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点と点を結ぶ線

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「そうなんですね。私はそこまで詳しくはないんですが、そんなに怖いものなんでしょうか?」
「確かに怖いかも知れないですね。これは被害妄想であり、幻覚であるんです。いわゆる薬物による『禁断症状』がこれに近いのかも知れないですよね。僕も最初にカプグラ症候群という病名を見て、その内容を確認した時、最初に薬物による『禁断症状』を思い浮かべましたからね」
 高田はそう言って、また遠くを見つめているようだった。
――私の後ろに誰かが見えるのかしら?
 と思ったが、後ろを振り返るのが怖かった。
 しかも、振り返ろうとしても、身体も首も動かない。首から下が、まるで金縛りに遭ったかのようだった。
 そういえば、自分の後ろに誰かがいるという妄想を抱いたことがあった。その時は一瞬だけのことだったので、それほど気にしたわけではなかったが、後ろに誰かがいるという思いを感じた時に一緒に想像したイメージはいまだに頭の中に残っている。
――あれは確か、自分を中心に、前後に鏡を置いた時に見える光景を想像したんだったわ――
 自分の前と後ろに鏡を置いた光景、それはまさしく「無限ループ」を感じさせる思いだった。
 つまり自分の前に写った鏡にはまず自分が写っている。そしてその後ろには鏡が写っていて、その鏡には自分の後ろ姿が写っている。そしてその自分の後ろ姿の向こうにもまた鏡があって、そこにはこちらを向いている自分が写っている……。そんな光景が思い浮かぶのだった。
 これは無限に続く投影である。無限に続くものとしての状況を表現する際によく用いられるシチュエーションであり、よく聞く話でもあった。
 この時一緒に思い出したのが、
「マトリョーシカ人形」
 であった。
 マトリョーシカ人形というと、ロシアの民芸品なのだが、人形の中に小さな人形が入っていて、さらにその小さな人形の中にまた小さな人形が入っているという種類のおみやげ物の一種である。
 これも、無限に続いていく、前後に置かれた鏡に発想は似ているのdろう。
 さらに、里穂はこの無限を大きさで考えていた。
――鏡の中に写っている自分が次第に半分になっていくとすれば、最後にはどうなるんだろう?
 というもので、限りなくゼロに近くはなるのだろうが、絶対にゼロになることはない。
 なぜなら数学でも、ゼロが分母でなければ、どれほど何度割ったとしても、絶対にゼロになることはないという発想である。
 里穂は、高田が、
「自分の後ろに誰かを感じている」
 と思った時、鏡を想像し、マトリョーシカ人形を想像した。
 きっとまだ想像できることもあるのではないかと思ったが。これも心理学の発想として、何を想像するかということが、その人の心理状態を解明するうえで大きな影響があるのではないかと思ったのだ。
「禁断症状というのは本当に怖いですよね」
 というと、
「でも、カプグラ症候群というのは、実際に映画やドラマでテーマとして使われることはないように思うんだけど、結果として後から見た人が、話の展開を見て、それをカプグラ症候群を想像することは結構あると思うんだ」
「それは、私も感じたことがあるわ」
「カプグラ症候群のようなものというよりも、カプグラ症候群を思わせるという表現が適切なんじゃないかって思うんだ。それはいかにもカプグラ症候群のようであるが、厳密には違っているという発想でね。冷静に考えればカプグラ症候群とは違うんだけど、カプグラ症候群というものを発想した時点で、分かってしまったかのような錯覚に陥るんじゃないかって感じるのは僕だけだろうか?」
「そんなことはないと思います」
 彼の発想は、佐川との話の中でも出てきた発想だった。
 だが、そのことは覚えていたのだが、改めて高田の口から聞くと、まるで初めて聞いた話のように新鮮味があった。それだけに高田と佐川がどこか似たところがあると言っていた話に、ここでやっと里穂も納得できるかも知れないと思えたのであった。
「カプグラ症候群というのは、自分の近しい人が入れ替わっているという『妄想』なんだよね。これは妄想であって、事実ではない。ただ本人が確信していることで、本人は事実以外の何物でもないと思っている。この発想にある確信という部分を事実として考えれば、それがドラマや映画や小説に描かれている内容に近づくんだろうね」
「……」
 里穂は佐川が何を言いたいのか、分かりかねていた。
「映画を作る人、さらには小説を書く人のほとんどは、この発想がカプグラ症候群だって思っていないはずなんだ。カプグラ症候群なんて言葉も知るはずなどないしね。だから無意識に似たような話になっているだけなんだろうけど、逆にカプグラ症候群というものを知っている人が何かの作品の題材にしようものなら、本当にできるかどうか、簿記は怪しいと思うんだ」
 里穂は、自分の考えていることを見透かされたかのようだった。
――彼は、私の考えを否定しようとしているんだろうあ?
 里穂の顔は一瞬曇ったのかも知れない。
 それを見て高田は、少し困惑したかのような表情になったが、すぐに気を取り直してまた話始めた。
「でもね、カプグラ症候群という話も作品として作れないこともないと僕は思うんだ」
「どういうことですか?」
「カプグラ症候群というのは、とりとめのない話に思えるんだけど、危険な香りがある。だからそれをダイレクトに題材にするということは、公然の約束としてのタブーなんじゃないかって思うんだよね。だから作品にしてはいけないんじゃないかって思ったんだけど、でも無限という発想も、発想として数学的に曖昧な部分を、公然の約束で触れてはいけないことに抵触していると感じた。だから、これを組み合わせると、一つの作品として十分なものになるんじゃないかって思ってね」
「難しいですね」
 そう言って、高田を見ると、またしても高田は私の後ろを気にしているように思えた。その時に今度はさっきまで感じなかった発想がもう一つ浮かび上がってきた。
――蜃気楼だわ――
 空気の屈折で生まれる蜃気楼。
 つまり見えるはずのないものが見える場合の一つの理屈として考えられることである。
――そういう意味では蜃気楼という発想も、無限という発想と結びつけて考えるおとはできないかしら?
 と考えた。
 里穂はその話をしてみようと思った。
「高田さんは、私の後ろをさっきから気にしているように思えるんですが、何か私の後ろに見えるんですか?」
 と勇気を持って聞いてみた。
「僕は何も意識していないよ」
 まさかの返事だった。
――そんな……
 何を見ていたのかは分からないが、少なくとも何かを見ていたという答えが返ってくると思っていた。
 里穂はそれを聞いて、一瞬金縛りに遭ったかのように思えたが、身体は重たいわけではないので、何かに掴まれているという感覚だった。
「私はあなたが私の後ろに誰かを感じていると思ったので、その時に発想したのが、前と後ろに鏡を置いたというシチュエーションだったんです」
 というと、
「なるほど、それであなたは無限という発想をされたんですね?」
「ええ」
作品名:点と点を結ぶ線 作家名:森本晃次