意識の封印
「物覚えが悪い」
という感覚と違い、忘れてしまったというのとも違う。
きっと記憶の奥に封印されているのだろう。もしこのまま想像を巡らせてしまうと、彼女の後ろに後光が刺したようになり、その表情には大きな影を差し、のっぺらぼうのように見えてしまうに違いない。
すでに直子は自分にとって、
「過去の人」
になってしまったのだろうが、女性の好みは直子を中心に形成されているのだろう。
ただ、りえちゃんに感じたイメージは直子とは明らかな違いがあった。
直子の場合は、小学生だったこともあってか、最初から竜馬を慕っているように感じられたが、りえちゃんの場合はどちらかというと竜馬を避けているようにさえ見え、最初はどのように接していいのか考えさせられた。
だが、それは自分に対してだけではなく、他の人にも同じだった。単純な人見知りというだけではないような気がしたが、時々見せる目を逸らした時に感じる横顔が、癒しを感じさせるのだった。
りえという女の子は、衣装によっても雰囲気は変わらなかった。確かに制服は似合っていて、自分には一番のお気に入りなのだが、コスプレによって基本的なイメージが変わることはなかったのだ。
そんなりえを不思議に感じていた。
――だから、最初から気になっていたのかな?
と感じた。
りえはなかなか竜馬に心を開いてくれるような雰囲気はなかった。
りえはどうも店の中でも浮いているように見えた。他の女の子が一緒に入っている時でも、女の子同士で会話になることはなかった。
――ひょっとすると、彼女と一緒に入ることを他の女の子は嫌っているのかも知れないな――
とも感じた。
店の中で苛めのようなものはないだろうが、りえ自身、苛めに近い意識を持っているのかも知れない。他の客もりえに話しかけていたが、なかなか会話にならないことから、客もりえをどう扱っていいのか困惑している人もいるようだ。
だが、りえを見ていると、決して人見知りするようには感じなかった。きっと相手によるのではないかと思うのだが、彼女が心を開く相手の雰囲気に共通性が見られないので、どうしても不思議なイメージは払拭されることはなかった。
だが、りえという女の子には確かに癒しのイメージはあった。最初に気になった、
「どんな衣装を着ても、イメージは変わらない」
思いがどこから来るのか、どうしても分からなかった。
ただ、この店に来るようになって、一番最初に気になったのはりえではなかった。かおりちゃんも気になっていた。彼女はりえとはイメージが違っていたが、もしりえの存在がなければ、そのままかおりをお気に入りとして考えていただろう。
かおりの場合は、衣装によってイメージが違った。結構明るさを見せてくれた女の子で、会話も楽しく、結構お気に入りも多かったようだ。
――お気に入りが多いんだ――
と感じてしまうと、自分がこれ以上熱を上げても、しょせん、その他大勢にしかならないと思った。
竜馬は性格的に、パイオニアというものを大切に考えるところがある。
「最初に発見したり、始めたりした人には、その後どんなに改良が加えられようとも、適いっこない」
というのが、竜馬の考え方だった。
先駆者に対しての敬意を表する気持ちが強いことから、どこか謙虚実見られることがあるが、竜馬本人としては、そんなに謙虚な性格だとは思っていない。メイド喫茶にきてから、
「謙虚な性格なんですね」
と言ってくれる人がいて、いつもであれば、
「そんなことはないよ」
と否定するのだろうが、この店では否定はしなかった。
自分が自覚していないことを褒められたとしても、誤解であることが確定している場合は必死になって否定する。勝手な思い込みをされて、次第に否定できなくなるのが怖いからだった。
だが、この店では敢えて否定しないのは、自分の今まで知らなかった世界を形成されていたからだった。
りえもその時にいたが、彼女はどう思っただろう。思わず視線をりえに向けた自分に気が付いたが、一瞬だったので、他の人が気付いたかどうか、微妙なところかも知れない。
ただ、
「謙虚ですよね」
といわれるようになって、自分から余計なことを言えなくなってしまったようだったが、そのうちに自分から話ができるようになった。
それはきっとかおりという女の子がいてくれたおかげだろう。
かおりは、結構竜馬に話しかけていた。他の客に対してよりも話しかけると思ったのは、竜馬が贔屓目に見てしまったからだろうか。
それでも自分に余計に話しかけてくれるかおりのおかげで、自分から話もできるようになった。
――かおりちゃんだけに話をさせてはいけない――
と思うようになり、かおりにだけは饒舌になっていた。
元々話題性に乏しいわけではない。結構難しい話ではあったが、興味深く話を聞いてくれた。
竜馬は大学時代には心理学を専攻していたので、心理学の話から、オカルト系の話になってしまうことが多かったが、かおりは怖がることもなく、楽しそうに聞いてくれた。
さすがにそんな話に他の客も入ってくることはできないだろう。二人だけの世界が広がった気がした。
実はそれも狙いでもあった。誰もしないような話をして、女の子の気を引くという姑息な手段ではあったが、それもこのようなお店ではありなのではないかと思っていた。
かおりはいつもニコニコしている。りえはそんなかおりを慕っているようだった。
りえを避けている他のメイドたちだったが、かおりだけは違った。そもそも、誰でも受け入れるタイプのかおりだったので、りえに対しての包容力も十分だったに違いない。
かおりは、副業で地下アイドルもしているようだった。メイド喫茶が逆に副業だったのかも知れないが、彼女のファンが結構この店に流れてきているのも事実だった。
かおりは結構いろいろとオープンにしていた。他にも活動の場所があるようで、彼女の場合、ずっと上を見ているようだった。
かおりのことを、時々、
「眩しく見える」
と感じていたのは。そういう向上心のある彼女に対して素直な感情だったのかも知れない。
ただ、りえにも、ごくまれにであるが、かおりに感じたのと同じような眩しさを感じることがあった。
「かおりと同じオーラ」
だと思っていたが、何度目かに感じたりえのオーラは、かおりのそれとは若干違っていた。
香りは確かに後光が刺しているのだが、当たる光は逆光ではない。だからのっぺらぼうになるわけではないが、明るいことで、顔の凹凸を感じてしまい、化粧にケバさが感じられてしまい、その想像はなるべくしたくはなかった。
りえのようなのっぺらぼうも感じたくはないのだが、かおりに感じるイメージの方が、恐怖という意味では大きい気がした。
そのうち、かおりとりえの二人に、SMの気を感じるようになった。かおりにはS性を、りえにはM性を感じた。
かおりがS性を醸し出している雰囲気を想像することはできたのだが、なぜかりえに対してのM性を想像することができなかったのはどうしてだろう?
いかにもMの雰囲気を醸し出しているりえなのに、彼女のMを自分が引き出すことができないような気がして不思議だった。