点と点を結ぶ線
まだ自分の中で佐川との立ち位置が分かっていない状態で、いくら自分がやりたい分野の話が来たからと言って、いきなり飛びつくのは抵抗があったのだ。
そこで、半分カマを掛けるつもりで里穂は佐川に、
「実は川上君が、恋愛ものを撮ってみたいって言っているんだけど、私が脚本を書いてみてもいいかな?」
と聞いてみた。
返事がどうなるか、想像できなかったが、本音とすれば、
「そんなの断れ」
と言ってほしかった。
それは脚本を書く人間としては残念だが、彼氏としてはそう言ってほしいという気持ちがあったからだ。それにまだ二人は絶対的なパートナーだという気持ちが残っているからで、この気持ちはきっと消えることはないと思っている。
だが、意に反して佐川は、
「それもいいんじゃないか? お前は恋愛ものをやりたいんだろう?」
という返事をよこした。
里穂の方も、相談した手前、助言を無碍にするのも失礼だと思い、残念ではあるが、
「分かった」
としか返事ができなかった。
そう返事してしまった以上、脚本を書かないわけにもいかなくなり、川上と構想を練りながら脚本を書いてみた。
「ありがとう。なかなかシュールで面白いよ」
と彼は言ったが、この言葉が似あうのは自分ではなく、佐川の方だということを里穂は感じたが、これは逆に、
――いつも佐川さんと一緒にいるから、知らず知らずのうちに、私も彼のようなシュールな作品を書けるようになったということかしら?
と思えた。
――本当を言えば、自分もシュールな作品が書けるに越したことはない。いや、書いて見たかったのよ――
と独り言ちた。
この言葉を彼は誉め言葉と思って言ったのだろうが、里穂もそれを褒め言葉として理解した。
しかし、同じ褒め言葉という意味でも、感じ方が若干違う。里穂の中ではあくまでもこの褒め言葉とは、
「佐川ありき」
の誉め言葉であるということだった。
川上は、佐川の作品も読んだことがあった。元々佐川は脚本も書く。もっとも、
「監督を目指す者の基本的な考えとして、脚本も書けないとできないことだ」
と思っていたからだ。
監督というのは、すべての過程で総指揮を行うものだという考えから、脚本も音楽も編集も、すべてに精通しているものだと思っている。メガホンというのはただの道具ではなく、それができる者にだけ与えられるものだという考えであった。
佐川の脚本は、結構凝っているものが多かった。
「偏っている」
と言ってもいいかも知れないのは、ホラーやミステリー、SF系がどうしても多かった。
里穂の作る恋愛ものや学園ものとは程遠い作風で、シュールと言われるのもそのあたりに原因があるようだった。
「俺の作品は、どうしても偏見が入ってしまうので、こういう学生が趣味でやっているようなクリエイトには向かないと思うんだ」
佐川が監督に専念しているのは、そういう意見が大きかった。
最初は、脚本、監督、編集とすべてをやるのが目標だったが、脚本が演者に対して気を遣わなければいけないと分かった時、すべてを一緒に自分一人で行うことを自粛しようと思うようになった。
そういう意味では里穂が書く恋愛ものや学園ものに対して、元々抵抗があった佐川だが、自分がメガホンだけを持っていればいいと割り切った時、
――彼女の作品をこの俺が生かせるようにしてやる――
という気概のようなものを感じることで、やる気が出てきたような気がした。
その思いがあるから、自分は里穂と恋愛関係を続けていけると思っている。
「里穂のいいところを一番知っているのは、この俺だ」
と、臆面もなく里穂に伝えているが、その言葉を聞いて、彼が傲慢から口にした言葉ではないということを里穂は分かっていた。
――言い切ることで、自分の気持ちに素直になろうとしているんだわ――
これが、佐川という人間が素直で実直な性格だということを確信した最初だったのである。
ただ、今回の里穂は、そんな佐川と離れて、別の人の作品を書こうと思っている。佐川は別に反対はしなかったが、どんな気持ちでいるのか、里穂には分からなかった。
これまで、
――この人のことなら、私が一番よく分かっている――
と思っていたのが、ウソのようだった。
だが、この気持ちは一種のドキドキ感でもあった。
――お互いに何も言わなくとも、相手のことをすべて分かっている――
まで思っていた二人だったと思っていたのが、急に分からなくなったことで、どう思われているのかということを確かめてみたくなったのだ。
この確かめてみることは、今までの自分の自虐的な部分を曝け出すような気がして、本当は嫌だった。だが、いずれはどこかでしなければいけないことだったと思えば、別に今が時期尚早だとは思わない。遅かれ早かれ知らなければいけないことであれば、早い方がいいと思うのは、きっと相手が佐川だからであろう。
川上は自分のために書いてくれた里穂の作品を読んで、結構いろいろと質問をしてくる。学校で会った時、ノートには箇条書きでいくつか書かれていて、前の日から計画していたことがよく分かる。里穂とすれば、
――ここまで真剣に読んでくれて、本当にいい作品を作りたいと思っているんだわ――
と感じたことで、彼からの質問はなるべく答えていこうと思っていた。
中には佐川の作品と比較されるような言動もあり、少し気分を害することもあったが、これも作品をまっすぐに見てくれているからだと思えば、さほどイラつくこともない。脚本を書く方としても、いろいろ意見してくれるのはありがたいと思っているだけに、里穂はまだまだ勉強不足だということを感じていた。
「これを俳優が演じると考えて書いているかい?」
と、川上に言われたことがあった。
これは、佐川が最初に自分に聞いたことだったので、川上も最初に聞いてくることだろうと思って身構えていたが、結構後になってからの質問だったので、一度冷めてしまった気持ちがもう一度緊張させられることになった。
「ええ、このことは最初に佐川さんからも言われて、そのつもりで書いてきているつもりだったので、自信を持って、そうですって答えられるわ」
というと、一瞬、川上の口元が歪んだのを感じた。
――失礼じゃないのかしら?
と思うくらいの唇の歪みに、里穂は肩透かしを食らった気がした。
川上という男は、さすがに俳優出身の監督研修中ということもあって、演劇側から全体を見ているようである。演劇で俳優の経験はなく、脚本だけを目指していた里穂とは絶対的な開きが生じたとしてもそれは仕方のないことだろう。
ただ、自分から指名した相手だけに、余計な気を遣わせるわけにもいかず、罵声のようなものはなかった。
川上としてみれば、
――自分が頼んだのは、彼女と一緒に作品を作ることで、今までに感じたことのなかったいい作品を作ることができると思ったからだ――
と感じていた。
だから、苦言も呈するのだし、
「自分だから言えるということもあるのではないか」
とも思っているようだった。