点と点を結ぶ線
里穂は、今まで自分が好んで書いてきた学園ものや恋愛ものを、彼の立場になって、「上から目線」で見てみようと思った。
――なんか、子供っぽさが満載だわ――
と感じた。
そして、それと同時に、
――これじゃあ、上から目線になっても仕方がないわ――
とも感じた。
本当であれば、彼に上から目線という意識はないのかも知れないが、そう思わせたのは、無意識に彼の目線で見てみようという思いが働いていたからかも知れないと感じていた。
この思いは、一種の堂々巡りを思わせるが、先にそのことを感じたことで、決して堂々巡りではないという思いに至った。堂々巡りであれば、意識するよりも先に無意識の思いが入り込むわけはないと思うからだった。
だからと言って、一足飛びに彼の好みであるホラーやオカルト、ミステリーなどを自分に取り入れようとは思わない。一足飛びに考えてしまうと、きっと考えなければいけない大切なパーツを考えることができず、
「ネジが一つか二つ外れている」
と思わせる不完全なものしかできないからだ。
不完全なものを完成前に、きっと自覚することができると思っている。
自覚というのは、完全なものでなければできないものなのかと聞かれると、ハッキリと、
「そんなことはない」
と言えない自分がいる。
「何を持って完全だと言えるかということが分からない以上、自覚に至るわけはない」
という感情が、里穂の中にあるからだ。
だが、里穂は佐川を理解していくうちに、自分の世界が広がっていくということを分かっているだけに、相手が佐川でなくとも、
「自分のそばにいる人を理解するくせをつけることも大切だ」
と思うようになっていった。
そういう意味で、川上の要請にも、快く協力する気持ちになったのだし、実際に自分でやってみて、自分なりの世界が広がった気がした。
そもそも、川上が話を持ってきてくれていなければ、いまだに自分の作品が世に出るということはなかったかも知れない。
実際に恋愛ものだったり、学園もののシナリオの構想はいくつか出来上がっていて、後は実際にシナリオに起こしていくだけというのもあった。ただ、シナリオというものの性格上、どうしても、監督や配役を考慮に入れないといけないという思いがあったことで、シナリオという形にすることができなかったのだ。
これは後で佐川と話したことであるが、里穂がこの時の心境を話した時、
「そんなことはない。シナリオに実際に起こしてみるのは大切なことだと思うよ」
と言われて、
「でも、配役も監督も想像できないのに、どうして書けるというの?」
と聞くと、
「そこが想像力なのさ。例えば、僕が君の作品を監督するんだって思うと、想像できないかい?」
と言われ、
「そうね。あの頃の私と佐川さんだったら、きっとできなかったかも知れないわね」
「どうして?」
「私が佐川さんについて、いろいろな思いを描いていたからかしら? もし抱いている感覚が正解ではなくとも、一つであれば、発想としては抱くことができたかも知れないけど、そうではなかったことで、私の中に創造という世界は広がってこなかったのよ」
と答えた。
「それは残念だ。僕は君なら、僕を理解してくれていると勝手に思い込んでいたんだ。それも、あまりいろいろ考えることなくね」
と言われると、
「そういえば、後から思うと、確かにそんなにいろいろ考えることなんかなかったんだわって感じたのは事実よ」
と、里穂は答えた。
「堂々巡りを繰り返したのかな?」
と彼がいうので、
「そんなことはないと思うわ。確かに最初は回り道したって思ったんだけど、回り道とは違うので、堂々巡りではないと思ったの」
「それは君が堂々巡りと回り道を同じようなものだって考えているからでしょう?」
と、あっけらかんとした表情で、佐川は言った。
他の人が言ったのであれば、
「上から目線の言い方だわ」
と、少し癪に障るのだろうが、最初から「上から目線」を感じている彼には、癪に障るという感覚は浮かんでこなかった。
「それはどういうこと?」
「確かに堂々巡りというのは、同じところを何度も行ったりきたりするというイメージでしょう? でもね、それが回り道とは限らないのよ」
「よく分からない」
「それは、君がその道というものを、住宅街などの区画された地域の、まっすぐな道だって思っているからなんじゃないかな? まるで昔の都、平安京や平城京のような区画された区域の道のようにね」
と言われて、里穂はハッとした。
――確かにそうだわ。堂々巡りというと、どうしても、同じ道を何度も巡っているという印象いなってしまう――
「たぶん君は、自分で意識して歩いているから、『この角を曲がったら、この風景が見えてくる』という思いに必ず行き着くはずなんだよね。でも、堂々巡りというのは、『この角を曲がったら、この風景』というのが、実は違っていて、今曲がったのと同じ風景が目の前に広がっているという、一種のオカルトゾーンに入り込んでしまったかのように考えているんだって思うんだ」
確かに彼のいう通りであった。
里穂は、子供の頃に見たドラマで、あれはタイトルに、
「奇妙な物語」
という言葉が入っていたような気がする。
要するに、オカルトや都市伝説の類の物語である。
一足飛びにそんな発想が浮かんできたわけではない。この時にテレビを見ていて、
――袋小路って、こういうことを言うんだろうな――
と感じたから、今度は袋小路という言葉から、この時のドラマのシチュエーションが浮かんでくるに違いないと思ったのだろう。
きっと、そのことを佐川は言っているに違いに遭い。相手のことが何でも分かってしまう佐川のことを、怖いと思いながらも好きになった理由は、やはりその包容力にあるのだろう。
「あなたの話を聞いていると、何でもかんでも本当に思えてくるから不思議だわ」
というと、
「普段の僕なら、相手にそんなことを求めたりはしないんだけど、相手が君だったら、そう言ってくれることを素直に嬉しいと思うよ。君の言っていることは本当にまっすぐで素直だからだって僕は思うんだ」
と言ってくれた。
他の人が聞くと、会話のほとんどを端折っているように見えるので、何を言っているのかよく分からないことだろう。しかし、
「言葉にしなければ相手に伝わらない」
というのは、彼と自分に限っては当てはまれないように思えて。
そして、
「人というのは、人生のうちに少なくとも必ず一人は、言葉にしなくとも通じ合える相手に巡り合うようになっているものだ」
と、思うようになった。
それが今の佐川と里穂なのだろう。相手にその思いを抱かずに、やり過ごしてしまう人もいるだろう。そのまま付き合って、ずっと一緒にいるような関係の人でも、この関係についてハッキリと自覚せずに付き合い続ける人もいるに違いない。
それでもいいと、里穂は思った。
「むしろ、そっちの方が一般的なんだ」
と思えてきたのは、この関係に気付いた自分に、正当性を持たせたいからだと感じたからだった。