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意識の封印

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「当たるも八卦当たらぬも八卦」
 とはよく言ったもので、占いがどれほどの魅力を感じさせるものなのか分からないが、少なくとも占い師がそんなに減っていないところを見ると、需要と供給はマッチしているのではないだろうか。
 ただ、人に占ってもらうのが怖いという意識もあった。
――もし、ズバリ自分の性格を言い当てられたら、それはそれで嫌だ――
 と感じた。
 ということは、竜馬は自分のことをよく分かっているという証拠でもある。
 ただ、そのことは認めたくない。そういう意味で、他の人も結構自分のことを分かっていて、それを認めるのが嫌だと思っている人も多いのではないか。占い師に占ってもらうことを拒否する人は、お金の問題というよりも、人にズバリ自分の性格を言い当てられることを怖がっているのだろう。
 一つは自分のことを分かっていて言い当てられることに違和感を持っている場合、そしてもう一つは、自分で知らない部分を、言い当てられることへの恐怖である。後者の方がよほど占い師を信じているということであり、占い師が自分のことを本当に言い当てていると思い込んでしまうのだろう。
 一種のマインドコントロールと言ってもいいだろう。心理学の言葉で、
「バーナム効果」
 というものがある。
 それは、
「誰にでも当て嵌まるようなことを暗示させて、相手に自分を信じさせることで、自分の言うことには逆らえないようにする」
 というマインドコントロールである。
 占い師と聞いて、違和感がある人の中には、このバーナム効果を意識しているからであろう。
 悪徳商法に、マインドコントールされて、
「あなたの運勢にはこれがいいから、このパワーストーンを買えばいいですよ。今なら特別価格で提供します」
 などとすでにマインドコントロールされている人は逆らうことができない。
 いくら高額でも、何とかしようと思うだろう。人によっては借金をしてでもそれを購入しようとする。それが問題になる事件も後を絶たず、社会問題になっていると言ってもいいだろう。
 何かのアイテムを指定されると、マインドコントロールされている人はまず信じ込んでしまうだろう。マインドコントロールは結局、相手の気持ちの奥深くに忍び込むのだが、誰にも当て嵌ることを言い当てるという簡単なことが本当に奥深く侵入できるのかどうか、それが占い師の占い師たるゆえんではないだろうか。
 占い師とマインドコントロールが対であるかのように錯覚していたが、この時の占い師は無理強いはしなかった。何かを言いたかったのだろうが、それを言ってしまうと、よほど悪いことが起こる予兆でもあったのか、それが竜馬には怖かった。
 それならまだ無理強いしてくれた方がよかったかも知れないと思ったが、それも後の祭りで、その人はすでに去ってしまった後だった。
「もう、会うこともないような気がするな」
 と思ったが、それは当たっていた。
 公園なんだから、そのうちに出会うかも知れないと思ったが、毎日来ている公園で初めて出会ったのだ。偶然というにはタイミングが良すぎる気がした。
 しかし、竜馬は人の顔を覚えるのが苦手だ。今までに何度か見ていたかも知れないが、知っている人でもなかなか顔を覚えることができないのに、知らない人を覚えることなどできるはずもない。
 逆に言えば、また会いたいと思っても、今度は自分がその占い師の顔を忘れてしまうだろうから、会えたとしても、相手に話しかけてもらわなければ分かるはずはないというのが竜馬の考えだった。
 人の顔を覚えられないことがこんなに自分に損をさせるということを思い知らされたのもこの時だったかも知れない。それからしばらくして竜馬は災難続きだった。
 仕事での失敗から始まって、自分が悪いわけでもないことを押し付けられてしまったり、逆らうこともできず、理不尽な思いをさせられたりもした。
「厄年なのかな?」
 実際の男子は、数えの二十四歳なので、実際にはすでに通り過ぎていた。
 今まで厄年を感じたことがなかったのは、それだけ今まで不幸が続いたことがなかったからかも知れない。ちょっとしたことが単発で不幸と思えるようなこともあったが、あくまでもすぐに解決されることであり、しいて言えば精神的なショックが尾を引く程度だった。
 精神的なショックも大きいのだが、厄年とまで思うには少なくとも数回の連続した不幸が訪れなければ、厄年とまでは考えないだろう。今では言わなくなったが、昔は、
「天中殺」
 という言葉が流行ったらしく、その謂れは、
「天が味方しない時期」
 と言われているのだそうだ。
 ただ、これは十二年に二回ずつだったり、十二か月に二か月ずつと言った周期で訪れるもののようで、周期的には厄年よりも頻繁であった。
 天中殺は自分を生まれ変わらせる時期であったり、休養する時期だとも言われているようであり、ただやってはいけないこととして、
「自分自身から行動することだけはダメだ」
 と言われているようです。
 あまり悪い意味に使われない場合もあるようだが、基本的には自分から余計なことができないという意味でデメリットが多いと言えるだろう。
 自分が果たしてこの天中殺だったのかどうか分からないが、もしそうだったとすれば、あの占い師はこのことを告げたかったのかも知れない。
――何か忠告のようなものがあったのかも知れないな――
 余計なことをしてはいけないなどの話くらいだったら、してくれた方がよかったのだろうと思った。
 だが、もしこの期間が天中殺だったのだとすれば、それを抜けてからはそれ以上落ちることはないと思い、結構自分でも怖いと思うような思い切ったことをしていたように思えた。
 そこに自分の意志があったわけではない。意識として、
「思い切ったものだ」
 という思いはあったが、本当にできるなんて思ってもみなかった。
 そういう意味では下手に意識して物事に当たらない方がいいのかも知れない。
 しかし、こと恋愛に関しては、なかなかうまく行かなかった。好きになった人もいたが、発展することすらなく、三十歳になるくらいまで、ほとんど仕事ばかりしていたと言ってもよかった。
「毎日が家と会社の往復だ」
 だから、彼女ができないのだという理由にしていたが、仕事を理由にするというのは、結構気が楽なものだった。
 生きがいに近いくらいの仕事をこなしていて、恋愛ができないことへの言い訳にもなって、二十代というのは、自分にとってある意味、
「都合のいい時期」
 だったのである。
 恋愛をしようと思ったのは、竜馬の兄がそれまで結婚など一言も口にしていなかったのに、田舎でいつの間にか結婚していたということを聞いた時、自分の中に焦りのようなものを感じたからだった。
 それまで恋愛に関しては自分のペースでしか考えていないと思っていたのだが、肉親が結婚したと聞いた途端、いきなり何を焦り出すのか、自分でもよくその心境が分かっていなかった。
 だが、ふとまわりを見ると、恋愛対象になりそうな相手はどこにもいない。自分の好きなタイプの女性を探そうと思い探してみたが、女性の顔を見るたびに心の中で、
「違う」
 と呟いていた。
作品名:意識の封印 作家名:森本晃次