した方がいい」
といわれるほどであった。
これは自分が自己主張の激しさはあるが、思っていることを口にする前に考えて口にしていると思っていた矢先だっただけに、自分としてはショックだった。
そう思ったことから、一時期口数が少なくなったことがあった。
だが、大学三年生の頃に付き合った女の子のことを思い出すと、その思いを否定する自分もいた。
あの頃に付き合った女の子は、以前に旅行に行った時に知り合った、当時高校生の女の子だった。竜馬から声を掛けたのだが、旅行に出かけると急に気持ちが大きくなる竜馬は、電車の中などで一人でいる女の子に声を掛けることは珍しくなかった。
大人しそうな女の子で、どこか横顔が直子に似ていたような気がする。しかし話してみると結構気さくな雰囲気が心地よく、それからしばらく連絡を取り合ったりしていたが、彼女が就職してからは、疎遠になっていた。
それが大学二年生の頃のことだったが、三年生になって、彼女から、
「私、会社を辞めちゃった」
といって連絡が入った。
会社に入って半年だったが、きっと耐えられなくなったのだろう。彼女の話によれば、苛めを受けていたようなことだったが、彼女からの一方的な話なので、どこまで本当かどうか分からなかったが、竜馬は全面的に信じていた。
実は彼女も思っていることをすぐに口にするタイプだった。そのことに気付いたのは、その後のことだったが、その性格が社会人一年目に完全に裏目に出たようだった。
仕事に疲れて、人間関係に疲れた彼女には、実は彼氏がいたという。竜馬は彼氏の存在を知らなかったので、ビックリさせられたが、裏切られたという気持ちはなかった。
仕事をしている間は、彼もいろいろ助言してくれたようだったが、彼女が耐えられなくなって仕事を辞めると、彼は彼女から去っていったらしい。
「どうしてなのかしらね?」
と自虐的に言い放つ彼女だったが、竜馬には何となく分かった気がした。
自分がせっかくいろいろ助言しているのに、彼女がそれでも耐えられなくて仕事を辞めてしまったことが許せなかったのだ。
彼女は一人になり、相当いろいろ考えたようだったが、竜馬のことを思い出し、
「会いたい」
と連絡してきたのだった。
竜馬も断る理由などあろうはずもないし、実際に彼女に会いたかったというのも本音だった。二人は、近くの観光地でデートして、
「このまま帰りたくない」
という彼女を連れて、二人で外泊したのだった。
近くの温泉旅館だったが、季節外れだったからなのか、お客は他に誰もいなかった。ほぼ貸し切り状態だったこともあってか、二人は大いに羽根を伸ばすことができたが、食事も終わり、温泉に浸かった痕は、一つの布団で一緒に横になった。
竜馬はその頃まだ童貞だった。彼女がいたことのないわけではなかった竜馬だったが、ほとんどはここ迄来ることもなく別れを迎えていた。この時も、ほとんどいきなりの展開だったのだが、しーんと静まり返った部屋の布団の中で、そっと彼女を抱きしめると、彼女の方も熱くなった身体を、竜馬の方にしな垂れていた。
お互いの熱さが重なり合って、燃えるようなと言ってもいいくらいに熱くなっていたにも関わらず、汗は一滴も出ることはなかった。
――緊張しているからだろうか――